第2話 父たちの葬儀
父さんの葬儀は、兄さんと姉さんが葬儀屋と打ち合わせて決めていた。
母さんは、面倒くさそうな話しが出ると、泣き崩れ、その場を去ってしまう。
葬儀屋の人たちは仕方がないと同情しているが、僕たちは、母さんが逃げ出しただけだという事を知っているだけに、恥ずかしくなる。
そんな母さんに
父さんとエドガーさんの合同葬儀には、多くの人が訪れていた。
そして、僕は親戚のおばさんと、葬儀場の『久東家・オルブライト家』と書かれた看板の脇に設けられた受付に立っている。
エドガーさんの苗字は、オルブライトっていうんだ。
そんな事を思いつつ、ふと、疑問を抱く。
何で親族の僕が、受付をやらされているのかを知りたい。
母さんに言われて、何の疑いもなく受付に立っていたが、親戚や僕の事を知っている父さんの知人が来るたびに、「何で、受付にいるの?」と質問をされる。
隣にいるおばさんに尋ねても、「
そこで、受付にいる事を質問してくる人たちに「母さんが……」と言ってみると、皆、納得してしまう。
うちの母さんって、いったい何なんだと、僕の知らない母さんに困惑する。
僕は受付で、葬儀に来てくれた人に頭を下げ、記帳してもらい、香典をいただいて、会場を指して案内する。
そして、香典の氏名と金額を記帳して、お金を小さな金庫にしまう。
それを永遠と繰り返す。
父さんとエドガーさんの二人分なので、結構、目まぐるしい。
それにしても、会社の社長から外国人まで、多種多様な人が多く訪れてくる。
父さんたちの仕事が影響しているのだろうか、駅前でもこんなに多種多様な人たちを見る事はないと思う。
そんな中、外国人の集団が姿を現した。
他の外国人たちと、大差はないように見えるが、何故か僕の目には際立つというか、目立つように見える。
しかし、会場に入らず、受付のそばのロビーで会話をしている人たちは、気に留める様子はなかった。
僕が気にしすぎなのかもしれない。
その集団の中には日本人の男性も一人いるのを見つけると、何故だかホッとする。
彼らは僕の前に来ると、順々に記帳していく。
それを覗くのだが、筆記体で書かれると、よく目を凝らして見ないと読めない。
たいがい、香典にも同じように書かれているので、それを後で記帳するこっちの身にもなって欲しいと思う。
ん? んんん?
訳の分からない筆記体が書かれる。
顔を上げると、肩まで伸びた銀色の髪のスラッとした美人が目の前にいた。
名前を書き終えた彼女と目が合う。
「あのー」
「ん?」
「これ、読めない……」
「ブフッ」
ショートにした栗毛の可愛い女性が吹き出した。
すると、銀髪の女性が、僕の事をキッと睨みるけてくる。
こ、怖い。
美人に睨まれる事がこんなに怖いなんて、人生で初めて知った。そして、凄く緊張してくる。
「えーとですね。ミーが記帳しまーす。読めないとー、後でー、困るでごじゃるでーす」
「「「「「ブハッ」」」」」
その集団が、一斉に吹き出し、笑いだす。
隣では、おばさんまでもが笑いだしている。
銀髪の女性だけは、真っ白で透き通った顔を徐々に赤く染めていき、フルフルと身体を震わせていた。
「お前は、私をバカにしているのか!?」
「ち、違いますでーす。不慮のー、事故っぽいでーす。はい」
ヤバい! 女性を怒らせたてしまった事への恐怖と罪悪感で、自分でも何を言っているのか分からない。
「「「「「アハハハハ」」」」」
受付に笑いが響くと、その集団は、笑いながら銀髪の女性を取り押さえている。
そして、彼女の僕を見る視線は、さっきよりもきつくなっていた。
殺される、絶対に殺される!
