第11話 嫉妬は自分を傷つける

「いや、いやいや、それはないだろう。あのアイシャだぞ?」


 ヴィクトルの言葉をレオネルは首を振って否定する。


「じゃあエレーナ嬢の言うように父親探しだと?本気か?自分に激似で、社会的にも資産的にも問題のない男をよそに父親探しをしているんだぞ?」

「自分で言う、それ?ま確かにあの態度は不自然過ぎるけど」


 レオネルの言葉にヒョードルは呆れる。


「いやがらせ、とか?」


 マクシミリアンの言葉に三人の鋭く尖った視線が突き刺さったが、ふわ~っと目が泳ぐ。


「アイシャの場合、それもあり得るんだよな。見た目は聖女染みて慈愛に満ちているのに、中はねちねちと」

「ふとした瞬間に過去の屈辱を思い出して、『そうだ、復讐しよう』と思って実行するタイプだよな」


 親友の言葉は結構ひどい内容だったがレオネルには否定できなかった。

 「そう言えば私のケーキを食べたわよね」と突然言い出して、魔物討伐している最中に後ろから槍で急襲してくるような女なのだ。


 アイシャ曰く「焦らせて冷や汗ひとつはかかせないと復讐にならない」とのこと。



「分かるような気もするが、十五年だぞ」

「いまさらかどうかはアイシャが決めれるだろ」


 レオネルの言葉にヒョードルは冷たくクギを指す。


「別れて二年で再婚したレオにとっては『十五年も』なのかもしれないけれど、やられたアイシャにとっては復讐に駆られるには十分……ああ、違うかも」


「え?」


「ああ、なるほど」

「確かにね」


 戸惑うレオネルとは対照的にマクシミリアンとヴィクトルは納得したように頷く。


「それだよ」

「それだね」


「それって?」


「再婚したい相手ができたから過去を清算しておこうと思ったってこと」

「アイシャって今日の恨みは夜までにはらすタイプだもんね」


「は?再婚?」


 理解しがたい顔をするレオネルに三人が三様の呆れた顔をする。


「レオ、現実をみろよ」

「アイシャに限って、お前への未練ゆえの復讐なんてあり得ないって」

「そうそう。北部かどっかでいい人を見つけたんだよ」



 親友たちの言葉は胸に刺さるが、反論はしなかった。

 再婚については複雑であるが、みんなが否定したくて堪らないことが分かっている。


 アイシャがここにいない理由として一番可能性の高いこと。

 それを否定したくて、ムダに大きな明るい声で「きっと」と予測するのだ。



「北部に行ってくる」

「そう言うと思った!僕は反対だよ!レーヴェ様に頼まれたこともあるんだろう?」


「ヒョードル、分かっているだろう?ここで罪のなすりつけあいをしても意味はない。ヴィクトルがいった通り、自分の中の何かが納得するだけだ」


「北部に行っても砦までいけないぞ」

「それならそれでいい……それならいいんだ」


 北方砦に行けないのはアイシャの魔法が原因。

 魔法が使えるくらい元気ならいいと、祈るようなレオネルの言葉に三人が黙り、最初に発言したのはヴィクトルだった。



「レーヴェ様が守っているところをおこがましいが、エレーナ嬢のことは私に任せてくれ」

「……ヴィクトル」


「僕はこの五年で北部にあったことを調べてみるよ。もしかしたら、もしかしたらがあるから……本当にもしかしたらだよ」

「ヒョードル、感謝する」


「俺は一緒に行くよ。何かに役立つかもしれないし、アイシャと組んだことは多いから」

「そうだな」



 しかし、男四人の計画はエレーナとレーヴェによって実行できなくなった。



「許可しません」

「押し通るというなら私が相手する」


 彼らを呼んだヴィクトルは唖然とした。


「なぜ?」

「取り繕う意味がなくなったので言いますが、まだ準備が整っていません」

「準備、とは?」


 ヴィクトルの問いに答えたエレーナの笑みは、年齢に合わない凄みがあった。


「陛下、貴族の方にとって『体面』というのは何よりも大切なもののようですね」

「まあ、そうだね」


「私の存在は多くの方の体面にキズをつけるようですね、面白いですよ。王妃様とお会いしたあとから手紙がバンバン届くのです。黙っていて欲しい、忘れて欲しい。私を実力で排除しようとしておじい様が燃やした方が数名」


