第3話 相続されたものは……

 父さんたちの葬儀が終わった後も、父さんたちをいたんで家を訪ねてくる人は多かった。

 そんな人たちが訪れなくなり、落ち着いた生活に戻るには、しばらくかかった。


 父さんは、もうこの家に帰ってくる事はない。

 しかし、もともと海外出張で家を空ける事が多かったからか、少し物足りない感じがするだけで、僕たちにとっては普段とあまり変わらなかった。




 そんなある休日、大切なお客が来るからと、母さんから前もって言われた通りに、家で過ごしていると、弁護士が訪ねて来た。

 母さんの言う大切なお客とは、弁護士の事だった。

 彼は、父さんの勤めていた会社の顧問弁護士で、僕たち家族四人に父さんから預かった物があると、鞄から封筒を取り出す。

 そして、彼の口から父さんの遺言と相続について、説明を聞かされた。


 彼は説明を終えると、僕たちの承諾を得てから封筒の封を開け、中から四通の封筒を取り出す。

 そして、名前を確認しながら、僕たち一人一人に手渡していく。

 手渡された封筒には、父さんの字で僕の名前が書かれていた。

 その字を見た途端、緊張してくる。

 兄さんと姉さんも緊張しているようだ。

 ただ、母さんだけは「何かな何かな?」と、宝箱でも開けるかのようにワクワクしていた。


 母さんが躊躇ちゅうちょなく、封を開け、中に入っていた手紙を取り出して読み始めると、兄さんと姉さんも同じように手紙を読み始める。

 僕が三人の様子を見ていると、三人とも口角が自然と上がっていく。

 父さんの事だから、ふざけた事を交えて書いていたのかもしれない。

 僕も、自分の名前の書かれた封筒の封を開けて手紙を取り出すと、広げて読み始める。

 その手紙にはこう書かれていた。


 『氷空そら。お前がこの手紙を読んでいるという事は、私はもういないのだろう。きっと、お前は今も落ち込んでいるのではないか? そんなしみったれた息子には、私から仰天するようなプレゼントをしてやろう! それは、私の仲間である傭兵部隊だ。どうだ、驚いただろう! この手紙を渡された後に、奴らから接触してくるから、お前は家で待っていればいい。そして、これからの人生、退屈することはないだろう。頑張れ! 一つ忠告する事がある。傭兵部隊の相続放棄は認めん。追伸、氷空以外の者の相続が何かは、お前には教えない事にしてある。そのほうが面白いだろう!』


