第7話 アジト

 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 僕は食事を済ませると、ウトウトと寝てしまっていた。

 左肩の重みに横を見ると、レイラさんが僕の腕に寄りかかって眠っている。

 彼女からいい匂いがして、腕に柔らかいものを押し付けられると、ハンバーガーショップでの出来事を思い出す。

 自分の手を眺め、あの柔らかさを思い出すと、鼓動が高鳴り、恥ずかしくなってくる。


 気を紛らわすために、外のを見る。

 車は山間やまあいの道を走っていた。

 道沿いには、家がぽつぽつとまばらに建っていて、生活感がなく寂しい感じがする。別荘か何かなのだろう。

 車が北へ向かって走っていた事は覚えている。

 東北自動車道を北へ向かってきたのなら、このあたりは那須塩原なすしおばら市、いや、那須町なすまちだろうか?

 僕は栃木県の地図を頭に浮かべ、現在地を把握しようとする。

 那須町ってどんなところだっけ? 確か、家族旅行で来た時は、別荘が多くて子育て支援が良くて……、そうじゃない。

 スキー場やゴルフ場、牧場があって、牛乳、チーズが美味しくて、野菜など食材が安い……、ちがーう!

 那須町の特徴を思い出そうとしているのに、旅行中、母さんの羨ましがっていた感想が途中で邪魔をしてくる。

 旅行中の僕の行動を思い出す。

 牧場に行って、馬に乗って、ソフトクリームを食って、チーズを食って、温泉に入って、那須和牛食って……おいしかったなぁー。

 食ってばかりで、街の特徴を覚えていない……。

 諦めた。




 車が脇道に入ると、木々に囲まれ、何処だかまったくわからなくなった。

 その道を少しの間進んでいると、木々の隙間から大きな別荘が見える。

 確実に、そこへ向かっているようだ。

 車は、さっきの別荘の敷地内にある駐車スペースで一度停まると、別荘に付随するガレージのシャッターが自動で上がっていく。

 そして、その中に入ると停車する。

 後ろを振り返ると、シャッターが自動で下りていた。

 ここが目的地のようだ。


 「おっ、ソラは起きていたのか。それに引き換え……」


 運転席から振り返ったフレッドさんは、爆睡しているドムさんとレイラさんを見ると、眉間に皺を寄せて困った表情を浮かべた。


 「おい、ドム! レイラ! 着いたぞ。なんで、お前たちが寝てんだ!」


 ドムさんは、目頭を押さえ、レイラさんは、目をこすって伸びをする。


 「ん? ソラ君は、ずっと起きてたのか?」


 「いえ、家がポツポツと建っていたあたりで起きたので、ほとんど寝てました」


 「家がポチポツ? なるほど、途中は別荘が多いからな。ここは那須高原の奥のほうにあるから、さすがに別荘も数件くらいで少ないけど、一件の敷地は広いんだ」


 ドムさんは、苦笑とも思える笑顔を浮かべる。

 現在地を把握しようと、頑張っていたのに……まあ、途中で諦めたけど。

 それでも、サラッとバラされると、何とも言えぬ感覚が襲ってくる。


 「いつまでそうしているんだよ。さっさと降りろよ!」


 フレッドさんが急かしてくる。


 「フレッド、あと五分……いや、あと五〇〇分だけ……」


 「バカか! 五〇〇分って、八時間二〇分じゃねーか! どんだけ寝るんだよ!」


 彼は、レイラさんに呆れて怒鳴る。


 「仕方ないいだろ。この抱き枕、寝心地いいんだ……」


 彼女は、僕にしがみつくとスヤスヤと寝息をたてだす。

 しがみつかれた僕は、恥ずかしくてたまらない。


 「ドム……。こいつ、分かってんのかな?」


 「いや、分かってないだろう……」


 二人は、悪そうな笑みを浮かべると、スマホを取り出して僕たちの撮影を始める。

 何故か、僕が巻き込まれているんですけど……。

 さらに恥ずかしいから、やめて欲しい。


 「レイラさん、起きてくれないと、降りれないんだけど」


 「うーん。ソラが言うなら仕方がない。起きてやる」


 「こいつ、なんだかんだ言うわりには、ソラの事を気に入ってんじゃねーか?」


 「寄ってくる男を、いろんな意味で撃沈させてきたレイラにも、とうとう春が来たようだな」


 「「アッハッハッハッハ」」


 二人が笑いだすと、眠気まなこのレイラさんは、ボーっとした状態で僕を見る。


 「ソラ?」


 「はい」


 彼女がジーっと見つめてくるので、僕は首を傾げた。


 「抱っこ!」


 彼女は、僕の首に腕を回して抱きついてくる。

 可愛い!

