第2話


 紅葉で様々に色づいている山々が目に入る。

 四方を山に囲まれたこの街に来た時は、その近さに感動したものだったが、今となっては見慣れた景色だ。


 自転車に乗って浴びる風が、ハンドルを握る手を凍えさせてくる中で、俺は坂が多いこの街に住み始めて常々思っていることを呟いた。


「行きが下り坂じゃなかったら朝の単位を落としてたかもしれねぇ……」


[……はい、その仮説は、望の性格診断と複合して高確率であり得た未来だと思われます]


 少しをおいてから言葉を投げてくる当たりが、全く人間っぽいと思う。

 だが、意外とかつて危惧されていたAIとだけ話して、人とは話せない人間というのは多くは無いらしかった。


 何となくではあるが理由はわかる。

 かつて文字でAIとのコミュニケーションを取っていた時代とは違って、今では声でのやり取りが主となっていた。


 BMIを埋め込んで、そこにAIがインストールされている望のような人間の場合は、視覚も当たり前のように共有されるし、見たものを説明されたり、質問したりを繰り返すうちに、会話として喋るという事に慣れてくるのだ。


 もちろん最適化されているため、人間と話すよりもAIと話していたほうが楽だという人も一定数いるが、少し昔の物語に出てくる、文字を打つのは得意だけど話すのは苦手という人種は逆に少なくなったと何かで読んだ。


[望はいつもと同じ時間、同じルートですが、周回バスが遅れてまだ止まっているようです。前方にご注意を]


 一度朝ぼーっとして電柱にぶつかったことがあるため、違和感がある場合はアナウンスしてくれるように頼んでいるのだが、今日は変わった注意喚起だった。


 ただ、注意喚起の前に俺も気づいていた。

 いつもは通り抜けようとする大学の前のバス停だが、無人のバスの前で少しおばあさんとおじいさんが並んでいるのを見て、安全の為に自転車を降りる。

 そして押して通り過ぎようとすると、明らかに困っているようなやり取りが聞こえてきた。


 基本的にルートを周回するバスは、端末をかざすか、俺のように埋め込んでいる人間は何も意識しなくてもいいはずなのだけど、その二人は一昔まえのスマートフォンですらなく、財布を持ってどうすればいいか迷っているようだった。


 とはいえそれでも本来乗れるはずなのだが。


「あぁ、そういえば。一部のバスはもう現金で払えなくなったんだっけ?」


[はい、機器の老朽化、特に小銭の流通量の激減もあり、試行的に電子のみとされるアナウンスがありました]


 無人運転である上に、中の客も迷惑そうな顔をしている人はいても助けようとする人はいなさそうだった。

 バスのガイドAIも、現金しか持たない相手には諦めを促すことしか出来ていない。


 把握して、自分の記憶の中にある残高と、目の前の状況を見て考えるのに二秒。


「なぁ、周回バスは値段は一定だよな?」


[はい、市内はどこでも220円ですね……ちなみに望、貴方の給料日前の残高は580円となります]


 AIが、AIのくせにため息でもつきそうな口調で、でもやるのだろうと言いたげにそう付け加える。


 そして、うん、と頷いて俺は困っていそうな二人に声をかけたのだった。


 

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