彼女の娘が俺に似ている……私のお父さんを知りませんかって、え?

酔夫人

第一章

プロローグ

俺によく似た彼女の娘(レオネル)

「レオネル?」


 疑問符がついていたが、名前を呼ばれて振り返ると久しぶりに会う友人マクシミリアンがいた。


「よお」

「よお、って……久しぶり過ぎだよ」


 マクシミリアン、マックスの苦情には苦笑いを返すしかない。


「いろいろ忙しくてな」

「忙しいからって、男盛りの独身公爵が男ばかりの辺境に引きこもるなよ」


「人のことは言えないだろ、マックス。社交シーズンなのに王都に来ないとご令嬢たちが嘆いているそうじゃないか」


「暖かくなってきたから海に警戒しないといけないんだ」

「海の蛮族は酋長が死んで侵略どころじゃないだろ」


 耳が早いな、とマックスは苦笑する。


「いい加減に結婚しろと母上が煩い。今回仕方なしに王都に来れば、両手に見合い写真を持って待ち構えていたんだぞ」


 マックスの家は貴族にしては比較的珍しいほど家族仲がよい。

 だからこそマックスは母の願いとやらを無碍にできないのだろう。


 幸せな悩みだ。


 そう思うのだが、マックスの友として期待された返事をする。


「結婚してみて合わないなら離縁、それを二回繰り返せば『結婚には不向き』と判断されて何も言われなくなるぞ」


 最初は恋愛結婚、次は政略結婚。

 どちらも妻の浮気で終わってみれば、母という女も何も言わなくなった。


「二回目の結婚はやけくそでしたものだろうが」

「マックス」


 すまんと謝りつつもマックスはまだ何か言いたげにしている。

 その『何か』など直ぐに分かる。


「まだその剣を使っているんだな」


 マックスが背負うのは彼の背の半分はある大剣。

 十五年の間、マックスは刃毀れしたり壊れたりしても修理して使い続けている。


 東部の青い海を閉じ込めたような柄。

 この装飾は王都で長く人気の彫刻家によるものであるが、マックスが使い続けているのは「ヴィクトルの奢りなんだから高い剣を買うわよ」とがめついことを言っていた【彼女】との思い出があるからだろう。


―――レオ!


 元気のよい声が聞こえた気がして思わず後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。



「どうした?」

「なんでもない」


 【彼女】がここにいるわけがない。


 【彼女】は俺以上に王都にこない。

 国王であるヴィクトルはあの手この手で王都に呼び出しているようだが、北部将軍の特権で「忙しいから無理」の一言を携えた北部辺境伯を代わりに寄越しているという。



「マックスもヴィクトルに王命で呼ばれたのか?」

「そうだ。しかし王命とは、何かあったのか?」


 『とにかく急いで、なにがなんでも城に来い!』


 形式も何もあったものではない焦りまくった王命が届いたのは三日前。


「レオ、もしかしたら王命はアイシャにも出ているのかも」

「春が近い北部は魔物の大発生で大忙しだろう」


―――なんで信じてくれないの?


