「私のお父さんを知りませんか?」という少女の父親に心あたりがあるのだが

酔夫人

プロローグ

第1話 予期せぬ訪問者

「レオネル?」


 疑問風に名前を呼ばれて振り返ったレオネルは、その赤い瞳に自分を呼び止めた男をうつすと少しだけ口許を緩めた。



「よお、マクシミリアン」


「よお、じゃないって。お前、久しぶり過ぎだ。何年振りの登城だ?」



 マクシミリアンの質問にレオネルの僅かな笑いが苦笑になる。


「南方砦に引き籠るのはうちのお家芸さ」


「気持ちは分かるが、笑えない冗句だな。三十五の男盛りで女っ気のない戦場に引きこもるのはよくないと思うぞ」


 レオネルは呆れた目で並んで歩きだしたマクシミリアンを見る。


「お前だってここ最近東部に引き籠もり気味だと聞くぞ。海の蛮族は最近大人しいだろうに」


「仕方がないだろう、王都にいると親が結婚しろとうるさいんだ」


 家督を継がないお気楽三男坊なのに、と愚痴るマクシミリアンに苦笑する。


「一度結婚して直ぐに離縁すればいい、一度でも結婚すれば“不向き”と判断されて煩く言われなくなるぞ。まあ、俺の場合は二回結婚して二回とも妻の浮気で離縁になったがな」


「それでも結婚したい男第一位なんだから大したもんだ」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたレオネルから目をそらし、マクシミリアンは腰にさした大剣を撫でる。


 この剣は十五年以上前に誂えたもので、強度はもちろん東部の青い海を閉じ込めたような柄の装飾が気に入っていて使い続けている。


―――新国王になったヴィクトルが買ってくれるんだから、目玉が飛び出るくらい高いものを強請りましょうよ!


 元気のよい声が聞こえた気がして、マクシミリアンは反射的にレオネルの向こうを見る。


 そこから銀髪の女性がひょっこりと顔を出すような気がしたが、そんなことはあり得ないと直ぐに前を向く。


(あいつには五年くらい会っていないな)


 レオネル以上に王都にこない女将軍を思い出し、


(北部に行っても無駄だから『ミシュアの樹』の季節限定フルーツタルトをエサに東部に呼び出すかな)



「マックス、陛下に呼ばれたのか?」


「おう、とにかく来いと焦りのにじんだ手紙が鳩で届いたからな。そう言うということは、お前もか」


「ああ。用事が何かは分からないが、終わったら飲みにいかないか?」


「いいね。たまには王都の気取った酒も悪くない」


 マクシミリアンの言葉にレオネルは笑う。


「いつもの店で気楽に飲もうぜ」


 年単位で会わない男が『いつもの店』と言って戸惑わないのは、そこしかないから。


 いつもの店とは騎士養成学校の近くにあり、値段と量だけを重視して質と味を捨てた学生御用達の店。



―――お前が女だから、いつも打ち上げはここだ。


―――女子寮にくればいいじゃない、入ったことがないとは言わせないわよ。


―――俺をマックスと一緒にするな。



 不貞腐れたレオネルの少し若い声と、愉快そうに笑う女の声がマクシミリアンの頭に響く。


 二人は顔を合わせれば憎まれ口をたたき合い、マクシミリアンは連れのもう一人の男と「またやっているよ」と笑って先に飲み始めるのが常だった。



「お互い稼いでるんだら、別の店でも」


「変な気は回すな、もう十五年も経ったんだ」


 それならなぜ頑なに会おうとしない?


 口から飛び出そうなその言葉をマクシミリアンは喉で押し止める。



―――泣いて土下座して謝りたくなっても、絶対に会ってあげないから。


―――誰がお前のような腰の軽い不義理な女に会いたくなるか。



 レオネルと彼女の最後はケンカ別れなのだが、



(バカだよな、どう見たって彼女アイツに未練たらたらじゃないか)


