第8話 東北からの来訪者

 パトカーや警察とは普通の大学生は縁のないもので、到着すると数秒後にはSNSに写真が上がった。

 警察にも「僕は何も知らない」と首を横に振るばかりで、離れた場所から見ていたリュカは横から顔を出す。

「通報者は私です。彼はとても通報できる状態ではなかったので、代わりに私が」

「この大学の人?」

「ただの骨董商です」

「骨董商がなぜ大学に?」

「仕事です。彼からの依頼で、掘り起こした土にいろいろ埋まっているので、鑑定してほしいと。しかし骨はさすがに私の専門外です」

「君は?」

 警察官の視線がこちらに向いた。リュカは見向きもせず、素知らぬ顔だ。ならばと、一度深呼吸して答えた。

「ただの大学生です。高岡教授の教え子なんです」

「ってことは、考古学科?」

「そうです」

「土は一緒に掘り起こしたの?」

「これは掘ってないですね」

 優月は顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。

 警察官は不思議そうに首を傾げた。

「土の匂いで判るんですよ。地域によって全然違うので。これは嗅いだことのない匂いです」

「はあ……そういうもんですか。通報者の方、向こうで話を聞いてもよろしいですか」

「構いません」

 リュカは言葉少なめに警察官の後についていった。

 入れ違いに、平賀隼が入ってくる。

「何事だよこれ」

「平賀、骨が見つかったんだ!」

「骨?」

「僕は何もしてないんだよ!」

「あーそうですか。骨ってなんだ? どういうことだ」

 平賀は高岡を適当にあしらい、こちらを向く。

「そっちのチームで遺跡に行ったんだろ? そのときに掘った土から、骨が見つかったんだ」

「へー。そうだったのか」

「人骨の可能性もあるから、警察に通報した」

「お前が?」

「俺じゃなく、……骨董商の人。高岡教授が呼んだんだって」

「ああ、そうなのか」

 リュカが戻ってくるまで、とてつもなく長い時間だった。

 心配して見に行こうかうろうろしていると「動物のトラかよ」と突っ込みが飛んできた。

 リュカはひとりで戻ってきた。目に覇気がない。甘いものをあげたら元気が出そうだが、あいにく一つも持っていない。

 リュカは平賀を見ると深々とお辞儀をした。平賀も平賀で、軽く頭を下げた。初対面であるはずなのに顔見知りのような、不思議な光景だ。

「用件は済みましたので、私は戻ります」

「お疲れ様でした」

 高岡はいまだにパニックを起こしている。優月は高岡の代わりに見送った。

 リュカが去ったあと端末にメールが届いた。

──本日は助かりました。

 助かったとリュカから言われたのは、これで二度目だ。何のことか、いまだに謎である。

「高岡教授、俺帰りますね」

「うん……怖くてひとりにしてほしくないけどさようなら」

「そんな言い方止めて下さいよ。俺が悪いみたいじゃないですか。とにかく元気出して下さいね」

 平賀に引きずられるまま外に出ると、

「お前、あんまり近づかない方がいいぞ」

「なにが?」

「高岡教授だ。手伝っても金になるわけじゃねえし、バイトも大変なんだろ? 講義もある。ちょっと変な噂もあるし」

「変な噂って?」

「男が好きで、夜な夜なそういう店に行ってるって噂だ。人の性癖なんて知ったこっちゃないが、お前も男だから。火がなくても煙は立つし、火種があれば当然煙も立つ」

「心配してくれてるのか。高岡教授はあんな人だけど、いろいろ勉強にもなるし。でもほどほどにしておくよ」

「ああ、そうしてくれ。……腹減ったな。牛丼食わねえか?」

「いいね」

 安くて学生の味方である、牛丼。正確にはもっと安い豚丼を頼む。スーパーへ行っても牛肉はなかなか手が出ないほど高い。いつか自分で稼いだお金で、焼き肉を食べると誓う。人に奢ってもらう肉は美味いと言うが、申し訳なさが勝って美味しさが半減だろう。

 生卵を追加したいところだが、それすらもお金が惜しく、並盛りの豚丼を夕食とした。


 翌日にとんでもないことが起こっていると知ったのは、テレビをつけてからだ。

 通っている大学が堂々と映し出され、動物の骨や人骨が見つかったと報道されている。

 同時に、今日の講義は中止だと大学からの知らせが入った。報道機関に余計なことを言うな、SNSに書くなと、まるで最重要機密文書の内容だ。

 これもまたタイミングよく、リュカからメールが届いていた。

──昨日は大変でしたね。お変わりないですか。

 リュカの耳にもニュースが入っているようだ。すかさず返事をする。

──講義がなくなりました。暇です。

──働きに来ませんか? あなたがいてくれると助かります。

 彼からの「助かります」だ。現金なもので、羽があったら飛んでしまいたいくらいに「行きます」と答えていた。

 店は午後からだが、午前中にもしてほしいことがあると追加でメールが入った。

「おはようございまーす」

「有沢さん、さっそくですが、難題にぶつかっております」

「どうしたんですか?」

「本日のお客様ですが、言葉が判らないのです」

「日本流暢なリュカさんが? 判らないことってあったんだ……」

「私をなんだと思っているのですか」

「どこかの国の王子様?」

「…………馬鹿げたことを。メールでのやりとりでは問題ないのですが、話となると難しいのです。あなたなら理解できるかもしれないと、勝手ながら一縷の望みをかけています」

 インターホンが鳴った。すかさずリュカは出ようとするが、扉は外側から何度も叩く音がする。

「聞こえています。扉が壊れるので止めて下さい」

 随分とせっかちな人だ。リュカが扉を開けると、身体を滑り込ませて入ってきた。

「あんやあ? あーたが優月? んがはええ面してんねえ」

 懐かしさと過去がつきまとい、足下から小刻みに震えが起こった。

 ふくよかな身体を揺らし、限界がないのかというほど大きな声で笑う。彼女は続けて小松梓と名乗った。

 言葉の癖から、彼女は東北出身だ。いくら日本語が流暢であっても、リュカが理解するのは至難の業だ。

「有沢優月といいます」

「知っとる知っとる。あの神社の息子さんやろ? 兄弟そっくりやんね」

「わーっ! えーと、ははっ……それはいいとして、……リュカしんの知り合い?」

 人間、本物の恐怖が近づくと笑うか頭が真っ白になるらしい。今の優月は両方だ。優月の家も知っている。

 取り返しにきたのかもしれない、と優月は警戒心を露わにした。

「ごめんなあ! 怖がらせるつもりはねえんだが。んなことより土産。け」

「……ありがとうございます」

 渡された、というより無理やり押しつけられた。悪い人ではなさそうだが、どう接していいのかも迷う対象だ。

「小松さんは非常に顔が広い方です。仕事柄でしょうね」

「仕事柄じゃなくて、人柄だべ!」

 そう言うと、彼女は大きな口を開けて笑った。

 一緒には笑えなかった。

 リュカは空気を読むのがうまい。本人の気質もあるだろうが、思いやりの心は放っておいても育たない。彼は心を置き去りにせず、大事に育ててきたからだ。

 優月の様子を見て『神社の息子』には振れようとしなかった。それより、話題を変えようと動こうとした。

 ここで涙を流したらそれこそ空気を破壊する。心の中でありがとう、と呟き、優月はひっそりと心を濡らした。

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