第4話 沈黙は黙認ではない

 その日、王城での模擬戦にアイシャたちは参加していた。


 まだ学生であっても、最上位の妖精の愛し子である四人に勝てるのは妖精の加護を持つ本業の騎士くらいだった。


 そんな愛し子四人と大勢の加護持ち騎士たちが参加する模擬戦。

 そこに王太子が観覧するとあっては、会場は騎士や学生、そして貴族令嬢たちが大勢集まっていた。



「お疲れさん」

「お、ありがとう」


 タオルを受け取ったマクシミリアンはレオネルに礼を言い、汗を拭いながら自分が着ている青を基調とする特注の騎士服を見下ろす。



「めちゃくちゃ動きづらい。母さん、気合入れ過ぎ」


「俺のこの服よりマシさ、公爵家の見栄がジャラジャラと……口ごたえが面倒だから受け入れたが失敗だったな」


「それなら相手に思い切り吹っ飛ばしてもらうんだな、寸止めが苦手なようだけど」


「それ、飾りどころじゃなく俺が吹っ飛ぶやつだな」



 名前を呼ばれたのでマクシミリアンと別れて会場に入り、反対側の入口からアイシャがくるのを待っていたが、


(なっ!)


 入ってきたアイシャの姿にレオネルはギョッとした。


 十四歳の少女には不似合いの大人びたドレスを作り変えた騎士服は露出度が高く、アイシャの登場に会場からは下品な口笛が飛ぶ。


 冷静に考えれば自分のように誰かが用意した衣装だと分かっただろうが、レオネルは増した苛立ちのまま剣を抜いて切っ先をアイシャに向けた。



「なんだ、その服は。誇り高き妖精の愛し子が恥ずかしい。恋人や婚約者探しならばパーティーに参加しろ」



 侮蔑を隠さないレオネルの言葉にアイシャは真っ赤になったが、それは羞恥が原因ではなく、



「この服は学校が用意したものよ、好んで着ているわけないでしょうが!」


 そう言うが早いか、唖然としているレオネルの手から剣を奪うと無造作に長い髪を掴んでザクッと小気味いい音で切る。


 突然のご乱行に観客席のほうから女性の悲鳴があがった。



「もう、うんざり」

「は?」


「うんざりと言いました!あなた方は私がいつも黙っているから、口をきけないとでも思っていたのですか?」


 呆れたようにアイシャは言うと、手に持っていた切り取られた銀色の髪を、価値のないゴミのように振り払った。



「面倒だから口を開かずにいればどなたも好き勝手なことばかり。全く鬱陶しくて仕方がありませんわ」


 そう言ってアイシャは嗤った。

 バラバラに切り落とされた髪の無残さもあって、異様な凄みがある。



「一体私に何をしろというのです?勉強しろ?しましたわ。武術を身に着けろ?つけましたわ。礼儀作法に言葉遣い、なにをやっても所詮は孤児の愛し子なのでしょう?」


「そんなことは……」


 レオネルの否定にアイシャはしばし考え、


「確かにあなたは努力を認めてくれる方ですわね。でもそういう方は残念ながら少数派なのです……まあ、彼氏が欲しいと思っているなどと盛大な勘違いはしてくれましたが」


 アイシャはレオネルに剣をつっ返して鼻で笑う。


「私は、私とスフィンランたちのためだけに努力してますの。男性のためでなければ国のためでもありませんわ。私は死にたくありませんもの」



 「そもそも」とアイシャの矛先がレオネルから一番高いところに座る王に向かう。


「陛下、なんで私が将軍になってこの国を守らなければいけませんの?」


「お前は愛し子としての責任を放棄するのか?これだから卑しい庶民は……」


「ええ、その卑しい庶民が貴族の皆さまの代わりに砦を守るのはなぜなのです?貴族のみなさまが行くべきではありませんか?」


「命を惜しむのか!」


「……普通そうですよね?私、来年には騎士見習い、北部にも行くのでしょう?あっちに行って早々に死にたくないから勉強とか武術とか、生き残る方法を身につけてきたんですけれど?」



 「学ぶことは意外にも楽しかったけれど」というアイシャの小さな呟きは、近くにいたレオネルにしか聞こえなかった。



「皆様が私を含む愛し子たちに言うべきことは、妖精たちと国を守ってくれということなのでは?」


「お前のような小娘に頭を下げろと?」

「その小娘の力が必要なのでしょう?」


「不敬だぞ!」


「何も言えなくなると”不敬”しか出てこなくなるのはなぜなのでしょう。それなら処刑なり追放するなりどうぞお好きに。先ほども言いましたが、四年も好き勝手されてうんざりなのです」



