第6話 お迎え ―後編―
「おいおい、なかなか戻ってこないし、店の様子もおかしいと思って、見に来れば、何だこの騒ぎは……。勘弁してくれ」
「うっわー! 騒ぎの中心にソラとレイラがいるよ。何してんだか……」
ドムさんとフレッドさんが人垣を別けて現れた。
これで、この状況からは抜け出せる。助かった!
あとは二人がレイラさんと話せば、すぐにこの場を離れられるだろう。
「あぁー! なんだおっさん! ソラの知り合いか? 外国人だからって俺らがビビると思ってんのか?」
取り巻きの一人が、息まきながらフレッドさんの胸ぐらを掴んだ。
すると、クイッと腕をひねられ、背中でねじ上げられてしまった。
強い! そして、カッコいい!
「いってーな! てめえ、放せ! イテテテテ」
「お兄ちゃんたち、喧嘩を売るなら、相手の力量を計る事を覚えないと、いつかは死んじゃうよ!」
フレッドさんはそう言うと、レイラさんの足元で、首を押さえてうずくまっている一人に視線を向けた。
「うっわー! お前たち、まさか、レイラに手を上げちゃったのか? あーあ、あのお姉ちゃんは、元アルファ部隊だぞ。君、大丈夫か? 他にのされた子はいないよな?」
彼は、不良たちの心配をする。
僕はレイラさんを見た。
元アルファ部隊って、よく漫画や映画に出てくるスペツナズの事だよね。それって、特殊部隊じゃん! っていうか、レイラさんって、将校だった事になるよね。
僕、そんな人と言い争ったりしてたの……。
葬儀や家での事を思い出すと、背筋がひんやりとする。
だけど、木頭たちは、アルファ部隊が何なのか分からないらしく、平然とし、一人も驚いていない。
野次馬のお兄さんやおじさんのほうが驚いてるよ……。
「あっ、いたいた。雅也さん、呼び出しがありましたけど、何かありましたか?」
人垣がスーっと逃げるように道を空けると、五人のいかついお兄さんたちが現れた。
木頭が父親の部下を呼んだんだ。
ドムさんたちは大丈夫なのだろうか?
「
木頭が呼んだ田野倉って人は、オールバックの黒髪にいかつい体格。穏やかな顔つきなのに目がギラギラしていて、いかにもっていう雰囲気を
彼は、木頭に軽く手を振ると、ドムさんに向かっていき、肩に手を掛ける。
「なあ、あんた。ここは日本だから、母国のように振舞われたら、こっちも引き下がれなくなるんだよ。あんたの国にだって、俺たちみたいなのはいるだろ? 分かったら、落とし前をつけて引き下がってくれねぇか?」
田野倉って人は微笑んでいるが、目は笑っていない。
そして、彼が連れてきた連中が僕たちを囲むような位置に着く。
フレッドさんは、腕をねじ上げていた不良を放すと、僕とレイラさんを庇う位置に移動し、レイラさんは、僕を背に隠すようにする。
「いやー。悪いけど、うちのボスが巻き込まれた以上、こちらも下がるわけにはいかないんだな」
ドムさんは、肩に手を掛けられたまま、田野倉を見て、余裕の表情で微笑む。
「ボス? ボスっていうのは?」
彼が疑問を抱くと、ドムさん、フレッドさん、レイラさんの三人は、揃って僕を指差す。
「その少年がボスなのか? そ、そうか……」
田野倉は、木頭と僕を見比べてから困った表情をする。
「おい、ふざけるな! そいつがボス? からかっているのか? そんな奴があんたらみたいな連中のボスになれるわけないだろ!」
「いやー。彼のお父さんが亡くなって、我々のボスを引き継いだから、からかってはいないんだがな」
木頭は呆れた表情だったが、ドムさんの表情は真剣だ。
「雅也君、こいつのおやじって、確かこの間、事故で死んだって、学校で話題になってたから、会社でも継いだんじゃねぇ」
「あぁー! こいつら、うちのおやじの同業者だって言うのか?」
そばにいた手下の言葉を聞いた木頭は、田野倉を見る。
「いや、雅也さん、それは違います。同業者なら、俺らが顔を把握していますから。それに、こいつらは欧米人ですから、すぐに分かります」
「このお兄さんの言う通り、業種は違う。そこは気にしなくていい」
田野倉の言葉を、ドムさんが捕捉する。
「兄貴も坊ちゃんも、もういいじゃないっすか。こいつらを引きずって行って、社会の厳しさを教えてやりゃぁいいんすよ」
そう言って、フレッドさんにチンピラ風の部下が掴みかかった。
だが、逆に弧を描くように投げ飛ばされた。
その途端、他の三人の部下が睨みを利かせながら近付いてくる。
「ひぎゃぁー!」
僕は何が起きたか分からないが、殺されるような恐怖に襲われ、変な悲鳴を上げながらレイラさんにしがみついた。
そして、周りを見ると、僕たちの様子を見ていたお客さんたちは腰を抜かし、目をパチクリさせて驚いている。
何故か、近付いて来ていた三人ですら、青ざめた顔で床に腰を落としている。
怖かったのは僕だけじゃなかった? いったい何が起きてるんだ?
