相続されたのは傭兵部隊でした。~社長なのに、新兵扱いされる日々~

とらむらさき

第一章 相続されたもの

プロローグ 父の安否

 キーンコーンカーンコーン――。


 古臭いチャイムの音色が鳴り、僕は席に着く。

 日本史の授業が始まった。

 教科書を取り出し、ごく最近の日本近現代史のページを開くと、中年太りのさえない男性教師が話し出す。


 彼の話しを聞きながら、教科書を眺める。

 僕が産まれた時には、すでに東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州の七つの特区に別れていた。

 地域分けと特区分けでは範囲や都道府県が違っているところが面倒くさい。

 ひっかっけ問題として、テストに出されるほどだ。

 僕の住む、ここ、栃木県もそのひっかけに入る。

 地域分けでは関東なのだが、特区分けでは東北特区になるのだ。


 そもそも、日本が特区化されたのは、感染病のパンデミックに始まり、震災、複数の火山の噴火、異常気象による水害やら何やらが数年続いたことが原因だ。

 国内の情勢は滅茶苦茶になりかけ、政府だけでは、手が回らなくなった。

 そこで、特区化し自治権を与える事で治めたのだ。

 いちいち政府を通すより、特区ごとに動いたほうが対応が早かったと、教科書には捕捉されている。


 教科書のページをめくる。

 パンデミックと天災で国の借金はかさみ、世論は魅力的に思える公約を掲げる野党への支持に回り、政権交代が起きた事が書かれている。

 しかし、その政権も長くは続かなかった。

 前政権の政策を壊すのに必死で、掲げた公約は後回しにされていたからだ。

 問題を起こす議員らがぞろぞろと現れた事も原因の一つとして、教科書には載せらていた。


 そこで、その状況を見かねた数社の大手企業が、独自に様々な手段を取り始めると、経済は安定し始めた。

 世論の目は政府よりも企業へと向けられていくようになり、その企業から複数の財閥が誕生していく。


 ちなみに、僕の兄は、その時に誕生した財閥のグループ会社に勤めている。

 そして、父の勤める会社も、その財閥たちを相手に仕事をしていた。

 教科書を眺めながら、財閥のあたりの記述に、他人事ではないなと、毎回思わされる。


 教師は、「国の内政や経済は安定したが、日本は、戦後、解散された財閥が再び誕生し、七つの特区に別れてしまった」と締めくくった。

 小中高と歴史の授業では、必ずと言って、この特区のところを勉強させられる。

 歴史の授業で近現代史の範囲になると、毎回同じ事の繰り返しで飽きてしまう。

 当然、それは僕だけではない。

 周りでも、話しを聞きながら、退屈そうにしている生徒で溢れていた。




 「ふぁー」


 あくびが出てしまった。


 「久東くとう! 退屈そうだな。東北特区の都道府県を全部言え!」


 「はーい。北から北海道、青森県、秋田県――新潟県、茨城県、栃木県です」


 「うむ。よろしい」


 あくびがバレて、教師に指されてしまった。

 答えるのが東北特区で良かった。

 中部特区や関西特区だと間違えていたかもしれない。


 僕は、久東 氷空そら、一七歳。

 ここ、栃木県小山市にある公立高校に通っている。

 父は世界中を飛び回っている商社マン、母は専業主婦、兄は『加賀美かがみコンツェルン』という財閥のグループ会社に勤めるサラリーマン、姉は東京の私立大学に通う学生という、平凡な家庭で育った。

