第12話 鐘を鳴らしたら元には戻らない
「母さん、ただいま」
マクシミリアンの声に、部屋にいた女性はパッと立ち上がる。
騎士上がりなのでその動きはキビキビしたものだった。
「マックス!どうして私の手紙に返事をしな……ウィンスロープ公爵?」
「お久しぶりです、夫人」
レオネルの登場に夫人は一瞬顔色を変えたが、直ぐに平静に戻って大らかな笑みを浮かべる。
「お久しぶりですね、南部はいかがですか?」
「最近は落ち着いております、いま大変なのは北部でしょうか」
「北部はいつも魔物や蛮族で忙しいですものね」
『北部』という言葉にも態度を変えず、執事にお茶を注文する夫人をレオネルとマクシミリアンはじっと見た。
「夫人……「レオ、俺が言うよ。気遣ってくれてありがとな」」
マクシミリアンはレオネルの肩に手を置くと、レオネルの前に出て母親と対峙する。
「母さん、単刀直入に聞きます」
「まあ、畏まって。何かしら?」
「先代のウィンスロープ公爵夫人とどんな取引をしたのですか?」
「なんのこと?夫人が私を苦手にして嫌っていることはよく知っているでしょう?」
「それでもアイシャのことについては二人の利害が一致した。騎士科の生徒にアイシャの愛人の一人と証言させたのは母上ですよね。どんな美味しい話に釣られたのです?」
ウィンスロープ公爵家からアイシャを排除したがったのは二人。
レオネルの母親と、レオネルの元婚約者で二番目の妻となったカレンデュラ。
アイシャの愛人と証言した男は三人。
アイシャの副官の証言を裏付けたのはカレンデュラ、ガルーダ商会長の証言を裏付けたのはヒョードルの妻フウラ。
そして最後の一人、騎士科の生徒に誰が証言させた人物。
騎士科の生徒だった本人はすでに戦死しているから証言をとることはもうできない。
ただアイシャにつながる道は残っていた。
当時アイシャを学院の講師として推薦したのがマーウッド伯爵で、マクシミリアンが父親に確認をとると母親が薦めたのだと言ったのだ。
「同じ女性騎士として」など理由はいくらでも思いつくが、他と同じで二人を繋げる証拠はない。
それでもマクシミリアンは母親の関与を疑わなかった。
「母さんは俺に強くなれと言った、将軍として恥ずかしくないように精進しろって。レオネルやアイシャみたい剣を振って魔物を倒す将軍じゃなくてガッカリした?結界や治癒魔法が得意でガッカリした?騎士だった、剣の名手だった母さんにはそれが物足りなかった?」
「マックス、私は……」
「俺は強くなりたいと思った。技術や筋力ではアイシャに負けない、でも何よりも大事な強くなりたいという気持ちがアイシャには敵わなかった」
「でも……あの子は孤児じゃない」
「それが母さんがアイシャを認めなかった理由?そんな、アイシャにはどうにもできなかったことがアイシャが認められない理由なのか?」
孤児であることが全ての理由であるような伯爵夫人の言葉にレオネルは気づいた。
(近衛は貴族絶対主義。貴族は貴族は誰よりも優れている、優れていなければいけないという夫人の
マーウッド伯爵夫人はレオネルにとって剣の師であった。
成長して力が増し、妖精の加護を受けてからは指導が難しいからと言われて別の人物に師事したが、レオネルにとって剣の基礎を教えてくれた人だった。
「夫人が、王家にある魔導書をくれると約束してくれたの」
「母さん」
伯爵夫人はマクシミリアンの肩を強くつかんだ。
指が肩に食い込んだことも痛かったが、狂信的な母の目にマクシミリアンは打ちのめされた。
「それを使えばあなたは強くなれるの。王家が秘匿するほどの攻撃魔法なんですって、あんな出自も分からない女なんかよりずっと強くなれるわ」
「その魔導書はどこにあるわけ?俺、そんなの読んだ覚えはないんだけど」
「だからいつか渡すと言われて……いつか……」
「気づいた?いつか、いつかで十五年。しっかりしてよ、そんな便利な魔導書なんてないよ。母さん、どうして分からなかったんだよ」
そんなと項垂れる母を見下ろすマクシミリアンの肩に大きな手が置かれた。
顔をあげると父親であるマーウッド伯爵がいた。
「父さん……アイシャはとても頑張ったんだ。剣なんて持ったこともなかったのに妖精に愛されたというだけで将軍に選ばれて、いつかこのまま北部に送られたら死んでしまうからって毎日頑張ってた」
「ああ」
「手も血豆だらけで、全身あざだらけで……それでもめげずに頑張っているから俺も負けてられないって頑張ってきたんだ」
「分かっている、どんな魔法を得意とするのかはお前を愛してくれる妖精次第。お前の優しい性格を妖精たちはよく分かってくれているんだ」
マーウッド伯爵はマクシミリアンの肩をポンポンと叩くと、マクシミリアンから体を離し、レオネルと対峙すると膝をついた。
「このたびはわが妻が大変申しわけないことを……近日中に家督を長男に譲り、私と妻は領地に下がります」
「伯爵、みなさんがどうするかは伯爵に一任します、私は何も言うつもりはありません。恐らくアイシャも……アイシャはこんな形を望んでいたと私には思えないのです」
レオネルの言葉にマーウッド伯爵は少しだけ目を瞠ると、楽しそうに口元を緩める。
「あの方が先王に気持ちのよいタンカを切った日を昨日のことのように覚えていますよ。確かにあのような方ならば「今更」で笑い飛ばして下さるかもしれませんね。閣下、北部で何かが起きているのでしょうか」
「私たちはそう思っています……考えたくもないのですがアイシャはいま王都にこられない状態なのでしょう。もし可能なら当時の罪人たちを横一列に並べて頬を張り倒すような女ですから」
「ははは、それでは夫であった閣下は往復ビンタでもすみませんね」
「確かに」とレオネルが笑うと、マーウッド伯爵はため息ひとつ吐いて立ち上がるとレオネルに手を差し出す。
「我がマーウッド家は北方将軍ならびに北部への助力を惜しまないことを約束しましょう。資金でも物資でも息子達でも、遠慮なくお望みください」
―――
タイトルは"You can't unring a bell."(鐘を鳴らしたら鳴らしたことは元に戻せない:差別的な言動が一度行われたら、それを取り消すのは難しい)ということわざ・格言からきています。
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