 疑問形なのに答えを求めてはいないような、独り言のような【彼女】の声が蘇る。



「分からないことだらけだ、とにかく急いでヴィクトルに……」


 カシャン


 軽い音がして足元を見ると剣の柄につけていた飾りが足元に落ちていた。


―――面倒臭がらないで自分で選びなよ、これだからお坊ちゃんは。


 俺といい勝負で素直じゃない【彼女】が、嫌がらせで可愛いのを選んでやったと笑って渡した剣飾り。

 【彼女】の瞳と同じ、夜明けの空のような薄桃色を帯びた紫色の石が割れていた。



 ***



「南方将軍レオネル・フォン・ウィンスロープ公爵閣下、ならびに、東方将軍マクシミリアン・フォン・マーウッド様がいらっしゃいました」


 近衛兵の声に、過ぎるほど豪華な装飾がされた扉が開く。


 部屋の中には長身の男性が二人。

 どちらも俺の友人ではあるが、その一人は国王であるため臣下として騎士の礼をとる。


 【彼女】はいない。

 俺は上着のポケットにいれた割れた石の重みが増した気がした。


「将軍たち以外は全員下がれ」


 普段から垂れ目の目尻をさらに下げたヴィクトルの表情に思わず首を傾げる。


「レオ、マックス、あのな……」


 四人だけになったところでヴィクトルが口を開いたが、その後は「あー」とか「うー」とかモダモダするだけ。

 いい加減に焦れて俺は先に来ていたらしいもう一人の友人に目を向ける。


「久しぶりだな、ヒョードル」

「あ、うん。……久しぶりだね、レオ。本当に……うん、久しぶり」


 なんだ?


「お前までどうしたんだ? 何か西部で困ったことが起きたのか?」


 そのための王命か?


「山の蛮族は冬で大人しいからそっちは大丈夫。でも困ったことは起きた、かな」


 こんな落ち着きのないヒョードルを見るのは久しぶりだった。



 西方将軍であるヒョードル・フォン・トライアン伯爵は人好きされる温厚な性格で王国一の新聞社の経営者。


 会社の共同経営者である才媛の妻フウラとの間に三人の子を持つ父親で、育児にも積極的な彼は「王都一のイクメン」の称号を得ている。


「落ち着いて聞いて欲しい、アイシャが……いや、北部からアイシャの……いや」


 言葉を探すヒョードルの肩を思わず強く掴む。

 さっきのことは、もしかして悪い予感とは―――。


「彼女に、アイシャに何かあったのか!?」


 最悪の想像だけが頭に浮かんでは消える。



「レオ、落ち着け! ヒョードルを絞め殺す気か!」


 ヴィクトルの叫ぶような声にハッとして手を緩める。


「わ、悪い」


 ケホッとせき込むヒョードルが『大丈夫』とでも言うように手をひらひらと振る。


「ごめん……ケホッ、俺、こそ……」

「ヒョードル、口で説明せずに連れてきたほうがいい。見てもらうのが一番早い……誤解はもう懲り懲りだ」


 ― 誤解 ―


 後悔のにじむヴィクトルの声と、誤解という言葉に心臓の音が五月蠅いほどに轟く。



 数分後、ヒョードルが小柄な男を連れて部屋に入ってきた。

 隠密のように顔を黒い布で巻いて隠した華奢な体に10代の男と判断した。


「もう取ってもよろしいですか?」


 女?


「息苦しい思いをさせてすまなかったね」

「大丈夫です」


 鈴の鳴るような可憐な声。

 どこかの姫君がお忍びで王国にきたのか?


「は?」


 布をとったときに流れ出たのは艶やかな黒髪。

 そしてその顔立ちはどことなく―――。


「アイシャ?」


 無意識に口から出た名前に少女は俺に顔を向け、そして楽しそうに笑う。

 その笑い方は記憶の中のアイシャそのもの。


「私、母様とお爺様には父親似って言われているんですよ」


「年は?」

「もうすぐ十五歳になります」


 ひとつに束ねられた癖のない長い黒髪。

 そして俺に向けられるのは挑発的な光を灯す瞳は俺と同じ深紅色。


「父親って……おい、嘘だろ」


 隣にいるはずなのにマックスの声がやけに遠くからに聞こえる。


「まずは座ろうか。エレーナ嬢、わたしの隣でいいかな」

「はい、王の小父様」


 国王に対して小父様とは不敬な気安さだが、どこか耳馴染みがいい。



「エレーナ嬢だ」

「エレーナです。母アイシャは騎士爵にありますが、私自身は平民なので姓はありません」


「その、彼女は王都に……」


 チラリとこちらを見るヴィクトルの目に気づいたが口を開かなかった、いや、開けなかったというのが正しい。


「王の小父様、私が説明しますよ?」 

「そ、そうかい?」


 見るからにホッとした様子のヴィクトルから会話のバトンをエレーナがつかみ取り、そのまま可愛らしくニコリと微笑みかける。


 その微笑みが自然とアイシャと重なった。



「私、父様を探しにきたんです」

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