男たちの涙の反省会(レオネル)

「ちょい、ちょい、ちょい、ちょい! ちょい待て!」

「ちょいが多い」


 マックスに突っ込むヒョードルの声にも元気がない。


 あの子はすでに部屋から出ていっている。

 小父様たちの再会を邪魔したくないのでって器用に布を巻いて髪と顔を隠して颯爽と出ていったあの子の姿を俺は呆然と見送ることしかできなかった。



「だって!」

「言いたいことは分かる」


「そうだろ? 父親を探しにきたって、どう見てもあの子の父様ってレオじゃん」

「そうだよなあ」


 ヒョードルの目が机の上に突っ伏して泣いている火の精霊たちに向かう。

 彼らは俺を加護する精霊、火の最高位の精霊であるアイグナルドたちだ。


「スフィンランたちに思いきり突き飛ばされていたからなあ」

「容赦がなかった。流石アイシャを加護する精霊」


 スフィンランは氷の最高位の精霊。

 彼らはアイシャを加護している。



 精霊の加護を受ける者はこの世界で「愛し子」と呼ばれている。

 愛し子でなくても血や魔力の匂いが似ている愛し子の子どもや孫も精霊に好かれやすく、気難しいスフィンランがあの少女を守る様にくっついていただけでもあの子がアイシャの子だと分かる。


 そしてアイグナルドもあの子に好意を示した。

 つまり、やはり、あの子は俺の子の可能性がとても高い。


「顔には二人の面影があるし、なによりあの黒髪に赤い目だ」

「十四歳ということは、あのとき・・・・アイシャの腹にいた子ってことだよね」


「生きていたのか……」


 ヒョードルの言葉にヴィクトルが大きく溜め息をついて顔を覆う。


「どうしては沢山あるけれど、とにかく目先の問題は父親だよ! 父親、黙っていないで何か言えよ!」

「何も言えるわけないだろう」


 いや、言いたいことは沢山ある。

 でもそのどれも言える資格が俺にはない。


「そうだよな……アイシャに腹の子を自分の子だと言うなら名誉棄損で訴えると言ったし」

「本当に訴えて、賠償請求までしたんだもんな」


 友人たちの指摘がグサグサ刺さる。


「レオの娘であることはエレーナ嬢本人が指摘していたな」

「名誉棄損で訴えられたら困りますって笑っていたけれど、目はマジだった」


「それなら父親候補って、裁判でアイシャの不倫相手だと名乗り出たあの三人か?」

「そうだろうな」


 

「どうして……」


 思わず出た声に三人の会話がピタリと止まる。


「どうしてって……」

「仕方がないよ、裁判を起こしてまで子どもの父親であることを否定したのはレオ自身だ」


「分かってる……分かっているけど、でも……」


 父親でないと否定したあの子の気持ちは分かる。

 でも、どうしても「でも」と思ってしまう。



「どうして……」


 アイシャを愛していた。

 いや、いまでも愛している。


 愛し子の義務で互いに忙しくて触れ合える時間は少なかったけれど、だからこそとても貴重で、とても大切で―――。


「あのさ、とにかくあの子が生きていたことを喜ぼうよ」


 マックスの言葉に心臓を突かれた思いがする。


「近いうちに王都は騒ぎになると分かるのに……やばい、泣きそう」

「どうして十五年も気づいてやれなかったんだろう」


 ヴィクトルの言葉に頷いたヒョードルが項垂れる。


「俺、レオには悪いけれどあの子の父親捜しに協力する」

「……マックス?」


「あの子がここにいるってことは、アイシャが寄越したってことだろう? だから協力する。レオ、反対しても無駄だからな」

「分かってる、俺も協力するさ」


 あの子の存在はアイシャの証言以外は全て嘘であることを証明している。


 誰も疑わないほど完璧に嘘に真実っぽい鍍金を施せたのは俺の母というこの国の社交界の女王サンドラ、そして恐らく二番目の妻だったカレンデュラも関わっているはずだ。


―――私のことを誰よりも信頼すると言ったのに!


 嘘つきと責めるアイシャの声が蘇る。


 アイシャの言う通りだ。

 俺はあのときアイシャの言葉を信じず、サンドラとカレンデュラの作った嘘を信じた。


―――あなたは嘘つきね。


 蔑みのこもった、期待が失せた冷たいアイシャの声。


 サンドラの言葉を信じたわけじゃない。

 でも君の言葉が嘘でしかない証拠しか出てこなかったんだ。


 カレンデュラに対して何か特別な思いがあったわけじゃない。

 どうしても君を忘れたかった、そして俺を裏切った君に未練などないと見せつけたかった。



「俺は証言者たちを捕まえる」


―――アイシャ様は妊娠三ヶ月。この半年間ずっと南部の砦から離れられなかった公子様の子ではあり得ません。


 幼い頃から世話になってきて信頼していた公爵家の主治医。


―――奥様は若旦那様がご不在で寂しいと……男性と会うのを黙っていて欲しいと脅されて。


 乳母の娘で、乳兄妹だから信頼してアイシャにつけていたメイド。



「先代公爵夫人も元公爵夫人も自分たちがレオに信頼されていないことは分かっていたんだな。だからレオが信頼している他人を使った」

「他人といってもどちらもうちの傍系出身、半分身内だ。だからこそ信頼していたんだがな」



―――誰が何を言おうと、お腹の子の夫であるウィンスロープ公子との子どもです。



 アイシャ、ごめんな。

 本当にごめん。


 証言を否定する凛としたアイシャの声。

 しかしこの二人以外にも「彼女は不倫していた」「自分が彼女の不倫相手だ」いう証言があとを絶たなかった。


 俺とアイシャの離縁と、腹の子の認知を巡る裁判は泥沼化した。

 最終的にアイシャの言葉が証拠がないため嘘だと判断されて裁判は俺の完全勝利で終わった。


「アイシャ賠償金って?」

「裁判後しばらくは分割で支払われていたが、カレンデュラとの結婚式の前日に残りが一括で支払われた。お幸せにというメッセージ付きでな」


「うわあ……」


 初めて言った話に三人の顔が引きつった。



「それならエレーナ嬢の父親捜しは復讐か?」

「いや、アイシャは復讐に自分の子どもを使うような女じゃない」


 たとえ俺を殺したいほど憎んでいても、アイシャは子どもを道具のように使わない。

 アイシャに関しては色々間違いを犯してきたが、これだけは確かだと確信できる。


「アイシャは可愛いくて優しそうな顔をしているがキレると怖い……復讐するなら徹底的に、己の手で完膚なきまでにねちっこく叩き続けるタイプだ」

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