 レオネルの腰にさした剣には飾りがついていて、淡いピンク色を帯びた紫色の石が、赤と黒でまとめられたレオネルの中で異彩を放っている。



「なあ……「陛下、南方将軍レオネル・フォン・ウィンスロープ公爵と東方将軍マクシミリアン・フォン・マーウッド様がいらっしゃいました」」



 自分の声にかぶさった近衛兵の声に、マクシミリアンは目的地に着いたことに気づく。


 ギッと音を立てて過ぎるほど豪華な装飾がされた扉が開くと、部屋の中には長身の男性が二人いた。


「よく来てくれたな、レオ、マックス」


 三十代半ばのほうが笑顔で立ち上がり、レオネルとマクシミリアンは拝礼した。


「キャスルメインの太陽にご挨拶を……」

「そんな堅苦しい挨拶はいいから、我々は幼馴染みだろう?今日はヴィクトルとしてお前たちを呼び出したんだ」」


「ただのヴィクトルが城の鳩を使って、三人の将軍を呼び出したのか?」


 その言葉にヴィクトルはレオネルを不満気に睨んだが、レオネルは笑っていなすとヴィクトルの隣りにいた二十代半ばの男に笑みを向ける。


「久しぶりだな、ヒョードル」


「あ、ああ、久しぶり……うん、久しぶり」


「どうした、ヒョードル。そんな青い顔をして」


「西部で何かあったのか?山の蛮族か?」


「いや、それは大丈夫なんだけれど、大丈夫じゃないことが……いや、なんというべきか」


 

 西部を守る西方将軍ヒョードル・フォン・トライアン伯爵。


 新聞社を共同経営している才媛の妻との間にできた三人の男児の父でもあり、常に彼は落ち着いているのだが、


「本当にどうしたんだ?細君か子どもたちに何かが?」


「いや、うちじゃなくてアイシャがね」


「アイシャ!?」


 さっきいろいろ思い出していた女性の名前にマクシミリアンは大きな反応をしてしまい、慌てて口を右手で塞いで隣のレオネルを見る。


「彼女が、どうしたんだ?」


 キャスルメインの北部を守る北方将軍アイシャ。


 彼女はここにいる四人の大事な仲間で、北方の蛮族を単身で退けるほどの力を持つ北の守護神。


 そしてレオネルの最初の妻。



「その、頼みごとをね」


「……アイシャが、ヒョードルに?頼みごとを?」


 レオネルの声には悋気が滲んでいたが、誰もそれを指摘しなかった。

 それよりもアイシャの頼みごとが気になった。



「正確にはアイシャじゃないんだけど……いや、もう見てもらったほうが早い」


 言葉で説明できないと頭を抱えるヒョードルの肩にヴィクトルが手を置き深い同意を表す。


 そして扉の前にいた近衛兵に「エレーナ嬢を連れてきてくれ」といった。



 数分後、侍女長が一人の少女を連れてきた。


 城の侍女長が直々に案内してくるのは王家の賓客であることを表す。


他国どこかの姫君か……は?)


 少女が伏せていた顔を自分に向けたとき、レオネルの思考がピタリと止まった。



「アイシャ?」


 レオネルが無意識にこぼした言葉に少女は楽しそうに微笑んだ。


「母には父親に似ていると言われるのですが、母にも似ていますか?」


 そう言って少女は微笑む。


 年齢は十四、五歳。

 黒くて長い髪はクセひとつなく真っすぐで、挑戦的に光る緋色の目と視線が絡まると、レオネルは反射的に自分の深紅色の目を覆った。



「父親って……嘘、だろう?」


 固まってしまったかのように動けなかったレオネルはマクシミリアンの声で動けるようになり、少女から視線を引き剥がして三人の男を見る。


 全員が青い顔をしていて、自分も似たようなものだろうとレオネルは理解した。



「レオ、マックス、こういうことだ。まずは座ってくれ、エレーナ嬢もこちらに」


「はい。失礼いたします、王のオジサマ」


 気やすいやり取りだが、むしろ自然で、それを咎める者はいなかった。


「彼女の名はエレーナ、姓は……ない。北方将軍アイシャの娘で、今年十五になるんだが……その、王都には……」


「王のオジサマ、自分で言いますわ」 


「そ、そうかい?」


 ヴィクトルから会話のバトンを掴み取ったエレーナは会話の主導権を見せつけるようにニコっと笑い、




「私は父親を探しにきました」

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