 そして、兄と姉が『東北リニア』と呼ばれる東京から北海道までを繋げたリニア新幹線で通っている事をうらやむ、ごく普通の男子高校生である。




 キーンコーンカーンコーン――。


 再びチャイムが鳴り、授業の終わりを知らせると、僕は席を立ち、いつものようにクラスメイトたちと輪を作り、無駄話で盛り上がる。


 ガラガラガラ。


 教室の引き戸が開かれ、若い男性が教室に飛び込んで来た。

 僕のクラスの担任だ。

 彼は息を切らせて、室内をキョロキョロと見渡すと、僕に駆け寄ってきた。


 「久東。お母さんから連絡があって、お父さんが仕事中に事故にあったそうだ。詳しい事は、分かっていないらしいが、念のため、早く家へ帰れ!」


 僕は、先生に何を言われているのかが理解できなかった。


 「……」


 パンッ。


 先生に、両頬を挟むように叩かれた。


 「おい、聞いているのか? 久東、聞こえているか!? 動揺するのは分かるが、まだ、ハッキリとした事は何も分かっていないんだ。落ち着いて帰るんだぞ!」


 「は、はい」


 彼に叩かれて、意識はハッキリしたが、何も考えることが出来ない。

 ただ、言われたとおりに、急いで帰る支度をする。


 「学校のことは気にしなくていい。事の次第が分かった後、落ち着いてからでいいから、学校にも連絡をくれ!」


 「はい」


 僕は鞄を抱えると、急いで教室を後にする。

 教室を出た時に、クラスメイトたちから励ます声が聞こえ、ちょっと、心強く感じた。




 学校を出ると、学校前のバス停に到着していたバスに飛び乗った。

 バスが赤信号の停車や乗降者での停車の度に、イライラしてくる。

 その度に、自分を落ち着かせることを繰り返す。

 バスが自宅の最寄りのバス停に到着する。

 乗車時間は数十分だったが、とても長く感じられた。

 僕はスマホを機器に当てると、運転手さんに頭を下げてから降りる。

 そして、家までの道のりを全速力で駆け出した。




 家に着くと、急いで母さんの元へと向かう。


 「ただ……いま。ゼェー、ゼェー。母さん、父さんは、大丈夫なの?」


 母さんは煎餅をかじりながら、こちらを振り向く。


 「今、緊急手術中だから分かんない。病院からの連絡を待つしかないから、あんたも先に着替えてきなさい。と、その前に、お茶入れて!」


 あっけらかんと、そんなことを言う母さんに、僕はその場でへたり込んでしまった。 

 焦っていた自分が、バカらしく感じる。


 母さんにお茶を入れて渡すと、僕は自分の部屋へと向かった。

 階段を昇り、部屋の前に立つ。

 兄と姉の部屋のほうを見ると、二人は、まだ帰っていなかった。

 二人は東京に通っているのだから、いくらリニアでも、僕より先に帰宅する事はない。

 しかし、こういう時に二人がいないというのは心細い。


 部屋で着替えを済ませると、机に座ってジッとしているだけだった。

 何かをして気持ちを紛らわしたかったが、何をしていいのかも分からず、何かをする気にもなれなかった。

 不安と心配、後ろ向きな想像ばかりが頭の中を占めていって、どうすることも出来なかった。




 玄関で物音がする。

 誰かが帰ってきた。

 僕はすぐに部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。


 「姉ちゃん、お帰り」


 「あっ、ソラ。ただいま。お父さんは?」


 「まだ、何も……」


 「そう……」


 姉ちゃんは、少し曇った表情を浮かべると、リビングへ向かってしまう。

 そして、母さんの向かいに座ると、二人で話し出す。


 プルルルル、プルルルル。


 すると、家の電話が鳴り出した。

 二人は話しているので、僕が受話器をとる。


 「はい、久東です」


 「その声はソラか、俺は帰らないで会社にいるよ。こっちのほうが海外の情報が入りやすいし、向こうの社員が父さんの運ばれた病院に向かってくれているから。母さんには、そう言っておいてくれ。じゃあな」


 「兄さん……」


 「ツー、ツー、ツー」


 一方的に話して、切られてしまった。

 二人に兄さんからの電話だった事を告げ、「会社に残って情報が入ってくるのを待つ」と言っていた事を伝える。

 二人は納得したように頷いた。




 母さんが見ていた番組を邪魔するように、テレビから電子音が響く。

 そして、画面の上部に緊急速報の文字が出た。


 『緊急速報 ロサンゼルスの高速道路での事故で、病院に運ばれていた邦人男性と同乗者のアメリカ人男性の死亡を確認。同乗者のドイツ人女性は、いまだ意識不明の重体』


 テロップを見て、僕は愕然とする。

 母さんたちは椅子にもたれかかり、黙って天井を眺めている。


 この時、僕はまだ、父さんの死が何を意味するのか、まったく、分かっていなかった。

 そして、この父さんの事故死が、僕の人生を大きく変えていく事になるなんて、思ってもいなかった。

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