第5話 お迎え ―前編―

 僕は少ない時間で支度をさせられて、ほとんど着の身着のまま、ドラムバック一つを抱え、自宅の玄関先に立っていた。


 「これって、家を追い出されたわけじゃないよね?」


 僕の問いに、ドムさんとレイラさんは焦った表情を浮かべる。


 「そんな事はないさ。青子さんは別に帰ってくるなとは言っていない。それに、仕送りを期待していたじゃないか」


 「ドム! ……少年、合宿が終わったら帰れるのだから、問題はない!」


 「う、うん。そうだね」


 しょんぼりする僕の背中に、レイラさんが優しく手を添えてくれる。


 「ここで立ち尽くしていても、しょうがない。車があるから、そちらへ行こう」


 ドムさんは、気まずそうに僕の横に立つと、三人並んで歩き出した。

 なんか、連行されている気分だ。


 「ドナ、ドナ、ドーナ、ドーナー、子牛をのーせーてー」


 「「やめんか!!」」


 今の心境を歌ってみたら、二人に小突かれた。


 「今ので、こっちまで気分が沈んだじゃないか! ハァー」


 レイラさんは嘆くように息を吐いた。

 そして、僕たち三人は、肩を落として歩いていく。




 自宅から少し離れたところにあるコインパーキングに到着した。

 そこに駐車していた黒のクロカン車、メガクルーザーから一人の外国人男性が降りてきて、こちらに向かって元気よく手を振る。

 だが、すぐにこちらの重い空気に驚いていた。


 「おい! 何かあったのか?」


 「「いや、何も」」


 「えーい、重い重い! 辛気臭い! 何だこの空気は!」


 ドムさんとレイラさんの揃った言葉に、男性はそばまで来ると、手をあおぐように振りだした。

 そして、僕を見つめる。


 「あぁー! 葬儀の時の面白い子!」


 彼は僕を指差し、大げさに驚く。


 「「新しいボスだ!」」


 「へっ? いやいや、この子は学生だろ。冗談は……マジ?」


 ドムさんとレイラさんが黙って頷く。


 「うーん。そうか……。まあ、なんとかなるって!」


 外国人だからなのか、凄いポジティブな人だ。


 「俺はフレッドだ。よろしくな、新しいボス!」


 「氷空そらです。よろしくお願いします」


 フレッドさんは僕の手を握り、積極的な握手をすると、ブンブンと手を振る。


 「ソラがボスになった事が不服なのか? でも、その空気は良くないぜ!」


 「いや、そうじゃない。ソラ君じゃなく青子さんが原因だ。それにちょっと、彼の感傷にも飲まれただけだ。経緯は車内で話す」


 ドムさんは苦笑しながら頬を掻いた。


 僕は後部シートに乗せられる。

 シートの真ん中に座らせられ、ドムさんとレイラさんに挟まれた。

 これじゃあ、本当に連行だよ。




 車が動き出すと、ゴンッと何かを乗り越えた感覚がくる。


 「ヤベッ! まだ、駐車料金を払ってなかった!」


 フレッドさんは運転席から降りると、精算機に向かって走っていく。

 その様子に、ドムさんとレイラさんは、頭を抱えた。

 何故だか、フレッドさんには、とても好感が持てる気がする。


 彼が戻って来ると、車が再び動き出す。

 車が走り出して、しばらくすると、ドムさんがフレッドさんに、今までの経緯を話した。

 すると、車内の空気が重くなっていく。

 その話しを黙って聞いていた僕は、さっきまでの情景が思い浮かんできた。

 そして、心が沈んでいく。


 「ドナ、ドナ、ドーナ、ドーナー、子牛をのーせーてー」


 「「「やめんか!!!」」」