 手紙を読み終えた僕は、頭にきて手紙を丸めて投げ捨てようとしたが、丸める前に弁護士さんから、「一応、公正証書遺言だから!」と叫んで止められた。

 彼は内容を知っていて、僕が怒る事も分かっていたようだ。

 彼からは、相続放棄の話しも聞かされていたのに、『認めん』と書かれているし、僕だけが自分の相続の事しか分からない。

 それを『そのほうが面白いだろう』と書かれていれば、怒るのは当たり前だ。

 そして、相続されたのが傭兵部隊って、何の冗談だ。


 ムッとしている僕を、弁護士さんは苦笑しながら見つめている。

 僕は、「こんなの認められるの?」と弁護士さんに抗議してみたが、首を横に振られた。通用するのか……。

 それにしても、書かれていた内容にも驚きだが、これが公正証書遺言であり、追伸まで書かれていた事のほうが驚きだ。




 僕は目を閉じると、深呼吸をして、落ち着きを取り戻そうとする。

 その間に、テーブルに置かれた僕の手紙を、母さんたちが盗み見して笑いだす。

 その笑い声を聞いて、僕は再びムッとする。深呼吸をした意味がない……。


 僕はふくれっ面のまま、弁護士さんに質問する事にした。


 「この傭兵部隊って、戦ったりする傭兵部隊ですよね?」


 「そうです」


 「それって、個人っていうか、人だけど相続できるの?」


 「会社を相続すれば、社員もいるわけですから、別に個人を相続するわけではありません」


 「僕、まだ高校生なんですけど……」


 「高校生でも起業している方は、大勢いますから大丈夫です。ただ、未成年ですから保護者の承諾が必要になります」


 「なら、母さんが承諾しなければ、相続しなくてもいいんですね」


 「はい、その時は別のご家族に権利を移せます」


 「良かったー!」


 僕は母さんを見る。


 「はーい! 承諾しまーす。どうすればいいの?」


 元気よく返事をする母さんを見て、僕は唖然とした。

 そして、弁護士さんが鞄から書類を取り出すと、母さんは、その書類を覗き込む。


 「ここと、ここに署名をして下さい。そして、こことここに捺印をお願いします」


 母さんは、テキパキと作業をこなしていく。

 そして、こちらを見てニンマリと悪そうな笑みを浮かべていた。

 や、やられた……。

 兄さんと姉さんは、その光景を見て微笑み、呆れ顔を見せるだけで、母さんを止める気は、まったくない事が見てとれる。


 「これでいいのかしら?」


 「はい、これで手続きは完了です」


 弁護士さんは書類をクリアファイルに入れて、そそくさと鞄にしまう。

 保護者の承諾は、無事に成し遂げられてしまった。

 母さんは、僕に向かって嬉しそうに親指を立てる。

 僕はその場に崩れ落ちた。




 僕は母さんに文句を言うが、「もう、承諾しちゃったもん」と相手にされない。

 そこで、兄さんと姉さんに助けを求めたが、二人は困った表情を浮かべ、僕の肩を優しくポンと叩いて、顔を逸らす。

 そんな僕に、見かねた弁護士さんが声を掛けてきた。


 「ソラさん。全部をお話しする事はできませんが、私は生前のお父様とお話しをして、ソラさんに伝えてもいい内容をお伺いしてますので、その範囲内でお話ししますね」


 「お、お願いします」


 事務的な人だと思ったが、優しい人だった。


 「お母様、お兄様、お姉様は、ソラさんが相続する傭兵部隊の件で、相続させるように協力しないと、個々に相続されるものの権利を失う事になっているのです。そのため、ソラさんに助けを求められても、断るしかないのです」


 僕は三人をジト目で見ると、三人とも目を合わせようとはしない。


 「お母様方を責めないで上げて下さい。こうなる事を予想して、お父様が考えた企みなんですから。ソラさんが、未成年の時、成人した時、社会人として自立した時の三種類を用意していて、どれもソラさんをからかう……いえ、驚かせる内容になっています」


 今、からかう内容って言いかけた!

 父さんにもて遊ばれているようで悔しい……。

 内容を知っている弁護士さんは、気を遣って、話せる内容を父さんに聞いていたんだ。

 ここまでしてくれる人を困らせたくはない。

 しかし、相続されるのが傭兵部隊なんて、素直に喜べないし、納得もできない。

 考えれば考えるほど、溜息しか出てこない……。




 弁護士さんは、少し考え込んでから口を開く。


 「ソラさんは、少し勘違いをしているかもしれません。傭兵部隊を相続するとだけ書かれているので混乱しているのだと思います。実際には『久東商事』を相続される事になります。『久東商事』は、取扱商品仲介会社です。ソラさんは、その会社の代表兼警備部の責任者となります。そして、警備部の業務内容が要人警護、危険地帯にある企業との商業取引の代行、戦闘の指導などで、主に財閥や大手企業からの依頼を受けています。特殊な業務内容ゆえに傭兵部隊を有しているとお考え下さい」


 「えっ? 久東商事? お父さんって社長だったの?」


 僕が聞き返すと、彼のほうが驚いている。


 「あのー? ソラさんは何も聞かされていないのでは?」


 彼は、母さんたちに向かって、質問をする。


 「あの人が、そのほうが面白いから黙っておこうって」


 母さんがそう言うと、兄さんと姉さんは、苦笑いを見せて頷く。

 そして、弁護士さんは頭を抱えてうなだれる。



 どうやら僕だけ、ただ、面白いからという理由で、何も知らされていなかったらしい。

 弁護士さんから詳しい話しを聞かされるにつれて、父さんだけでなく、母さんたちに対しても怒りが込み上げてくる。

 僕は母さんたちを睨みつけるが、お茶をすすりながら僕と目を合わせようとはしない。く、悔しい。


 僕がイラついているのを見て、兄さんは申し訳なく思ったのか、僕の横に座る。


 「ソラ、黙っていたのは悪い。たけど、これはチャンスでもあるんだ」


 「チャンス?」


 「そうだ。父さんたちが何に巻き込まれて、どうして不自然な事故死になったのかを調べる事が出来る」


 「それなら、兄さんが会社を相続すればいいじゃないか」


 兄さんは、眼鏡を指でクイっとあげ、眉間に皺を寄せる。


 「お兄ちゃんは、インテリ眼鏡なんだから、無理に決まってるじゃない!」


 姉さんからしんらつな言葉が、兄さんに浴びせられた。


 「く、悔しいが、蘭子らんこの言う通りだ……。だから、ソラ、お前に頼む。俺もやれる事は協力する」


 「ハァー。わかったよ」


 僕が折れると、相続の話しはスムーズに進んでいった。




 弁護士さんは、僕たちの捺印と署名がされた書類を大切にクリアファイルへ入れると、鞄へしまう。

 そして、帰り際、僕に向かって口を開く。


 「ソラさん。後日、お父様の会社の関係者が訪れますから、何か要望があれば、その方に話すといいですよ」


 「はい、分かりました。ありがとうございます」


 僕たちは、彼を見送った。


 僕に土地や金銭といった資産関係の相続は、一切ない。

 相続された会社は名前だけで、中身はほとんど傭兵部隊を維持するための事務所みたいなものだった。

 結局、僕に相続されたものは傭兵部隊だ。

 こんなものを譲り受けて、果たして大丈夫なのだろうか? 今後がとても不安になるのだった。

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