僕の頭には、その言葉しか浮かばない。
「レイラ、そう怒るな。彼をよく見ろ。まだ、学生だ。学生服を着てるのだから分かるだろ」
少し白髪の混じった短めの黒髪をオールバックにした、でかくてがたいの良い中年男性が、目頭を押さえながら間に入る。
「ねぇー。どうして、片言の日本語で話してたの?」
最初に吹き出した栗毛の女性が、人懐っこい感じで話してきた。
僕は、何故、片言で話したのだろうか? 自分でも分からず、あごに手をやり悩む。
「相手が外国人だったから?」
「ブフハハハ。な、何それ、ウケる! この子面白いよ、面白すぎる。普通、逆だよね。アハハハハ」
この女性は、笑い上戸なのだろうか、そんなに笑わなくても……。
「フー。お腹が痛い。楽しませてくれたお礼に、お姉さんがいい事を教えてあげよう。彼女はロシア人なの。だから、ロシア語で書かれた名前を英語読みしても読めないよ」
「ロシア語なんて読めないよ。ロシア語といったら、ボルシチくらいしか知らないし……」
「ブフハハハ。ボ、ボルシチって、知ってるロシア語がボルシチだけって、少年は、やっぱり、面白すぎるよ。アハハハハ」
彼女はお腹を抱えて、その場に笑い崩れていく。
そんなに笑わなくても……恥ずかしい。
銀髪の女性は、名簿の筆記体の名前の脇に、見慣れないアルファベットを書き加えてくれた。
「これでいいだろ?」
そう言われても、ロシア語のアルファベットでは、全く読めない。
「読めない……。記号にしか見えない……」
「なっ!」
「ブフッ」
栗毛の女性が吹き出し、彼女の仲間らしい男性陣は、苦笑いになった。
そして、銀髪の女性は、再びフルフルと身体を振るわせる。
「レイラ、抑えて抑えて、ドードードー」
「私は馬か!」
栗毛の女性がなだめると、銀髪の女性は彼女を睨みつけた。
そして、深呼吸をすると、英語で再び記入する。
「レイラ……、ヤロクヘンコ?」
「「「「「ブハッ」」」」」
彼女の仲間たちは吹き出し、一斉に笑いが起きる。
「レイラ・ヤロシェンコだ、ヤロシェンコ! お前はバカなのか? 英語でも読めないじゃないか!? 何語だったら読めるんだ? 言ってみろ!」
「確かに、英語はいつも赤点ギリギリだけど、ちょっとくらいは読めるもん」
そこまで言われると、さすがの僕も悔しくて泣きそう。
「バカか! ちょっとくらいって、読めてないじゃないか! お前のちょっとはどのレベルなんだ!?」
「ちょっとは、ちょっとだ! レベルなんかあるもんか! だいたい、シャブスキーみたいな、何とかスキーって名前なら、読めたかもしれないじゃないか!」
「「「「「ブハッ」」」」」
再び、集団は吹き出し、一斉に笑いが起きる。
そして、おばさんもお腹を押さえて笑いだす。
しかし、レイラさんは、呆れた表情で僕を見る。
「お、お前は、本当に、バカなのか? シャブスキーって言うのは、
「「「「「アハハハハ」」」」」
笑いが起きる。
彼女の仲間とおばさんは、お腹を抱えてうずくまる。
僕は、そんな料理がある事を知らない。そして、彼女に本気で心配されている。
これは、さすがに恥ずかしい。
何か反論しなくては。
「綺麗だからって、美人だからって、未成年にそこまでいう事ないじゃないか!」
「なっ、な、な、何を口走ってるんだ!」
彼女の顔が真っ赤になると、笑い声はさらに大きくなった。
パシン。
突然、僕の後頭部が叩かれた。
「ソラ! 外が騒がしいと思ったら、あんたは受付で何をしてるの? ナンパなんかしてないで、ちゃんと受付をしなさいよ」
振り向くと、呆れた顔の姉さんがいた。
「ナンパなんかしてないよ。これには海より深い事情があるんだよ」
「そんな事情なんて知らないわよ。それに、あんたが年上の女性を、それも外国人をナンパするなんて一〇〇万年早いわよ。外国人をナンパする前に、英語の赤点ギリギリの点数を何とかしなさいよ」
姉さんから口早に言われ、ぐうの音も出ない。
「それと、お母さんが、「何か面白そうな気配が」って気にしてたわよ」
「頑張って受付をするから、母さんは来させないで!」
「ハァー。分かればよろしい。ちゃんとやるのよ」
僕はコクコクと頷くと、すぐに切り替えた。
「お待たせいたしました。後ろの方がお待ちですから、会場のほうへとお進み下さい」
「「「「「なっ!!!」」」」」
僕の変わり身の早さに、外国人の集団は声を上げ、キョトンとする。
「どうぞ」
僕は、会場を指すように手を差し伸べた。
「そうか、君がソラ君だったのか」
でかくてがたいの良いおじさんが、受付を離れる時にボソッと言う。
「ごじゃる君、またねー!」
栗毛の女性は、僕に投げキッスをすると、レイラさんの背中を押して去っていく。
ごじゃる君って何だ? いつの間にか変なあだ名を……。
彼女たちが去った後、記帳された名簿を覗く。
いつの間にか、『レイラ・ヤロシェンコ』とカタカナでも書かれていた。
だが、その少し下に、読めない名前がもう一つあった。
僕が名簿とにらめっこをしていると、おばさんが覗き込んできた。
「レイモン・オラールさん。それ、フランス語よ」
僕はフリガナを振る。
外国人は、おばさんに任せたほうがいいような気がしてきた。
その後、僕の騒動を見ていた外国人たちは、何も言わずにカタカナで記帳していく。
悩まずに読めるのだが、これはこれで恥ずかしい。
僕の受付は終わり、親族の列に並ぶ。
そして、父さんたちにお焼香を上げる人たちへ、頭を下げる事を繰り返した。
例の外国人集団が順にお焼香を上げていく。
栗毛の女性は僕に向かって手を振ってきたので、振り返す。
すると、兄さんたちに睨まれた。
今日はろくな日じゃない……。
◇◇◇◇◇
葬儀が終わると、翌日には火葬され、父さんたちは墓へと入れられた。
久東家の墓石の隣には、オルブライト家と書かれた墓石が肩を並べるように仲良く建っている。
僕たちは、二人の墓に線香と水を上げると、脇へ離れ、皆がお墓に向かって挨拶をしていくのを見守る。
例の外国人集団も順に挨拶を終えていく。
そして、栗毛の女性が僕に向かって、投げキッスをしてくる。
「ソラ。もしかして、ナンパが成功したの?」
姉さんが小声で尋ねた。
「違うよ。ナンパなんてしてないよ」
僕も小声で返すと、母さんが聞き耳をたてていた。
勘弁して欲しい……。
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