第4話
標高650m。それが今僕らが今住んでいる場所だった。
尤も、山の上に住んでいるわけではない。そこそこの規模の城下町である。
[現在の標高は709m。気温は11度、湿度は38%]
大学を機に一人暮らしを始めた、地元の近くの高い山より高い位置にあるこの街を、俺は結構気に入っていた。
寒暖差は激しいが、基本的にからっとしていて気温が上がっても不快ではない。
[心拍数上昇。体温上昇。まめな水分補給と塩分補給を推奨]
だから本来なら今、俺の額から滝のように流れ落ちる汗もきっと気にならない筈だ。
そんな現実逃避をぶち壊す声が聞こえる。
「…………本当にこの先に公園なんかあんのかよ」
「……………………」
そう疲労感をこれでもかというばかりに言葉に乗せるのは鉄平だ。
無言で死んだ目をしているのは博明。
俺も含めて三人とも、自転車を漕ぐのはとうに諦めていた。
こうなると押して歩く分だけ荷物でしかない。
誰だちょっとしんどいけど、景色のいい公園があるらしいから、VRとかじゃなくてリアルで見に行こうぜ、なんて言ったのは。
あぁ、残念なことに俺だ。
◇◆
「へー、望はあの辺に住んでるのか、温泉もあるし、登ってく道を(自動車で)ちょっと行けば見晴らしのいい公園もあるしな、彼女とか連れて行けば夜景が綺麗だぞ」
「まじすか? あの道の先って峠かと思って行ったことないんすよね、(自転車で)行ってみようかな」
「おー行ってこいよ、地元の都会じゃ見れない、田舎すぎても見れない空の星と地上の星がいい感じに見れるぞ…………え、お前彼女いんの?」
「残念ながらいねーっす、でも大学入って仲良くなれた奴らはいるんで、野郎どもで予行演習してこようかなと」
「…………なるほど、先客がいたら邪魔してやるなよ?」
夜景スポットなどは、地図アプリを元に想定することはできるものの、実は未だに口コミも強かったりする。
――その恩恵を受けたことは無いが。
とまぁ、バイト先でそんな話を聞いたと、鉄平と博明に話をしたのは昼の事。
鉄平が、人助けからの出会いよりも、AI同士の相性マッチングの方が効率がいい論に傾きかけていた時のことだった。
「よっしゃ、じゃあ早速今晩ならいけるぜ? 予行演習は早いほうが良いだろ!」
「いや、予行演習が早くても相手が早く出来るとは限らないけどね」
「自分にも刺さる正論を言うなよ、AIかお前は!?」
◇◆
「バイト先の先輩との話ではちょっと行けばって話だったんだけどなぁ」
見えるのは木々と、先が見通せない曲がりくねった坂道。意外と舗装はしっかりしているが、先の見えなさと暗さが不安を誘う。
[望? 一応、知らない状態を楽しみたいという要望で声をかけておりませんでしたが……]
「……絶望的な話か? それとも希望的な話か?」
[現実的な話です]
「……もうちょい待ちで」
足が棒のようだ、というけれど、棒になった後でも意外と前には進むものだった。
止まったらもう登れない。
時折ヘッドライトを点した車が僕らを避けるように通り過ぎていく。自動運転とはいえ、自分の車を持つには免許は必要で。そして、レンタルで周回してくれている格安のタクシーはこんな場所までは来ず、特別にナビ指定すると高かった。
「……なぁ? 車ですぐ、チャリだと無理、とか言わないよな。俺、楽しみのためとか言ってAIにナビ頼まなかったの後悔し始めてるんだけど」
「めっちゃありそう、先輩達ってみんな車持ちやよね? 冬は凍結で二輪は危ないって理由で。望の先輩ももしかして」
ポツリとこぼす鉄平に、博明がうんうんと頷く。
「薄々気づいてはいたけど、やっぱりそうかも、でもここまで来たら戻るのもな……」
俺が、認めつつもそう悔しさをそのままに吐き出すと。
「同感」
「………まぁね、チャリに乗って坂道を下りたい欲望は高まってるけど」
二人とも気持ちは同じようだった。
限界は近いが。
「じゃあ次! 次のあのカーブでも先が見えなかったら、AIのナビ聞いて、考えるか……」
俺のその言葉に頷いて、先程までより心持ち上がったスピードで登っていく。
そして曲がった先には――。
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