第4話 思わぬ再会
次の休日、チャイムが鳴らされ誰かが訪ねてきた。
母さんたちからは、お客が訪ねてくるような事は聞かされていない。
それに、今日は僕と母さんしかいないので、父さんの件での話しをされても困る。
リビングでくつろいでいた僕は、渋々とインターホンで確認もせずに、玄関へと向かった。
「はーい。どちら様ですか?」
玄関の扉を開けると、でかくてがたいの良い外国人男性と、その一歩下がった位置に立つスラッとした銀髪美人の外国人女性の二人がスーツ姿で扉の前にいた。
僕は彼を見上げ、どこかで見た覚えのある二人の姿を確かめ、記憶を手繰り寄せる。
「「あぁぁー!」」
僕と銀髪女性は、指を指しあって驚き、叫んだ。
僕の脳裏に、葬儀の時の記憶が鮮明に浮かんでくる。
「葬儀で僕にからんできた銀髪美人……たしか、レイラ・なんちゃらさんと……さんと、……愉快な外国人集団の人!」
僕の言葉に、男性は頬を指先で掻きながら苦笑し、レイラさんは顔を真っ赤にして怒りだす。
「また、お前か! 私は、なんちゃらではない! 教えただろ、言ってみろ!」
僕は、あごに手を当て空を見上げ、彼女の苗字を思い出そうとする。
「レイラ……、レイラ……。そうだ。レイラ・チョモランマ!」
ポンっと手を打ち、彼女にドヤ顔を見せると、頭を叩かれる。
「チョモランマは山だ! それに中国語だ! ヤロシェンコだ! レイラ・ヤロシェンコ! いい加減に覚えろ! 失礼だろ!」
「うっ、ごもっともです」
「それに、何故、インターホンで確認もせずに出てきた! 危ないだろ!」
「うっ、ごもっともです。ごめんなさい」
なんで、この人は僕にからんでくるのだろう? そして、何故、叱られている? それに叩かなくてもいいと思う。
僕と彼女が言い争いを、男性は腹を抱えて笑っている。
「ドム、笑いすぎです」
「いや、すまんすまん」
彼はドムというのか。初めて名前を知った。いや、葬儀で記帳してたし、そんな名前があったような気もするが、覚えていない。
「それで、うちに何か
「いや、すまない。今日は、
「母さんに……」
僕が嫌そうな顔をすると、ドムさんは困った表情を浮かべる。
「
僕は彼を見た後、レイラさんを見て悩む。
「アッハッハッハ。レイラに媚びを売る男はよく見るが、嫌そうな表情を浮かべる男は初めて見たよ」
「ドム!」
彼は笑いながら言うと、彼女に睨まれた。
確かに、レイラさんほどの美人なら男が寄ってくるのも分かるが、この人、やたらと僕にからんできて怖いし、面倒くさいんだよな。
「ソラ、何、騒いでるの? お客さんじゃないの?」
二人を家に上げるべきか悩んでいると、母さんが様子を見に来た。
「あら、ドムとレイラじゃない。そんなところで何を騒いでたの? さっさと上がったら」
母さんは僕をどかすように脇へ押しやると、二人を中へ通す。
二人は、母さんに頭を下げて挨拶をすると、父さんたちの仏壇で線香をあげた後、リビングのソファーに座った。
母さんは、僕にお茶を頼むと、二人の向い側に座る。
僕は、三人の様子を気にしながらお茶の準備をし、ポットと一緒に持って行く。
そして、三人にお茶を入れると、その場を離れようとした。