 三人からツッコまれた。

 レイラさんは、僕の頬をつまんで引っ張る。


 「今度、その歌を歌ったら、頬が腫れるほどつねるからな!」


 「いひゃい痛い! ほう、しゅねっへるもう、つねってる!」


 彼女が手を離すと、僕は解放された頬をさする。

 この人、美人のくせに滅茶苦茶だ。


 車が住宅街を抜け、繁華街へ入ると、街並みはにぎやかになった。

 車窓から、お店が次々と通り過ぎて行く景色を眺める。

 飲食店を見ていると、少しお腹がすいてきたような気がした。


 クゥゥー。


 僕じゃない。

 僕は音を出した人を見つめる。


 「なんだ、少年、お腹がすいたのか? 仕方ないな、お姉さんがおごってやろう! フレッド、どこかファーストフード店の前で停めてくれ!」


 「なっ!」


 レイラさんは真っ赤な顔で、僕の肩を掴み、引き寄せた。

 ズルいと思ったけど、彼女からいい匂いがして、柔らかいものを顔に押し付けられると、逆らえなかった。




 車が停車すると、僕はレイラさんと車を降りて、目の前にあるバーガーショップへと入って行く。

 店内に入り、レジの列に並んで待つ。

 彼女は、何故かずっと僕に腕を組んできていた。

 ここでもお腹が鳴ったら、僕を使って誤魔化す気なのだろうか?

 彼女の顔を見ると、彼女もこちらを見てニコッとする。

 ズルい、これじゃあ、車内の事も聞けないし、次も逆らえない。


 それにしても、周りからの視線が気になる。

 店内のお客は、男女問わず、こちらを見ては、ひそひそと小声で話していた。

 聞こえないけど、何となく言われている内容は想像がつく。

 ただでさえ、目を引くような外国人で美人のレイラさんと、僕みたいな冴えない男子高校生が一緒にいるのだから当然だ。

 それにしても、ここまで目立っていると、とても恥ずかしい。


 こんなところを、知り合いにだけは見られたくないと思っていると、フラグをたててしまったかのように、見知った顔がこちらに近付いてきた。

 終わった……。


 「「「久東くとう!?」」」


 三人の制服を着た男子高校生が声を掛けてくる。

 クラスメイトたちだった。

 聞こえないふり、気付かないふり、他人のふり!

 僕は顔を彼らとは反対方向に向ける。


 「ソラ、呼ばれているぞ。友達じゃないのか?」


 この人は、なんで察してくれないかな……。

 僕はレイラさんと目を合わせると、愛想笑いを浮かべて頷く。


 「や、やあ。アハハハハ……」


 そして、彼らに向かって、誤魔化すように笑った。


 「「「こんにちは!」」」


 彼らは、僕を無視してレイラさんに挨拶をする。

 こいつらは……。

 彼女が頭を軽く下げてから微笑むと、三人とも顔を赤らめる。


 「久東、邪魔してごめんな。あまりにも目立ってるから、教えておこうと思って」


 「教えておく?」


 僕が首を傾げると、もう一人が上の階を指差して、僕に顔を近付けてきた。


 「上に厄介な人たちが来てるから、忠告しておこうと思って」


 「忠告?」


 「木頭きず先輩たちだよ。上で食ってたら、あいつらが来たから見つからないように逃げてきたんだよ。ソラも逃げた方がいいぞ。上の階でも、その……」


 彼は言葉を止めて、レイラさんを一度見てから僕に視線を戻す。


 「その、ソラの連れているお姉さんが、話題になってたから……。あいつらにバレたら、絡まれるぞ。忠告はしたからな。それと、後でそのお姉さんとの関係をレポートにして提出するように」


