情
「終わったな・・・」
「ヤレヤレですね」
「お疲れ様」
「あなたも・・・」
あの日家出したアイは3年半後に家に帰って来た。
髪は金色に染められていたけれどしばらく手入れされていなかったのか根元地毛の黒髪になっていてボサボサ、耳にも鼻にもピアスの穴が開いていて、腕にはタトゥーがいれられていて、服もどことなくみすぼらしい、靴も擦り切れていて、風呂が入っていないのか体からは異臭が漂っていた。
僕とレンは何も言わずアイを家に入れた。レンがアイを風呂に入れて綺麗に洗い、僕は警察にアイが帰って来た事を連絡した。風呂に入れられたアイが何度も何度も「ごめんなさい」と言い続けて居るのが風呂場から聞こえて来た。
事情を聞いたところ、アイはしばらく友達の所を転々としていたそうだが、友達に紹介された男に騙されて監禁され体を売らされていたらしい。堕胎も1回行っているそうだ。隙を見てなんとか逃げ出してきたけど行くあてが無く、1日かけて家まで歩いてたどり着いたそうだ。
僕はアイを医者に連れて行き診断書を取ったあと被害届を出した。警察官はアイに対して事情を何度も何度も聞いてきてその度にアイは涙を流して答えていた。けれど僕はこれをさせなければ立ち直る事なんて出来ないと思い、レンと左右からアイの手を握りぐっと我慢していた。
そのあとアイは自室に籠り続ける日を続けた。アイが自室から出て僕達と食事できるようになるまでに1年。一緒に家からでて散歩が出来る様になるまではさらに1年。カウンセリングや精神病院による投薬により、僕やレンがいない状態で他の男性がいる環境でも発狂しないでいられるようになるまでにさらに3年。外でバイトが出来る様になるまでにさらに2年。投薬をしなくても生活できるようになるまでにさらに2年。優しい男性と出会い交際を開始出来る様になるまでさらに12年、その男性と結婚した今日までに1年と合計22の歳月がかかっていた。
僕とレンもとっくに還暦を越えていてアイの結婚を諦めていたので、急にアイが付き合っている男性が言った時は驚いたし、連れて来た男性が少し太っているアイよりかなり若い男だった事にも驚いてしまった。
30歳だというその男は今まで女性には縁が無かったそうだが、職場でアルバイトをしているアイを見た時に天使だと思ったそうで猛烈にアタックしたらしい。
僕はその話を聞いた瞬間にこいつは大丈夫だと確信して交際を許していた。アイは反対される事も覚悟していたそうで僕の態度に驚いていたけれど、レンは「彼はあなたにとって最高の男性よ?」と言った事で信じたようだ。
アイは既に30代後半なので子供は望めないかもしれない。けれどそんな事は関係ない。アイが幸せでいるならばそれでいいのだ。
「これからどうしますか?」
「とりあえず明日は母さんとお義母さんの墓に行って報告するよ。アイがやっと嫁に行ったよって」
「そうですね・・・」
「レンは何かしたい事は無いの?」
「しばらくゆっくり旅行でもしたいわね」
「あぁ・・・そういえば忙しくてしばらく旅行して無かったな」
「えぇ・・・」
「僕ももうすぐで定年だしどこかに行くか」
「えぇ・・・いっぱい見て回りましょう」
「母さんがとても良い場所と言っていた所をいつか巡りたいと思っていたんだ」
「ふふふ・・・まだ時間はいっぱいあるんですからいっぱい回りましょう」
「そうだな・・・」
母さんは頭がボケる事もなく80歳の誕生日の翌日に布団に眠ったまま逝っていた。
義母はその1年後に四国で亡くなったと連絡を受け、内縁関係だったという高齢の男性から遺骨を受け取った。
小学校時代の知り合い、中学校時代の知り合い、高校時代の知り合い、大学時代の知り合い、職場の同僚、仕事仲間。昔は結婚式の招待状が多かったけれど今はそれを受ける事は無く訃報ばかりが届くようになっている。
今回のアイの結婚式への出席は10年以上前に職場の部下の仲人になった時以来の結婚式への参加でもある。
「今日は疲れたし風呂に入らず寝るか」
「そうしましょうか」
僕とレンは日が落ち少し寒い風が吹き込む様になった縁側の窓を閉めると、皺にならないように礼服を脱いでいき寝巻に着替えた。
「久しぶりに一緒に寝ようか」
「嫌ですよ、もうとっくに上がってますよ」
「そんな事はしないよ、ただ隣で寝たいんだ」
「良いですよ、仕方ない人ですね」
久しぶりに繋いだレンの手はもうぷにぷにしておらずかさかさとしていた。けれど僕は少しだけどきどきと胸が高鳴っていた。
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