 数日前からふさぎ込んでいる妻の顔が浮かんだヴィクトルはため息を吐く。


「最初から私たちに選択肢はなかったのか」

「あら、選択の機会は十五年前だったというだけです」


 「しかし」と言い募るヴィクトルをエレーナは笑顔で黙らせる。


「やったならやり返される覚悟をもて、母の言葉です。皆さまもご理解しているでしょう?」


 「あー、そうだったな」と男四人はアイシャを思い出して納得する。


「その準備はいつ終わるんだ?」

「さあ、それは皆様の近しい方がご存知ではないでしょうか」



 ***



「フウラ、子どもたちは?」

「もう全員寝ていますよ。ご飯は?」

「食べてきたよ。フウラ、ちょっといいかな」


 ヒョードルの言葉に、ヒョードルの妻はピクリと体を震わせたが笑顔は維持した。


 いつか来ることだった。

 そしてレオネルによく似たアイシャの娘の話を聞いたとき、この瞬間がいつ来るのかと戦々恐々としていた。



「フウラ、君とガルーダ商会長はどういう関係なんだ?」

「急にどうなさったのです?ガルーダ商会長は存じておりますが、私との関係などありませんわ」


「……フウラ?」


 鉄壁の仮面である貴族女性の微笑みアルカイックスマイルを崩さずに答えたが、幼い頃から一緒にいる夫であるヒョードルに小手先の芸当は通じない。


 凄みさえ感じるヒョードルの笑顔にフウラの仮面は壊れる。

 そして無表情になったフウラの口からため息が漏れる。



「なぜ私とカルーダ商会長の間に縁があると」


「あのとき僕がアイシャを信じなかったのは、アイシャとガルーダ商会長がホテルで逢っているのを見たと君が言ったからだった。ガルーダ商会長も同じ日にアイシャと会ったと証言したけれど、僕が信じたのは他の有象無象じゃない。僕は君が言ったことだから信じたんだ」


 『どうして嘘を吐いたんだ』とヒョードルは訊ねなかった。

 ただ黙って、しゃがみこんだ妻の震える肩を抱いた。


「十五年間、ずっと後悔していました」

「うん」


「十五年前、あなたはアイシャ様ではなく私を信じてくださった。嫉妬で嘘を吐いた愚かな私を。分かっていました。アイシャ様がレオネル様以外に体を、心を赦すわけがないと。エレーナ様の話を聞いて私は……なんてことをしてしまったのかと……」


「信じるに決まっている、君は僕の妻だ、僕の大好きな人だ。僕のどの行動が君に不安を抱かせたのか分からない。でも僕にとってアイシャは同じ妖精の加護をもつ仲間で、親友の妻でしかない。あのときキチンと言葉にすればよかった」


 「ごめんなさい」と呟く妻に何も答えず、ヒョードルはきつく抱きしめた。


「千でも万でも言葉を尽くして君に理解してもらうことを怠った僕にも罪がある。大好きだよ、君の十五年前の罪を知ってもそれは変わらない。君は僕が一番信をおいている人だ……だからお願いがある」


 ヒョードルからフウラは体を離し、その顔をみて「はい」と凛とした表情で頷いた。


「ひとつは君に偽証を頼んだ人物の名だ、ガルーダ商会長本人かい?」

「そうです。夜会で商会長にあったときに秘密裏に話があると……後日、新聞社に近い場所にあるカフェでご本人に会いました」


「フウラ、君の証言がアイシャを追い込んだことに変わりはない。だから二つ目のお願いだ。ここ五年の間に北部で何があったか調べてくれ。どんな些細なことでもいい、噂レベルでもいいから徹底的に」


「分かりました、私自身が北部に行ってお調べします」

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