 「おい!」


 彼は、最後に茶化して笑いだす。


 「僕たちは、もう帰るんで」


 「「「失礼します」」」


 三人はレイラさんに別れを言うと、軽く頭を下げる。

 そして、僕たちに手を振って店を出て行った。




 「良さそうな友達だな」


 「うん。クラスでも特に仲のいい友達だよ」


 「そうか」


 「それよりも、この店を出たほうがいいかも」


 「そう言えば、彼らに忠告だのと言われていたな」


 「うん。ちょっと、厄介な不良グループが上にいるらしいんだ」


 「そうか」


 彼女は他人事のようにそう言うと、正面を向いてしまった。


 「いやいやいや、レイラさん、絡まれたら面倒くさいよ。他の店にしようよ」


 「なんで、私が知らない連中のために店を変えるんだ。私の口は、もうハンバーガーを欲しているんだ。メニューを変える気はない」


 食いしん坊か! と叫びたかったが、店内なのでグッと堪えた。


 階段をいかにもな五人組がすれ違う人を睨みつけながら降りてくる。

 そして、こちらを眺めていた。

 僕は、隠れるように顔を背ける。


 「あれー、あれあれー。そこにいるのは、二年の久東 氷空君じゃないかなー」


 その中の一人が、店内なのに大声を上げて、僕をフルネームで呼んだ。

 やっぱりバレた。面倒くさい……。


 「ねぇー。ソラくーん。洋物のスケなんて連れて、何を粋がってるのかなー?」


 ただでさえバカそうなのに、「洋物のスケ」って、さらにバカっぽいと思ったが、口が裂けてもそんな事は言えない。

 チラッとレイラさんを見ると、彼女はムッとしていた。


 「ソラくーん。そのお姉さんは、ソラ君にはまだ早いよ。俺たちに渡して、今日は帰りなよ。雅也まさや君に恩が売れてよかったじゃん。ねえ、雅也君」


 「ああ、そうだな。その女を貸してくれたら、他校の奴らに絡まれた時は、気が向いたら護ってやるよ」


 馴れ馴れしく僕に肩を組み、髪をクシャクシャしてくるこいつが、いつも、こいつら四人を引きつれてボス気取りの木頭きず 雅也まさや、うちの学校の三年生で問題児だ。

 金髪に染めた髪を前に垂らし、両耳に数個のピアスを入れて悪ぶってはいるが、実際は、こいつの父親が『木頭商事』という中身はヤクザである会社の社長だから、面倒な事にならないように、周りが関わらないように避けるか、言う事を聞いているだけだ。

 それを自分が凄いと勘違いしている痛い先輩だ。

 いつまでも、僕の髪をいじっている木頭に、イラっとする。

 だが、我慢、我慢……。

 

 「ソラ。お前は、こいつらにいじめられているのか?」


 「違うって! いっけん、そんな感じにも見えるけど、今までの状況で、絡まれてるだけって分かるでしょう!」


 レイラさんは平然な顔をして、すっとんきょうな質問してきたので、つい、大きな声を出してしまった。


 「何? この姉ちゃん、面白れぇ。それに、いい胸してんじゃねぇか。どれ」


 彼女側にまわっていた一人が、胸に手を伸ばす。


 「勝手に触ろうとするな!」


 シュッ。


 「ケホッ、ケホッ。……スー。ケホッ」


 彼は、レイラさんから素早く放たれたのど輪をくらって、床に沈み、呼吸困難におちいった。

 こ、この人、容赦ようしゃない……。

 木頭はそれを見るなり、僕から離れると、スマホの操作を始める。


 「おい、女! 俺のダチに手を上げたんだ。どうなっても知らねぇからな。後悔するなよ!」


 彼は息まくが、レイラさんは気にも留めず、注文の列が進まない事のほうを気にして、前を覗き込む。

 そして、首を傾げた。

 こんな状況で、オーダーを取っているわけないじゃないか! どんだけ、ハンバーガーに執着しているんだ……。


 いつの間にか、僕たちを囲むように人だかりが出来てしまっていた。

 そして、僕の前後に並んでいる人は、少し間を空けて、気まずそうに立ち尽くしている。

 申し訳ないとは思うが、心の中で、「ごめんなさい」と謝る事しかできなかった。


 何でこんな状況になったんだ。

 このまま、どうなってしまうのだろうか?

 誰か助けて……。

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