 だけど、絶対に寝ぼけてる。

 僕は耳まで熱くなっていくのを感じた。


 「「ブッハッハッハッハッハ」」


 ドムさんとフレッドさんは、スマホを構えたまま、大爆笑だ。

 嬉しいけど、これって、レイラさんが正気に戻ったら、僕は殺されるんじゃないかと、不安になる。




 レイラさんを抱えたまま、ドムさんとフレッドさんの手を借りて車から降りる。

 レイラさんは僕に抱き着いたまま、寝息をたてているので、お姫様抱っこで抱きかかえるしかなかった。

 彼女が僕でも抱えあげられるほど軽くて、助かった。


 「ドムさん、レイラさんを起こしたほうがいいんじゃないの?」


 「うーむ。面白いからこのまま行こう」


 彼は、スマホを片手に答えると、向かう方向を指差す。


 ガレージは広く、数台の車とバイクなどが納められていた。

 普段なら気になっていただろうが、レイラさんを抱えている今は、それどころではない。

 ドムさんの後について、ガレージの扉へと向かう。

 扉では、フレッドさんがニマニマしながら開いてくれていた。

 そして、ドムさんが先に進むと、僕はその後ろをレイラさんに気を遣いながらついて行く。


 廊下を進み、広い空間に出ると、そこは仕事机やパソコンが並ぶ事務所だった。


 「この施設は、『久東商事』の事務所と社員寮になっているんだよ。一般事務などの社員たちは、山形と宮城にある社屋で働いている。ここは俺たちだけが使っているアジトみたいなものだな。そのうち、山形と宮城のほうにも顔を出してもらうが、しばらくはここで、仕事について色々と学んでもらう事となる」


 「は、はい!」


 ドムさんの説明に、僕は仕事という言葉を意識してしまい、少し緊張気味に返事をした。

 しかし、事務所に誰もいなくていいのだろうか?

 そういえば、今日は休日でした……。




 ドムさんは、さらに先へ進み、奥の扉を開けて手招きをする。

 僕は彼のそばへと行く。


 「この部屋は、ここの住人がたむろ……。コホン。このリビングで、キッチンもあるから、皆はここに集まって食事をしたり、ミーティングをしたりしている」


 彼は咳払いで誤魔化したが、たむろしていると言いかけてたよね。仕事の無い時は、ここに集まって遊んでいるだけなのでは……。


 中に入ると、葬儀に来ていた他の仲間たちが揃っていた。

 彼らは僕を見るなり、目を見開いて驚き、無言で指を差してくる。


 「彼は、ソラ君。士門しもんの末っ子だ。お前たちも葬儀で会っているから知っているだろう。彼が俺たちの新しいボスになった」


 ドムさんが僕の背中を軽く叩いて合図をくれる。


 「ソラです。父の葬儀に来ていただき、ありがとうございます。この度、故合ってボスを……ボス? えーと、ここの代表を引き継ぐことになりました。よろしくお願いします」


 レイラさんを抱えていたので、頭だけ軽く下げた。

 彼らは困惑や戸惑いの表情を浮かべて、僕をただ見つめる。

 フレッドさんだけが皆の様子を見ては、お腹を抱えて悶えていた。


 「ド、ドム? これは、何処からツッコめばいいんだ?」


 短い金髪のおっとりした感じのおじさんが、頭に手を置き、困り顔でドムさんに質問をする。


 「いやー。ハロルド、それを俺に聞かれても困る」


 彼は、指先で頬を掻きながら、苦笑いをした。


 「ごじゃる君……じゃなかった、ソラ君、まずはレイラをここに寝かせてね」


 栗毛色のショートカットをした女性、確か、コニーさんだっけ?

 彼女はソファーに座っている人たちをどかして、レイラさんを寝かせるスペースを作ってくれた。

 僕は、抱えていたレイラさんを起こさないように、ゆっくりとそこへ寝かせる。

 コニーさんは、彼女の頭の下ににクッションを敷いたりと手伝ってくれた。


 「えーと、コニーさんでしたよね。ありがとうございます」


 「えっ、私の事、覚えてくれてたの? さすが溢れ出す汁を持てあます年頃の男の子は、女性と見れば見境なく覚えちゃうのね。お姉さん、困っちゃうよ」


 コニーさんは、両手で頬を押さえ、クネクネとしなを作る。

 僕はどう反応すればいいのか、まったく分からない。


 「コニーの事は放置して、とりあえず、自己紹介だ」


 「いやいや。まずは彼、ソラ君がなんで新しいボスなのかと、彼がレイラを抱えてきた事の説明が先じゃないのか?」


 ドムさんが仕切ると、さっきのおじさんが異を唱えた。

 他の人たちもおじさんの意見に賛同する。

 コニーさんだけは、放置された事がお気に召さなかったのか、空いているソファーにドカッと座って足を組むと、どうでもいいといった表情でむくれた。


 「ハロルド、今回の役目をお前に代わって欲しかった。ソラ君とレイラの事は、それくらい面倒臭いから、後回しにさせてくれ。今は、彼に自己紹介を頼む」


 ドムさんが疲れた表情を見せると、皆は何かを察したのか、「仕方ない」とつぶやき、彼に手で合図をする。

 僕は邪魔にならないように脇へ行くと、ソファーに座っていたコニーさんが僕の腕を引っ張り、横へと座らせた。


 「私は、コニー。コニー・ロイルよ。アメリカ人で、元警察官! ここにいる連中は皆そうだけど、色々あってここにいるの。詮索せんさくは禁物よ。スリーサイズは秘密。今はそんなもんかな。次は誰? ちゃんと一発芸も披露するのよ」


