学院にて(過去)
精霊が守る国キャスルメイン(レオネル)
創生神の末の女神キャスルメインは地上に降り立ったとき一人の男に恋をした。
その男がこのキャスルメイン王国の初代国王。
人間であった男は永遠を生きる女神を残してこの世界から消えた。
愛する男が消えたことで女神は理性を失い、絶望から魔物を作り出す邪神になった。
父の創生神は慈愛に満ちた優しいキャスルメインの変貌を嘆き悲しみつつも、娘の生み出す魔物たちが人間を食い荒らすのを止めるために神を殺す剣でキャスルメインを刺した。
そして女神から流れ出た血の一滴一滴が精霊になり、血の源である心臓は四つの大精霊になった。
創生神は精霊たちにこの国を守る様に命じた。
東部の海を守る水の大精霊「マリナ」。
西部の山を守る風の大精霊「ゼフィロス」。
南部の砂漠を守る火の大精霊「アイグナルド」。
北部の氷山を守る氷の大精霊「スフィンラン」。
大精霊と言っても大きな精霊が一匹ドンッといるわけではなく、手のひらサイズの精霊が大量にいる感じになる。
つまり普通の精霊の愛し子の場合は周囲を一匹の精霊がふよふよ漂っているわけだが、大精霊の愛し子の場合は大量の精霊にわちゃわちゃと群がられている様に見える。
だから他の一般的な精霊は単数形だが、大精霊の場合は「アイグナルドたち」みたいな複数形になるし大精霊は愛し子の子や孫まで愛してあちこちに散っていたりする。
愛し子となる者はもともと魔力を持っており、大精霊の愛し子となるとその魔力量は膨大。
愛し子は魔力を精霊の力を借りて精霊魔法に変換して魔物や敵となる人間と戦うのだが、大精霊の場合はあちこちに散らばって力が分散されているので大きな精霊魔法を使うには精霊たちを集めなければいけない。
大精霊の愛し子は二十年から三十年に一度、十代の少年少女から現れる。
「現れる」と言っても大精霊が選んでいるわけで、スフィンラン以外には愛し子の産まれた地域や血脈などそれなりに選ばれる子どもに大精霊の好みのような傾向は見られる。
アイグナルドの場合は完全に血だ。
俺の生家、ウィンスロープ公爵家で丁度いい年齢の子どもが愛し子になっており、俺の祖父も父もアイグナルドの愛し子だった。
スフィンランだけは愛し子を選ぶ基準が全く分かっていない。
歴代のスフィンランの愛し子の共通点はこの国にいる十代の子どもというだけ、「いる」と言っても他国からの移民だったケースもあるのでその辺りは少々曖昧だ。
大精霊の愛し子は同時期に現れるので、俺が大量のアイグナルドたちに群がられて愛し子になったと分かったときに他の三人も探された。
マリナの愛し子とゼフィロスの愛し子はそれぞれ西部と東部を探せばいい。
そのためマックスとヒョードルはどちらも貴族の家の子どもということもあって直ぐに見つかったが、アイシャを見つけるのには時間が掛った。
アイシャがいたのは北部の寒村にある寂れた孤児院だった。
突然降ってわいてきたスフィンランたちに驚いたとのちにアイシャは笑いながら教えてくれたが、それ以上に周囲の大人たちは対応に困ったに違いない。
結局、村長が一カ月近くかけて領主の元に報告に行き、その領主が一カ月ほどかけて本当にスフィンランの愛し子かどうか確認に行った。
そして領主は「本当だった」と一通り騒いだ後にまた一カ月ほどかけて領地に戻り、国王への手紙を持った使いの者が二カ月弱かけて王都に辿り着いて国王に報告をした。
俺の発見からアイシャ発見まで半年近く時間が経っており、その間に王侯貴族たちの間ではスフィンランの愛し子に対する期待値が爆上がりしていた。
それは俺も同じだった。
マックスもヒョードルも当時から将来を期待された少年だったので「スフィンランの愛し子もきっと」と思っていた。