僕はレイラさんにピッタリとしがみついたまま、ドムさんのほうを見ると、田野倉は両手を挙げて、ドムさんから一歩下がって青い顔をしていた。
木頭や不良たちまで、恐怖をにじませた顔でへたり込んでいる。
この場に立っているのは、僕たちと田野倉の四人と離れた位置にいたお客さんだけだった。
「ま、待ってくれ、あ、あんたら何者だ。いや、いい。それよりも。俺たちは雅也さんたちを連れて退くから、ここまでにしてくれ」
「いやー。そうか、そうしてくれるなら、こちらも助かるよ」
田野倉は両手を挙げたまま、ドムさんに声を掛けると、ドムさんは笑顔で答えた。
「お、おい、田野倉。な、何言ってんだ!?」
「雅也さん、ここは引くべきです。分かって下さい。正直に言いますが、俺らだけでは無理です。次元が違うんです。後でお叱りはいくらでも受けます。今はどうか堪えて下さい」
木頭は覇気のない声で田野倉に言うが、彼の返事に驚くと、黙って頷いた。
「通報を受けて来てみりゃぁ、こりゃなんだ? おい、誰か説明してくれ」
くたびれたスーツを着た年配の男性が、無精ひげを手でこすりながら現れた。
その後ろには、ビシッとしたスーツを着こなした青年と二人の警察官が立っている。
うわっ、お巡りさんまで来ちゃったよ……。
年配の男性は、店内を見回す。
「ん? 木頭んとこの田野倉じゃねえか。それに小僧もいんのか。田野倉、またおもりか? 騒ぎを起こすんじゃねーよ」
「
「しかたねーなー。ガキをあまり調子に乗らせんじゃねーぞ」
「はい、分かってます。すみません」
田野倉は、中山さんに何度も頭を下げて謝る。
その脇では、木頭が不愉快そうな顔をしていた。
中山さんは、彼を見てから面倒臭そうに大きく息を吐くと、今度はこちらを見て、目を大きく見開く。
「ん? なっ! ド、ドムさん? まさかあんたも関わってるのかい?」
「いやー。中山さん、久しぶりの対面なのに申し訳ない」
ドムさんは苦笑しながら、頬を指先で掻き、中山さんは片手で額を押さえると、うつむいた。
二人は知り合いのようだ。
「ドムさん、何があったんだい」
「いやー。うちのボスが、そちらに絡まれてしまって、それが発端で」
「ボスって?
