第2話 復讐は忘れた頃にやってくる
「ちょいちょいちょいちょい」
エレーナが退室してきっかり三分。
マクシミリアンの声に、「ちょいが多い」とヒョードルはため息を吐く。
「だって、ちょい待て!父親を探すって、どう見てもレオネルの娘だろう!?」
「赤い目にあの顔立ち、アイシャにもどことなく似ているし何よりもスフィンランたちだ……十五歳か」
「あのときの子ってことだよな」
念を押すようで言い難かったことを言ったマクシミリアンに三人の何とも言えない目が向けられる。
「それで、妖精たちは何をやってるんだ?」
「振られたアイグナルドたちをみんなで慰めている?」
「レオネルの子どもってことで興奮したんだろうな……あの子にくっついてきたスフィンランたちは手強かったな。さすがアイシャの妖精」
エレーナにくっつこうとして投げ飛ばされた上に、エレーナに完全に無視されたアイグナルドたちがレオネルの肩の上で落ち込んでいた。
「いやいやいや、妖精よりも父親!父親、黙ってないでなんか言えよ!」
ヴィクトルとヒョードルの会話にマクシミリアンが割り込み、ずっと黙っているレオネルに話を振ったが、
「マックス、お前は人の心がないのか?レオネルはさっき娘に拒絶されたんだ。そのショックはアイグナルドたちの比ではない」
「……拒絶」
―――母が南方将軍閣下の元々妻というのは知っていますが、閣下は私の父親ではありませんよ。やめてくださいな、名誉毀損かなにかで訴えられてしまいますわ。
―――大丈夫です、私の父親と名乗り出てきた方は三人もいらっしゃいますから!
「バッチリ下調べされているよ。裁判記録も過去の新聞も、誰でも閲覧できるしね」
「……ヒョードル」
地を這うようなレオネルの声に、ヒョードルは両手をあげて降参をアピールする。
「僕に八つ当たりしないでよ。仕方ないだろ、知る権利は誰にでもあるんだから」
「……分かっているよ」
ヒョードルということは正しいし、それから得た情報で「あなたは父親ではない」と否定したエレーナの気持ちは痛いほど分かる。
しかし、『でも』という気持ちがレオネルにはどうしてと振り払えない。
「なんでこうなったんだろう……あのときの子が無事に生まれてあんなに元気に育っていることは嬉しいんだけど……」
―――あんたたちなんてみんな大嫌い、もう二度と友だちなんて思わない。
「明日から王都は騒ぎになるって分かるのに……やばい、泣きそう」
「彼女は助けてくれたけれど、彼女が助けてって言ったことはなかったよなあ……友だちではないからか」
ヒョードルの落とした肩にマクシミリアンは手を置く、
「でも娘をヒョードルのもとに送ったということは、アイシャからのお願いと思うべきだよな」
「そうだ、俺たちにできるのはエレーナ嬢の父親を探すのに協力することだ」
うんっと力強く頷きあう三人に、レオネルの上げた顔は複雑そうだった。
「とにかく、当時の『証拠』は全て疑うべきだろう。そして全ての黒幕は……」
「決まっているだろう、レオネルの実母である先代公爵夫人と、元妻で元婚約者のカレンデュラ・フォン・ミゲル子爵夫人だ」
―――嘘つき。私を愛しているといっておきながら、軽蔑して憎んでいる母親の言うことを信じるのでしょう?興味がなくて好きでもない元婚約者の言うことを信じるのでしょう?
アイシャの蔑んだ、期待の失せた冷たい声がレオネルの頭の中で響いた。
「それ以外の人が黒幕だったらびっくり仰天だよね」
「彼女たちは自分がレオに信頼されていないことは分かっていたから他人を使った。レオが幼い頃から慕っていた公爵家主治医やレオの乳兄妹だったアイシャ付きのメイド、アイシャの副官に大商会の長に前途有望な学生。まったく、彼女たちの腕はどれだけ長いのか」
「当時誰もが真実だと認めた証言を一気に覆すのがエレーナ嬢というわけか」
―――誰が何を言おうとお腹の子の父親は夫であるウィンスロープ公子です。
凛としたアイシャの声。
不倫しているという証言があとを絶たない中でも、アイシャはお腹にいる子どもの父親はレオネルだと主張し続けた。
その結果、二人の離縁を巡る裁判は泥沼化し、最終的にアイシャの証言が嘘と判断されてアイシャには多額の賠償金が請求された。
アイシャが男たちに送った恋文の筆跡鑑定の結果と、何よりも公爵家の主治医が証言した「アイシャが妊娠したと思われる時期」にレオネルは南方砦につめていたのが『嘘』の決め手だった。
「アイシャに課した賠償金の支払いは?」
「毎月の分割で支払われて、俺がカレンデュラと再婚する前日に全額清算された。『お幸せに』というメッセージ付きで」
レオネルから初めて聞いた話に男三人の顔が引きつる。
「うわあ……痛え」
「レオがカレンデュラ元夫人と再婚した時期だから……エレーナ嬢が一歳くらいのときか」
「二年であの額を完済できるのか?」
「アイシャは範囲魔法が得意で火力もある。副官とあんなことがあったから部下はもたずに単身で北の砦を守っていて、北方は魔物や蛮族の出没頻度が高いからレオネルより高給取りではあるが」
将軍たちの給与を管理している国王ヴィクトルは首を横に振った。
「それでも二年で完済できるほどではなかった……おそらく今後の生活などを一切気にせず、有り金全て集めて叩きつけたんだろう」
「相当頭にきていたんだろうな、レオネルにも俺たちにも」
「それじゃあエレーナ嬢が王都に父親探しにきたのは……復讐?名誉棄損で裁判を起こして賠償金を……いや、アイシャがそれをエレーナ嬢にやらせることはないな」
「ああ、絶対にあり得ない。俺を殺したいほど憎んでいても、それに子どもを使うような女じゃない」
項垂れるレオネルの肩をヴィクトルが優しく叩いて慰めた。
「理由はアイシャに聞くしかないということか……レオ、お前の屋敷にあるゲートはどうした?」
北部までの移動は距離がある上に寒いと思ったヴィクトルは、公爵邸にある北部と王都を繋いだゲートがあることを思い出した。
北方将軍でありながらウィンスロープ公爵夫人としての役目も果たすためにアイシャが力を注いだ研究は空間移動の魔法だった。
しかし「好きな人に会うため」という可愛い理由ならよいが、場合によっては軍隊を敵国の中心に送ったり、間者を他国の王の寝室に送ったりできる恐ろしい使い方もできる発明。
それを理解していたアイシャは北部の砦と王都をゲートでつないだあと、魔法理論についてはメモ用紙も含めて全て焼却処分をした。
「最後に使った彼女が向こうから壊した」
「世紀の発明品を夫婦げんかで……結婚するためにあんなものを作り出したときも驚いたけれど、壊した理由にも驚きだよ」
資源豊富な北部と王都を繋ぐゲートならば天文学的な費用で売れたに違いないのに。
無欲だなとため息を吐くヴィクトルに、レオネルは「別に無欲じゃない」と笑って、
「優し気な顔立ちだから甘く見られがちだが、アイシャはキレると怖いんだ」
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