――― は、はじめまして。アイシャ、ともうします。
国王の御前とは思えないたどたどしい挨拶。
俺の周りにいる同じ年齢の令嬢たちに比べると二回りほど小さい体は着ているドレスが豪華な分だけ貧相に見えた。
アイシャの境遇など何も考えず、自分の傲慢な物差しでしか測れない嫌なガキだと今では恥ずかしくなるが、同じ感想を抱いたのは俺だけではなかった。
『孤児の愛し子』
誰かのささやきが波のように広がり、あっという間にその綽名が定着した。
アイシャへの蔑みを最も露わにしたのは先代国王だった。
精霊にとっては人の決めた貴賤など全く関係なく、平民の愛し子が歴史に名を遺す偉業を達成した例はいくつもある。
ただ大精霊の愛し子は膨大な魔力を有しているため歴代の愛し子のほとんどが貴族の子女。
それなのに親の顔も分からない孤児のアイシャが自分の代で愛し子になったことで自分の治世にケチがついた気がしたのだ。
本来、大精霊の愛し子は王族と同等以上に扱われる。
国王に代わりはいるが、愛し子には代わりはいないからだ。
しかし先代国王はアイシャに対してだけ威圧的に振舞った。
字も読めない無知な子ども、常におどおどして作法も礼儀も知らない子ども。
よくよく考えればそれは国が運営する孤児院の質の問題なのだが、国王は『気に入らない』という態度でアイシャに接し、何かにつけてはアイシャを批難した。
さすがに父王のそんな態度が目に余ったのだろう。
アイシャを学院に通わせることを提案したのは当時王太子だったヴィクトルだった。
ヴィクトルとしては大人だらけの王宮よりも同じ年代の子どものほうがアイシャも気が楽だろうし、何よりも同じ大精霊の愛し子である三人がいるのだからと思ったに違いない。
しかし嫌なガキだった俺はアイシャを受け入れてフォローするどころか率先してアイシャを批難した。
いや、あれはどう考えても言い訳の余地がない虐めだった。
何しろ女というだけでアイシャを毛嫌いしていたのだから始末が悪い。
当時の俺は典型的な女嫌いだった。
その原因はサンドラと、サンドラが勝手に決めた婚約者であるカレンデュラだった。
女という生き物は気に入らないことがあれば泣き喚く。
言葉が通じない生物だとさえ思っていた。
字が読めないアイシャを鼻で笑い、剣を持ったことさえなかったアイシャを「すぐに死ぬぞ」と嘲った。
貴族筆頭のフィンスロープ公爵家の嫡男であった俺がそんな態度だったから、俺に阿る者たちもアイシャを虐めるようになった。
そんな環境でもアイシャは泣かなかった。
いや、もしかしたら一人で泣いていたかもしれないがサンドラたちのような泣き得を狙った泣き方はしなかった。
育ったのが孤児院だというだけで、アイシャは優秀だった。
知らないのは学ぶ機会がなかっただけで、教師にきつく当たられても学び続け、剣を弾き飛ばされても歯を食いしばって剣を拾って握り続けたアイシャは同級生をどんどん追い抜き、あっという間に俺たちと競い合うようになった。
剣では俺に勝つことはなかったが、それは幼い頃の環境の差があっただけ。
俺が学院に入ってから身につけた槍ではいい勝負、俺がアイシャに負けることもあった。
アイシャの変化はそれだけではない。
学院の食堂に勤務する栄養士が優秀だったのか、パサパサで灰色に見えた髪は艶やかな銀髪になり、少しふっくらして血色のよくなったアイシャは他とは一線を画す美少女になった。
そんなアイシャに周りの男たちが態度を変え、休日のデートに誘ったり、はたまた何をとち狂ったのか婚約を打診する奴もでてきた。
言い寄られるアイシャを見るたびに苛立つ理由が分からなかった。
本当に馬鹿なガキだったなあって思う。
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