「今回、彼の末っ子のソラ君がボスになったんです」
ドムさんは、僕を指差して彼に紹介する。
彼は僕をジッと眺め、懐かしそうに微笑んだ。
中山さんは、父さんとも知り合いらしいが、僕はこのおじさんに見覚えがなかった。
「へぇー、ソラ君が。小さい時に何度かあったくらいだから、覚えてないよな」
「ごめんなさい。覚えてないです」
「いや、いいよいいよ。お父さんは気の毒だったな。葬儀にも顔を出せなくて申し訳ない。お母さんに、近いうち線香をあげさせてもらいに行くと伝えてくれ。それにしても大きくなったな」
覚えていない事を謝ると、彼は手を振って微笑み、感傷に浸っているようだった。
僕は、しばらく帰れないみたいだから、母さんには電話で伝えておこう。
「おい、田野倉! お前ら、ドムさんたちに喧嘩売ったのか? 彼らの殺気に当てられて腰を抜かす程度で済んで良かったな。これに懲りたら戦争屋に絡むんじゃねぇぞ。ドムさんたちは、俺らでも止められねぇからな。よく覚えとけ!」
「は、はい。す、すみません」
中山さんに念を押された田野倉は、謝りながら木頭たちを連れて出て行った。
これで安心して買える。
ん? 中山さんって、お巡りさんを連れているから刑事さんだよね? 警察が止められないドムさんたちって……。
これから、そのドムさんたちに連れて行かれる僕はどうなるの?
怖いよ、怖すぎるよ。
一気に血の気が引いて行くのを感じた。
「ソラ君、今になって怖くなったかい? それにしても、こんな少年がドムさんたちの殺気を平然と耐えるとは、大物かバカのどっちかだな。ん? 今の状況だとバカのほうに見えるな」
「「確かに」」
中山さんの言葉に、ドムさんとフレッドさんが同意する。
何の事やら?
ムニュ。
「あん!」
レイラさんが悶え声をあげた。
僕の手には、柔らかい感触が伝わっている事に、今さらになって気付き、焦りだす。
「ソーラー! いつまで人の胸を握っているんだ!」
ゴツン。
気付くのが遅かった。
彼女の肘が僕の頭に突き刺さる。
あまりの痛さに、目から火が出て、涙が浮かんでくるのをグッと堪えた。
「痛! そんなに強くしなくても……」
「どさくさに紛れて痴漢したバツだ!」
「好きで握ったんじゃない! ビックリして、藁をも掴む思いだったんだ!」
「なっ、そんな思いで人の胸を掴むな。変態! 警察官もいる事だし、痴漢で突き出してやろうか!?」
「ごめんなさい!」
それは困ると思い、すぐに頭を下げて謝る。
顔を上げると、彼女は頬を引くつかせていた。
「「「アッハッハッハッハ」」」
中山さん、ドムさん、フレッドさんの三人が笑いだす。
彼らを見つめる僕とレイラさんは、どことなく複雑な気分だ。
「中山さん、そろそろ我々も失礼します」
「そうか。ドムさん、今度はゆっくり話せるといいな」
中山さんに、彼は笑顔を向けた。
「ドム、ダメだ! まだ買ってない!」
「「……」」
店を立ち去る流れをレイラさんに潰され、二人は言葉を失う。
僕はレイラさんに腕を組まれると、レジに連れて行かれた。
いつの間にか僕たちの順番が来ていたのだ。
彼女は、セットメニューを四つと単品を四つ注文する。
そして、店員のお姉さんが代金を告げると、ポケットをまさぐり青い顔をして僕を見つめた。
「ソラ! 立て替えてくれ」
「えっ!?」
お姉さんがおごってやろうと、豪語していたのは誰だ!
僕がジト目を向けると、彼女は胸を指差し、ニコッとする。
ズ、ズルい!
脅され、強制的に僕が支払わされた。
なんか、悔しい……。
商品を受け取ると、僕たちは中山さんに別れを告げ、店を後にした。
車に戻ると、レイラさんがセットメニューと単品を配った。
フレッドさんはそれを受け取ると、助手席に置き、食べながら車を走らせる。
僕たちも食べ始めると、フレッドさんがミラー越しにこちらを見る。
「なんで、新しいボスを迎えに来ただけで、こんなに疲れるんだよ。それも、ハンバーガーを買うだけなのに、なんでこんな目に合うんだ。ドム、これから大変だと思うけど、頑張ってくれよ!」
「おいおい、俺だけに言うな! 勘弁してくれ」
ドムさんがうなだれると、フレッドさんは悪そうな笑みを浮かべる。
レイラさんは、二人の会話など気にすることなく、満足そうにハンバーガーを頬張ると、食べることに夢中となっていた。
そして、僕はというと、ハンバーガーの代金を後で返してもらえるのだろうか? という事を心配していた。
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