「ちょっと、ソラ。あんたもここにいるのよ!」
母さんは、隣のソファーをパンパンと叩く。
仕方なく母さんの横に座ると、僕の正面はレイラさんだった。
この状況は、何故かとても緊張する。
「青子さん、次のボスは、
ドムさんは真剣な表情で、母さんに尋ねると、レイラさんも真剣な表情で頷く。
母さんは、一瞬、驚いた表情を見せてから、口を押えて何やら悩みだす。
僕の位置からは、母さんが悪い笑みを浮かべているのを、はっきりと見る事が出来た。
二人が母さんに遊ばれると思うと、同情してしまう。
「そうね。二人は、圭と蘭子のどちらになって欲しいの?」
母さんは、にやけた口元を隠したまま、真剣な表情を浮かべている。
器用な人だ。
「そうですね。士門から聞かされている事を踏まえれば、圭君なら頭もいいですし、全体を見渡した指示も出せるでしょう。そして、蘭子さんなら、本能的な勘が鋭いですし、性格的にも部隊をまとめあげるでしょう。欠点を挙げるなら、圭君は実戦向きではなく、蘭子さんは先走った行動をするでしょう」
「ドム、私はどちらがボスにふさわしいかを聞いているの。あえてあの子たちのパーソナリティを説明する必要はないわ」
「失礼しました。正直なところ、会社全体を重視すれば圭君、部隊の事を重視すれば蘭子さんと決めかねます。それでも選べというなら圭君です」
「レイラもそうなの?」
「私は、圭さんよりも蘭子さんを選びます」
「圭の何が不満なの?」
「いえ、不満とかはないです。私も運営や代行取引なら圭さんだと思っています。ただ、圭さんと私たちでは、考え方に温度差がありすぎて、そこが私たちとの
「あなたたちも色々と悩みどころがあるのね。でも、二人とも安心していいわ! そんな悩みは消し飛ぶ事間違いなしよ!」
母さんは満面の笑みをドムさんたちに向けて、サプライズを仕掛けた子供のようにワクワクしている。
そんな彼女に二人は戸惑い、首を傾げた。
「次のボス!」
母さんは楽しそうに、僕を指差した。
二人は、僕を見て驚愕の表情を浮かべると、頬をヒクつかせている。
そして、ドムさんは頭を抱えてうなだれ、レイラさんは片手で目を覆い、上を向いてしまった。
ここまで大きなリアクションでガッカリされると、僕もつらいんですけど……。
「青子さん、何かの間違いでは? ソラ君は、まだ高校生ですよ」
「あの人の遺言に、傭兵部隊はソラに相続させるって書いてあったもの。それに、ソラだったら何にもできないから、あなたたちが悩む必要はなくなるじゃない!」
母さんは、僕の頭をポンポンと叩き、とっても楽しそうだ。
そして、僕の立場は、微塵もない気がする。
「青子さん、彼はダメだ! 私は絶対に認めない! ボスだって、圭さんと蘭子さんの事は具体的に褒めていたが、彼に関しては、褒めるところが抽象的というか、『いつも明るくて元気な子だ』とか『見ていて飽きない子だ』とかしか言っていない!」
レイラさんは、僕を全否定してくる。
そして、父さんの言った言葉が、何故か胸にグサッ、グサッと突き刺さる。
「確かにソラはバカだし、怠け者だけど、やる時はやる……のかもしれないじゃない」
母さんは、フォローしてくれたのだろうか?
