第1話 父の死

 プルルルル、プルルルル。


 電話が鳴り出す。

 僕は、父さんに関しての電話だろうと受話器をとった。


 「はい、久東です」


 「ソラか?」


 兄さんからだった。


 「うん……。父さんが……」


 「ああ、分かってる。父さんと男性の同僚は亡くなったが、女性の容体ようだいは落ち着いて、もう、命に別状はないそうだ。後は、彼女の意識が回復するのを待つだけだ」


 兄さんの声色は、女性だけでも命が助かった事を喜んでいるようだ。

 僕も、それは嬉しいと思う。

 しかし、素直には喜べない、もう一人の僕もいた。


 「兄さん、女性が助かった事は嬉しいよ。でも……」


 僕は、最後まで言葉にする事が出来なかった。


 「分かってる。素直に喜べないのは仕方がないさ。だけど、女性が意識を取り戻せば、何故、事故が起きたのかが分かるんだ。それは分かるな」


 「うん。でも事故なんでしょ?」


 「まあ、そうなんだが……。高速道路の単独事故にしては、少しおかしいんだよ」


 「おかしい?」


 「ああ、事故を起こした場所に監視カメラが無かったから、はっきりとは言えないけど、事故を目撃した人がいないんだよ」


 「たまたまじゃないの?」


 「事故が起きた時、向こうは一八時だぞ。対抗車線にも車がいないなんて事があると思うか?」


 兄さんは何を言いたいのだろうか? 兄さんの口ぶりは、父さんが狙われていたような言い方だ。


 「それは不思議だと思うけど、偶然じゃないの?」


 「なら、父さんたちの後方でトレーラーの集団がいて、一般車が追い越せないでいたとしたら、どう思う?」


 「それも、たまたまじゃないの?」


 兄さんは、何を疑っているのだろう? 何かをこじつけたいようにも聞こえる。


 「たまたまか……。同じタイミングで対向車線にも、同様にトレーラーの集団がいて、一般車が追い越せないでいたんだよ。事故が起きた瞬間を見なかったんじゃなくて、見れなかったんだ。向こうの事故調査でも、普段とは違う道路状況に不自然さを感じた警察官もいたんだが、証拠がないらしい」


 「でも、テレビのテロップで事故だって……」


 「ソラは、どうして事故が起きたか知ってるか?」


 「母さんは、ただ事故だって、テレビも事故としか言っていないから、知らないけど」


 兄さんは何かを知ったから、疑っているのかもしれない。

 ただ、一介の商社マンにすぎない父さんを誰が狙うのだろう? 同乗者を狙った?


 「事故の原因は、一メートルくらいの数本の鉄パイプを踏んだ際に、車が横転したんだよ。それに、運転手は、一緒に亡くなった同僚で、エドガーさんって言う元FBIの捜査官だ。そんな人が他の車線に避けないで事故るとは思えないんだ」


 「そんなことを言われても……」


 兄さんは自己を疑っているようだが、僕は困惑するだけだった。


 「その人は父さんの古い友人だったから、ソラが小さかった時に会ったことあるんだけど、覚えていないか?」


 僕は、兄さんに言われて記憶を探る。

 ふと、おもちゃの拳銃を買ってくれた、リアクションがオーバーで、いつもニコニコしている金髪のおじさんの顔が浮かんだ。


 「鉄砲のおじちゃん……」


 「なんだ。憶えてるじゃないか。一緒に亡くなったのは、彼だよ」


 僕は、胸が張り裂けそうになった。

 父さんだけでなく、今まで忘れていたとはいえ、小さかった頃に遊んでくれたおじさんまでもが死んだんだ……。


 「話しを戻すけど、俺はこの事故は偽装だと思っている。向こうの支社の社員が、どんな事故だったのかを調べているうちに、疑問を抱いたくらいだ。その事は、母さんたちにも伝えておいてくれ」


 「うん、分かった。伝えておく」


 「じゃあ、頼むぞ。ツー、ツー、ツー……」


 僕は受話器を置いた。




 母さんたちの脇に座り、兄さんからの話しを伝える。


 「エドガーが……」

 「エドガーさんもなの……」


 二人は亡くなった同僚が、おじさんだったと知ると、うつむいてしまった。

 もしかして、二人は女性も知ってるかもしれない。

 彼女の容態は落ち着いて、意識が回復するのを待っている事を、付け加えるように話す。


 パシン。


 母さんから叩かれた。


 「そういう事は、先に言いなさい。クリスタは無事なのね」


 母さんは、彼女を知っていた。


 「知り合いなの?」


 「ええ、知ってたわよ。だって、彼女が日本に帰ってきたら、あんたの家庭教師を頼むつもりだったから」


 「へっ? 僕は何も聞いてないんだけど」


 「えっ? 何で、あんたに言うの?」


 「えっ? だって、僕につける家庭教師だったんでしょ?」


 「そうよ」


 何だろう? 話がかみ合っていないようないるような……。なんかイライラする。


 「普通、そういう話しは、本人を通すよね?」


 「あんたにそんな話しをしたら、適当なぬるい塾を探してきて断るでしょ。その点、彼女は軍人あがりだから、ビシバシ鍛えてくれるもの」


 ビシバシ鍛えるって……。

 家庭教師なんだから、勉強を教えてくれんだよね? 頭が混乱してくる。


 「勉強を見てくれるんだよね?」


 「当たり前でしょ! なんの家庭教師だと思ってたの?」


 「……」


 僕は返答に困った。


 「スケベ!」


 すると、姉ちゃんが辛らつな言葉を浴びせてくる。

 僕にそんな気はない!


