第6話 時代を越えた宝物

 新しくアルバイトを始める件を親戚に伝えたところ、返ってきたのは「ふーん」であった。

 他人に興味を示さないのは楽でもあるが、心にすきま風が入り込んでくる。

「新しいバイトってどこで?」

 従兄弟の京野大地だけは興味津々だ。

「骨董屋さん」

「なんだそれ。やっぱり興味あったのか」

「家にいっぱいあるってだけで、俺はそんな知識ないよ。じゃあ、バイトに行ってきます」

 今日は骨董屋で初めてのアルバイトだ。服はスーツでなくてもよく、私服で問題ないと言われている。

 裏口で暗証ボタン式で扉が開く。定期的に変えられる番号はその都度覚えなければならない。

「おはようございまーす」

 控え室はロッカーも椅子もテーブルもほぼ白だ。

「おはようございます。早いですね。こちらを洋服の上から着て下さい」

「水屋着だ。珍しい。骨董屋だからですか?」

「……よくご存じですね」

「これ知ってるイギリス人の方が珍しいかと」

「お洋服が汚れるといけませんので、上から羽織って下さい」

 リュカは扉を閉めて出ていった。

 すぐに着替えて売り場へ行くと、リュカは誰かと電話をしていた。

「有沢さん、お願いがあります。所用で外出しなければならなくなりました。ご予約のお客様がいらっしゃるまでは戻りますので、お待ち頂けますか?」

「わかりました。何かしておけばいいことはあります?」

「ショーケースの埃取りをお願いします。掃除用具はレジの中にあります」

「わかりました。いってらっしゃい」

「……………………」

「ん?」

 リュカは振り向いた。固まっている。意味が判らず、優月は顔を覗き込んだ。

「……留守番をお願いします」

 リュカは早口で言い残すと、さっさとフロアを後にした。

 ショーケースの中にはアンティーク風のアクセサリーが置いている。どれも手軽に買える値段だ。本当に高いものは、店に置けないのだろう。

 リュカ・T・ラヴィアンヌ。店の名前はTALE。彼を知れば知るほど謎が増えていく。

 埃取りを任せられたが、それほど数は多くないためすぐに終わってしまう。床掃除やレジ回りも拭いたりしたが、リュカは帰ってこなかった。

 インターホンが鳴った。リュカであれば鳴らさず入ってくるだろう。画面には、知らない男性が立っている。整えられた髭を生やし、杖と帽子を被った、いわゆる紳士を想像するような人だ。

「こんにちは。ご予約の方でしょうか?」

 男性はにこにこと笑うだけで、何も話さない。

 かえって笑顔が怖かった。

「すみません、店主は今、留守でして……」

 彼は笑みを見せながら英語を話し始めた。

「ええと……アイキャンノット……」

 しどろもどろになりながら、優月は何とか答えようとする。

 横から現れたのは、我が店の店主だ。優月は胸を撫で下ろした。

 彼は両手でリュカの手を掴む。白い手に不躾で無骨な手が蠢き、優月は勢いよく扉を開けた。

「ノー、ノー! ダメ! ……あれ」

 とにかく放せとジェスチャーを交える。が、すでに手は放れていた。それどころかリュカはすん、とした澄まし顔で少し距離を空けている。

「ハ、ハロー」

 男に挨拶をすると、ウィンクが飛んできた。優月の回りにはいないタイプだ。

「有沢さん、裏へご案内下さい」

「はーい……」

 片言すぎる英語で奥の部屋へ案内する。

 親しいところを見るに予約が入っていた顧客のようだが、優月にとっては初めての客人だ。

 リュカはお茶を持ってきた。

「俺、何してればいいですか?」

「私の後ろで待機」

 耳元でこそこそとやりとりし、優月は言われた通りにソファーの後ろへ行く。

 リュカは白い手袋をし、木箱を持ってきた。中には細長い箱が入っていて、紐がついている。何か模様も描かれていた。

 客人は英語で感動のワードを口にしている。それくらいなら理解できるので、優月もうんうんと頷き同調した。

 驚愕したのは、客人は財布を取り出し、何十枚もの札を目の前で数え始めたからだ。優月はこんな大きな金額を今まで見たことがなかった。リュカは淡々と数え、何か英語で言った後に裏口へ消えていった。

 客人は席を立つと、またもやリュカに近づいてくる。手を握ろうとしたので、凝り固まった笑顔のまま間へ入った。

「センキューソーマッチ!」

 笑われそうなほど片言英語で元気よく発音すると、彼は「オー」と言い、笑みを作りながら店を後にした。

「つっっかれた……なんだよ今の……」

「お疲れ様でした。初めての接客はいかがでしたか?」

 リュカは涼しい顔だ。余計なことまで言いたくなる。

「いやなんですか今の。接客というよりただのセクハラじゃないですか。それともリュカさんの国ではあれは普通なんですか?」

「普通ではありませんが、購入して下さったことは事実ですので、お客様には変わりないです」

 優月はうーだのあーだのと唸るしかない。声にならない感情とはこのことだ。やるせない。

「あなたがいてくれて、助かりました」

「もしかして、いつもこんな感じなんですか? ひとりだと特に」

「お客様によります。本日はあなたがいたので、控えめでした」

「あの人が来るときは、俺を呼んで下さい」

 リュカは目を伏せた。悲しい微笑みだ。板挟みになる彼をどうにかしたくても、どうにもできない。優月も狭い空間に挟まれている。

 リュカは一度カップを下げ、新しいお茶を持ってきた。

「オレンジブロッサムです。ストレスの緩和に効果があると言われています」

「今まさにぴったりですね! 頂きます」

 さわやかで、すっきりする味だ。ストレートは飲み慣れていないが、砂糖もミルクもなしで飲みたい気分だった。

「そういえば、さっきの骨董品ですが何ですか?」

「印籠はご存じですか?」

「時代劇とかのやつ! 知ってます。見せると、ははーって土下座するのって、前々から謎なんですよね」

「元々は薬などを入れておくためのもので、紐で腰にくくります。室町時代から入ってきたもので、流行り出したのは江戸時代に入ってからです」

「へえ、なんで薬箱が土下座になるんですか?」

「印籠に対して土下座をしたわけではなく、印籠についている家紋です。位の高い家柄の家紋を見せることで、跪かせているのです」

「すごい知識。初めて知りました。値段にもびっくりしましたけど」

「有名な方の家紋が入った印籠をお探しの方でした。彼は時代劇で使用される骨董品の収集家です。あれは特別に値段が跳ね上がっています」

「実際はもう少し安いんですね」

「骨董品はピンキリです。高いものだと、二百万を超えます」

「にっ…………俺、ここでバイトしていて大丈夫かな」

 見たこともない札束を積まれたときもだが、とんでもない金額を目にするのは初めてだ。

「誰でも良くてとったわけではありません」

 店というスタイルをとってはいるが、誰でも入れるわけではなく予約制で儲かるのかと心配していた。だがこれだけ高価な品を抱えているのだから、防犯の面も考えれば予約制は当然といえる。

 このあとは予約の客人はいなかったが、アクセサリーを見たいという客人は何人か入ってきた。

 優月は接客はしなくていいと言われていたので、フロアに立って微笑んでいるだけに終わった。

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