妖精たちの愛し子

第3話 興味関心は恋の種

―――私、あなたがキライです。



 幼さの残るアイシャの声に意識が浮上したレオネルは目を覚まして周りを見る。


 ここは王城に用意された客間で、当然ながら一人きり。

 カーテンの隙間から見える外はまだ暗かった。


「寝落ちしたのか」


 皴になったシャツを見下ろして、服のまま寝たことを反省しつつ、周囲に散らばった空きの酒瓶を一箇所にまとめてカーテンを開ける。


「今朝は冷え込んだな」


 鍵を外して窓を開けて外に出れば、冷たい空気が肌を刺す。


 寒いと感じるのは一瞬。

 レオネルの周りをふわふわと赤い妖精が飛ぶと、レオネルは温かい空気に包まれた。



「ありがとな、アイグナルド」



 レオネルの言葉に二匹のアイグナルドたちが照れ臭そうに笑って姿を消したが、一匹だけモジモジしながらベランダの欄干付近を飛び続けていた。


 その視線は一階上の部屋のベランダに向いている。



「気持ちは分かるが行ってはだめだよ。大丈夫、あの子にはスフィンランたちがついているから」



 レオネルの言葉に未練がましい視線を向けると、アイグナルドは少しだけ寂しそうに笑って消えた。


――― 私たちの子はどっちの妖精に好かれるかしら。


 思い出すのは夢のアイシャより少し大人びたアイシャ。



「キライから始まって大したもんだったのにな」


 苦笑いをしたレオネルは欄干に寄りかかり、アイシャの瞳によく似た朝焼けを眺めた。



 ***



 このキャスルメインは妖精の加護を受けた豊かな国であり、国民にちらほら妖精の加護を受けた《愛し子》がいる。


 この愛し子たちのうち、最も力の強い水・風・火・氷の妖精たちの加護を受けた愛し子たちは将軍として東西南北の砦を守っている。


 それが建国以来の習わしなのだが、妖精は実に気まぐれなので、いつ誰が何の妖精たちの愛し子になるか分からない。



 ただ傾向として、三十年から四十年に一回、十代の子どもから愛し子が選ばれている。


 どうしてかについては諸説あるが、将軍の一人が死んだらとか、「体力的にしんどい」と本気でいったらとか言われている。



 レオネルは火の精霊アイグナルドの愛し子となることを望まれていた。


 レオネルのウィンスロープ家はアイグナルドが好む色味と魔力を持っているようで、アイグナルドの愛し子が生まれやすく、実際にレオネルの父も祖父もアイグナルドの愛し子だった。


 愛し子は貴賎とわず選ばれるが、妖精は愛し子の魔力を糧とするので、強い魔力をもつ貴族の子が愛し子に選ばれることが多い。


 レオネルが十歳のときアイグナルドがレオネルを愛し子とし、その後たて続けに愛し子が二人決まった。


 水の精霊マリナたちが選んだのはマーウッド伯爵家の三男マクシミリアン、風の精霊ゼフィロスたちが選んだのはトライアン伯爵家の嫡男ヒョードル。


 この三人は社交界でも人気があり、文武両道で将来も有望視されていたので周囲も納得の抜擢だった。



 そして氷の精霊スフィンランたちが選んだのは、王都から宿場町を三つ超えた先にある小さな村の孤児院にいたアイシャだった。


 小さな村の村長は突然現れたスフィンランたちに驚いて領主に報告したが、報告を受けて領主が確認するまで時間がかかり、さらにそれを王都まで報告するのに時間がかかってしまった。



 アイシャがスフィンランの愛し子として王に紹介されたのは、レオネルが愛し子として登場してから約一ヶ月後。


 最低限の礼儀作法でたどたどしく挨拶するアイシャは、先の三人の愛し子たちの堂々たる風格と比べるのも烏滸がましいぐらいで、国王はガッカリした様子を隠さなかった。



「孤児院出身の愛し子か」



 妖精にとって貴賤は関係なく、過去に庶民が愛し子となって大将軍になった例はいくつもある。


 しかしこの二百年は貴族からしか愛し子が選ばれておらず、なぜ自分の代で孤児の愛し子が生まれてしまったのかと王は自分の治世にケチがつけられた気がした。



「おぬしはスフィンランたちに選ばれたから将軍にしてやるが、これから騎士養成学校に行き、そこで学ぶように」


「……はい」


 終始オドオドしているアイシャにレオネルは憤った。


 北方を守る氷の妖精スフィンランの愛し子としての矜持はないのか、と。



 いま思えば育ってきた環境や受けてきた教育が違うのだから、できることが違うのは当然である。


 しかし傲慢だったレオネルにはアイシャが自分と同じ愛し子であることが不満だった。



―――どうしてできないんだ?


―――お前は出来損ないの愛し子だ。



 その不満をレオネルはアイシャにぶつけ続けた。

 レオネルは唯一の公爵家の嫡男だったため追従してアイシャをいじめる者も少なくなかった。


 それでもアイシャは泣くことも、諦めることなく、授業を受けて、補習や追試をこなしていった。


 二年ほどして、上位成績者の中にアイシャの名前を見るようになった。

 

 剣は少々不得手のようだったが、槍をつかった模擬戦ではかなりよい成績を残すようになった。


 四年ほど経つと、学問でも武術でも、他の三人に見劣りしないようになった。

 それにはレオネルも驚いた。



 レオネルが驚いたのはもうひとつ、アイシャの容姿の変化だった。


 妖精の加護を受けて四年ほど経つと、体に加護が馴染んで髪や眼の色に影響が出始める。


 レオネルにも影響があったが、もともとアイグナルドに好かれやすい黒髪に赤目だったため、緋色の瞳が深紅になった程度の変化だった。


 しかしアイシャの変化は劇的だった。

 平凡な茶色の髪が光り輝く銀髪に、淡い青色の瞳は柔らかい紫色に変わった。


 それは妖精の中で最も美しいとされるスフィンランがそのまま人間になったような姿だった。



 劇的な変化にもアイシャだけは動じなかった。


 今までのように髪を一つにリボンで無造作に結び、スキマ時間は図書館や鍛錬場で過ごしていた。


 変わったのは周りの者たちだった。


 アイシャを熱の灯った目でジロジロ見る男子生徒が増え、貴族からの婚約の打診も増えた。



 レオネルはそんなアイシャにイライラした。


 なぜそんなにイライラするのかきちんと探ればよかったのだが、十四歳の少年にはコクな話なのだろう。


 このイライラをレオネルはアイシャにぶつけてしまったのだが、アイシャのほうもこの事態にイラつき限界を迎えていた。


 そしてアイシャは言い放った。




「もう、うんざり」

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