僕には、けなされているようにしか聞こえない。
「それに、あなたたちが反対しても決まっちゃった事だもの。それとも、部隊を解散する?」
「「うっ……」」
母さんの言葉に、二人が言葉を詰まらせた。
「青子さん、士門がソラ君を選んだ理由だけでも教えてくれ」
ドムさんは、切実な表情で母さんを見る。
「そんなの、面白そうだからに決まってるじゃない」
「士門の野郎。あのくそったれめ!」
彼は父さんを罵ると、自分の足に拳を打ちつけた。
そして、レイラさんは彼の横で、顔を押さえうなだれる。
何故、僕が惨めな思いをしなければならないんだ……。
ドムさんとレイラさんは大きく息を吐き、諦めた表情を見せると、二人で向き合って、コソコソと相談を始める。
僕は皆のお茶を入れ替え、今度は自分の分も用意して、すすりながら二人を眺めた。
母さんはというと、煎餅をかじり、お茶をすすり、楽しそうに二人を眺めている。
二人は意見をまとめたのか、こちらへ向き直る。
「青子さん、ソラ君をボスとして迎える事にする。ただ、今の彼では不安なので、しばらく私たちに預けてもらえないだろうか?」
「どうぞ、どうぞ」
母さんは、ドムさんに笑顔を向けると、手土産でも渡すかのように僕を突き出した。
「何言ってんの! やだよ、学校だってあるんだよ!」
「学校には、上手く言っておいてあげるわよ」
「母さん! 何、他人事みたいに言ってるんだよ!」
「えっ? だって、他人事じゃない」
「うっ……」
この人はこういう人だった……。
ドムさんとレイラさんが、僕を可哀そうな子でも見るような目で見つめてくる。
同情してくれているのは嬉しいが、今はそんな目で見ないで欲しい。惨めになってくる。
「青子さん、ソラ君が相続したのは、我々の部隊だけですか?」
「えーと、正確には、『久東商事』を相続してるわ」
「そうですか。やはり、ソラ君には、しばらく我々のところで生活してもらいます。彼に必要なものは、そのつど買う事にしますが、まだ、会社の経費では落とせないと思います。彼が自由に使えるお金を用意してもらえますか?」
「ええ、分かったわ」
母さんは、ドムさんにそう答えると、席を立つ。
「何だか、僕、売られていくみたいに感じるんだけど……」
「そんな事はない! 男の子だろ。しっかりしろ!」
僕がしょんぼりすると、レイラさんが励ましてくれる。
顔を上げると、彼女とドムさんの表情は何とも言えぬ困り顔だった。
「とにかく、えーと、少年! ……そう、合宿に行くと思って、その準備をしてくるんだ。いいな!」
レイラさんは、僕の肩を優しく叩く。
そして、僕が立ち上がると、背中を押した。
僕は、そのまま押し出されて支度に向かう。
◇◇◇◇◇
僕が支度を終えて、ドラムバックを抱えて戻って来ると、何やら騒がしくなっていた。
「どうしたの?」
「ソラ君。君は今、いくら持っているんだ?」
ドムさんに、いきなり所持金を聞かれた事で困惑しながらも、財布の中身を確認する。
「えーと、八千円と小銭が少しですけど」
僕が答えると、彼とレイラさんは頭を抱えた。
「所持金なんて聞いて、本当にどうしたの?」
「君の使える金額が三千円くらいしか残っていないんだ」
彼はそう言うと、僕に通帳とキャッシュカードを渡してくる。
それを受け取り、残高を確認した。
三〇〇万円ほど入っていた金額が、引き落とされて三千円程度に減っていた。
僕は母さんをジト目で見つめる。
「ほら、海外旅行……じゃなくて、父さんの手続きにロサンゼルスに行ったり、葬儀代金にまとまったお金が必要だったから、ちょっと、借りているだけよ!」
母さんは汗を流し、目を泳がせながら答える。
これは、気付かなかったら、そのまま誤魔化すつもりだったな。
「そうだ! はい、来月分の小遣いを渡しておくわ!」
母さんは、僕の手に五千円を握らせた。
それを見たドムさんとレイラさんは頭を抱えて、その場で崩れ落ちる。
僕の位置からは、レイラさんの短めのタイトスカートから黒い下着が覗いていた。
母さんは、顔を僕の顔に近付けて、視線の先を確認してくる。
「ソラ。これだけの所持金でも我慢できるわよね」
「それは、分からないよ」
「出来るわよね!」
母さんは、僕の目を見つめニンマリしてから、レイラさんに視線を落とす。
さ、逆らえない……。
「は、はい……」
「本人も、いいって言ってるんだから仕方ないじゃない。さあ、行った、行った」
ドムさんとレイラさんは戸惑っていたが、母さんは有無を言わさぬ勢いで、玄関まで誘導する。
そして、僕たち三人が外に出ると、ニコリと微笑む。
「ソラの事をよろしくね。それと、ソラ、お給料が入ったら、仕送りはするのよ! じゃあ、頑張ってね!」
「「「なっ!!!」」」
バタン。ガチャ。
母さんは言うだけ言って、僕たちがその言葉に驚いて、声を上げた隙に扉を閉め、鍵まで掛けてしまった。
僕たちは、玄関先でポツンと立ち尽くすのだった。
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