 「「「するか!!!」」」


 彼女に向かって、自己紹介を控えた三人の男性が怒鳴った。


 「私はハロルド・アップルトン。イギリス人で、歳は三五歳。元軍人だ。この中では、古株の一人だから、分からない事があったら何でも聞いてくれ」


 「よろしくお願いします」


 僕は立ち上がろうとするが、コニーさんが腕を組んでいて立ち上がれないので、座ったまま頭を下げる。


 「ハロルドー、一発芸を忘れてる!」


 「するか! コニーは少し黙ってろ!」


 彼女はつまんなさそうな表情を浮かべ、舌を出す。

 そして、僕に寄りかかった。

 彼女が人懐っこいのは分かったが、色々あたってきて落ち着かないので、今は離れて欲しい。


 「次は俺だな。俺はレイモン・オラール。フランス人だ。日本ではあまり聞かないと思うが、GIGNジェイジェンっていう対テロ特殊部隊を辞めて、ここに来たんだ。よろしくな!」


 「よろしくお願いします」


 優しそうな顔つきで、眉毛あたりまで伸ばした黒髪の彼がいた部隊の名称は初耳だった。

 ただ、元対テロ特殊部隊だという事だけは分かった。


 「俺は梅村うめむら 俊哉としや。皆からはトシと呼ばれている。ソラ君もトシと呼んでくれ。見た目通りの日本人だ。以前は自衛官だったが、諸事情でここにいる。同じ日本人だからこそ分かる事もあると思うから、困った事は何でも言ってくれ。よろしく」


 「よろしくお願いします」


 彼は、長すぎず短すぎずの黒髪に、精悍で真面目そうな感じがする顔つきをしていた。

 僕の偏見だが、元自衛官と言われると納得できてしまう風貌だった。

 そして、日本人というだけで、安心感がある。


 「この面子が、士門から君へ受け継がれた仲間だ。ソラ君、これからよろしく頼む」


 ドムさんは僕に微笑んだ。

 僕も彼に微笑み返し、頷いた。


 「で、次に、ソラ君がボスになった経緯と、レイラがソラ君に抱きかかえらていた経緯だが――」


 ドムさんの表情は曇り、面倒くさそうに経緯を放し始めた。

 彼の話しに耳を傾けた皆は、話しを聞くにつれて、顔を引きつらせたり、笑い出したりと百面相をする。

 そして、彼が話し終えると同情された。




 その後、皆が施設を案内されることとなった。

 レイラさんは爆睡中なので置いていく。


 僕は、ニコニコしながら腕を絡めたコニーさんに連れられ、リビングの奥にあった階段を下りる。

 そこには電子キーの施錠がされた地下室があった。

 彼女は首から下げていた社員証をかざす。

 ピーっと電子音がなり、ロックが外れる。

 扉を開いた彼女に、室内へ連れ込まれると、射撃場があった。

 僕は驚いて辺りを見回す。

 正面にはドラマとかで見た事のある室内射撃場があり、後ろには、ハンドガンからスナイパーライフルまでが揃えられた棚があった。

 ハンドガンの並べられた棚に近付いて、恐る恐る覗くように見ていく。

 すると、見た事のある銃に目が留まった。


 「これは、M9。ベレッタ92だね。映画とかでよく出てくる銃だよ。はい!」


 コニーさんは、見つめていた銃の名前を言うと、僕にその銃を持たせた。

 お、重い。思っていたよりも重量感がある。


 「重いけど、ここにあるのって……」


 「本物に決まってるでしょ」


 彼女は、僕が戸惑う姿を面白がっている。

 ここにある物は、全て本物だった。




 コニーさんは、僕がオロオロしだすと満足したのか、僕を射撃場から連れ出し、次の場所へと向かう。

 案内されたのは浴場だった。

 暖簾が下げられ、男湯と女湯に別れている。

 コニーさんはいい機会だからと、女湯に連れ込もうとするので、必死に抵抗した。

 その様子を見たいたドムさんたちは、彼女を止めようともせずに困ったように笑っているだけだった。

 

 なんとか諦めてくれたコニーさんは、次に皆の部屋を案内してくれた。

 彼女が皆の部屋の鍵をピッキングで開けて、中まで案内をしようとすると、さすがに止められていた。

 そして、最後に僕の部屋を案内される。

 僕の部屋は、何故かレイラさんとコニーさんの部屋に挟まれていた。

 何か思惑がない事を祈るばかりだ。




 彼らのアジトの案内は、コニーさんに目まぐるしく引っ張りまわされ、数か所回っただけで、かなり疲れた。

 彼女の案内が終わった時には、喜びを感じてしまうほどだった。

 

 その後、部屋に荷物を置き、整理をする。

 そして、お風呂に入り、食事を終えた。

 自分の部屋に戻り、落ち着くと、もうクタクタだった。

 これからどうなるのかも分からなくて不安だったが、少し硬めのベッドに横になると、限界を迎えた僕は、すぐに意識を失った。

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