 「うんざりといえば」とアイシャの目が再びレオネルに戻る。



「あなたが私に理想を押しつけてくるのも迷惑です。愛し子はこうであるべき?スフィンランたちは何もできない私でも愛してくれました、あなたの忠言はすべて余計なお世話です」



 アイシャはふんっと鼻息荒く退場していき、シーンとした会場では「彼女の言うことはまったくもって正論だ」と王太子が大爆笑していた。



 ***



「いた」



 恐慌状態になった会場をでたレオネルはアイシャを探し回り、二時間ほど探し回って訓練場にいるアイシャを見つけた。


 アイシャはあの品のない服から飾り気のない白いワンピースに着替え、楽しそうにスフィンランたちと遊んでいた。


 その姿をぼうっと見ていると氷の粒が顔にあたり、見上げると怒った顔のスフィンランがいた。



「何の用です?」


 アイシャの声にレオネルが振り返ると、さっきまでの笑顔が嘘のような無表情で、軽やかだった笑い声も硬質なものにかわっていた。


「愛想がないな」


「貴族のご令嬢にお声がけください」

「キャラ、変わり過ぎじゃないか?」


「本質はこっちですよ。でも、貴族の世界に入るのだから合わせるべきと思って努力しました……まあ、完全に無駄でしたけれど。結局あなた方は孤児の愛し子と、私が何をしても気に入らないのですから」



「……すまなかった」


 レオネルの謝罪にアイシャは少し驚いた表情を浮かべたが、何やら悩み出して返事をしなかった。


 あまりにも悩み過ぎるので、焦れて限界がきたのはレオネルのほうだった。



「謝罪を、受け入れてくれるだろうか」


「それなんですが、ぶっちゃけていいですか?」


「先ほどあれだけ王に対してぶっちゃけたんだ。いまさら俺に対して畏まる必要はないだろう」


 レオネルの言葉にアイシャは「確かに」と頷いて、



「あなた、私のことキライですよね?」


「そんなことは……」


 アイシャの言葉にレオネルは口を開いたが、先を続けることはできなかった。


「お気になさらず。私もあなたがキライです」


 なんでもないことのように言われて、レオネルは理解に時間がかかった。


― キライ ―


 誰かに面と向かって言われたことは初めてだった。


 ウィンスロープ公爵家唯一の跡継ぎであり、アイグナルドの愛し子であるレオネルに向ける周囲の表情かおはみんな同じ笑顔。


 音で表現すればニコニコニコニコ。


 レオネルがどんな顔をしていても、何を言っても、ずっとニコニコニコニコ。


(キライとは興味深いけれど……チクチクする)


 レオネルが違和感のある胸を触りながらアイシャを見たら、アイシャはレオネルのことなんて気にせず戯れるスフィンランたちに微笑みかけている。


(あんな表情かおできるんだ……へえ……)



「いつまでそこにいるんです?まだ模擬戦は続いていますよね?」


「あ、ああ」


「……頑張ってくださいね。私、あなたはキライですが、あなたの剣技も魔法も美しいと思っていますので」



(そっぽ向きながら……はは、なんか可愛い……)


「ひああああああっ」


 突然のアイシャの悲鳴に別のことを考えていたレオネルが顔をあげると、



「な、何をやってるんだ!!」


 アイグナルドたちがアイシャに飛びかかっていた。


 スフィンランたちが目を吊り上げて、アイグナルドたちをアイシャから引っ剥がそうとするのだが、


「本当に……みんな何をやっているんだ?」


 最初はアイシャに襲いかかっているのかと思ったが、嬉しそうにアイシャにくっつくアイグラルドたちの姿にレオネルは戸惑った。


「ウィンスロープ公子様!」


「え?」


「ボーッとしていないでこの子たちをどうにか……って、きゃああああっ!どこを触っているんですか!!」


 『どこ』と言われて反射的にそこを見たレオネルはそんなに悪くない。


 ただそこがアイシャの胸元で、むき出しになっていた柔らかそうな白い谷間に顔を埋めるアイグナルドをガン見してしまったのがよくなかった。


「このっ」


 この国で妖精たちは大切にされるべき存在であるが、アイシャは胸に埋もれていたアイグナルドをむんずと掴み、レオネルに投げつけた。



「スケベ公子!!」

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