 「あんた、やめときなさいよ。クリスタは軍人だったんだからね。強いんだから、殺されるわよ!」


 母さんまで乗っかってきた。それも何か念を押してきている。

 そんな人が家庭教師につくのも、それはそれで怖いんだけど……。


 話しがかなり脱線してしまった。

 兄さんの話しを全部伝えないと。

 僕は、父さんたちが狙われたのかもしれない話しを二人に伝える。


 「世界中で取引してるんだから、仕方ないわよね……。ハァー」


 「確かに……」


 二人の反応はおかしいと思う。

 商社マンって、そんなに危険な職業だっけ?

 兄さんからの話しを全て二人に伝えた僕は、二人の反応に困惑するのだった。




 しばらくすると、二人は、「死んじゃったものはしょうがない」と気持ちを切り替えて、元気に振る舞いだした。

 そして、母さんは、「クリスタが生き残ってくれただけでも良かった」と喜んでいた。


 その後、二人は葬儀の事を相談し始めた。

 亡骸はいつ戻って来るのかとか、エドガーは身寄りがいないはずだから、合同葬儀にしようとか言い出す。

 僕には、父とおじさんの死に対する切り替えが早すぎる二人の心境が、まったく分からなかった。

 二人がおかしいのか、それとも僕がおかしいのかと、悩みまくる。

 そして、僕だけが取り残されたような気分になるのだった。



 ◇◇◇◇◇



 その後は、母さんと兄さんがアメリカまで手続きをしに行ったりと、慌ただしい数日間が過ぎていった。

 帰ってきた母さんは、スーツケース一つで出て行ったのに、二つになっていた。

 そして、土産話に花を咲かせる。

 「いったい何しに行ったのだ」と、のどまで出かけた言葉を飲み込んだ。

 はしゃぐ母さんを見つめながら、兄さんと姉さんは僕の肩を軽く叩くと、苦笑しながら首を横に振る。

 

 母さんは放置して、兄さんから話しを聞く。

 父さんとエドガーさんの遺体の運搬の手続きはすぐにすみ、予定では、明日には到着するそうだ。 

 そして、その後の事は、葬儀屋に頼んでいるから心配ないと説明を受けた。

 ちなみに、兄さんが手続きに奮闘している間、母さんは別行動をし、ロサンゼルスを満喫していたそうだ。


 兄さんは、続けてクリスタさんのお見舞いに行った時の事も話してくれた。

 彼女の病室に入ると、ベッドに眠ったままで、まだ、意識は戻っていなかったのだが、母さんが、「クリスタ、いつまで寝てるのよ!」と言って、包帯が巻かれていた額を叩いたことを話す。

 僕はどんな顔をして聞けばいいのか分からなくなった。

 一応、病室には警察官と医師と看護師がついていたので、大騒ぎになったそうだ。 

 当たり前だ……。

 そして、母さんは彼女に向かって、「クリスタがソラの家庭教師を早くしてくれないと、あの子が留年するわ! 寝てる場合じゃないのよ。ソラの馬鹿が大馬鹿になるのよ!」とわめき散らし、警察官たちも内容が内容だけに、母さんを止めるか戸惑っていたと兄さんは苦笑する。

 姉さんはケタケタと笑いだすが、僕は海外で母親に罵られ、会った事もない人たちに同情された事になる。

 僕は、うなだれるしかなかった。


 兄さんは、朗報もあると困った表情をする。

 朗報っていい報せの事だとね?

 兄さんの表情の意味が分からない。

 母さんが僕の事でわめいたら、クリスタさんがうなされだして、「そんなにバカなの?」とうわごとを言い出したそうだ。

 彼女が意識を取り戻した事で室内は慌ただしくなり、兄さんたちは病室から出され、母さんは、医者から「新しい治療法をありがとう」とジョークを言われたそうだ。

 クリスタさんが意識を取り戻したのは嬉しいけど、素直に喜べない。

 姉さんは僕を見て、再び、ケタケタと笑いだす。


 その後は、事故の事情聴取などがあって、意識を取り戻したクリスタさんには会えずに日本に帰ってきたと兄さんは話した。

 そして、全てを話し終えた兄さんは、疲れたようにうなだれる。


 兄さんが疲れたのは分かるが、なんで、僕までこんなに疲れる事になるんだ……。

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