5
目を覚ますとフリースのケットを掛けられていた。
「お母さん……」
呼びかけてみたが返事はない。
買い物にでも行ってしまったのだろうか。
私は上体を起こしたまましばらくぼんやりしていたが、やがて大事なことを思い出して目を擦りながらサンルームへと足を運んだ。
そして新しいケージの前にぺたりと座り込み、中を覗いた。
するとさっきまで固まって動かなかった場所にぽん太の姿がない。
私はほくそ笑んだ。
きっと私が眠っている間にぽん太はケージ内を散策して回ったに違いない。
その姿を見られなかったのは残念だけれど、彼がそこを新しい家だと認めてくれたことが嬉しかった。
私はケージの上蓋を外し、まずは小屋の形をした寝床をそっと持ち上げてみた。
しかしそこにぽん太の姿はなかった。
ということはぽん太は一階部分に降りたということだ。
このゴージャスな正面階段をぽん太が恐るおそる降りていく様子を想像して私はますます頬を緩めた。
私はケージに手を入れ、寝床の蓋をそっと持ち上げた。
そこ以外に隠れる場所はない。
「あ、バレたか」
きっとぽん太はそういう感じで、あの真っ黒なつぶらな瞳で私を見上げるだろう。
嬉々としてその姿を想像したが、またしてもその期待は外れた。
ぽん太はそこにもいなかったのだ。
次第に私は焦り始めた。
堆く撒いたペーパーチップの中や回し車の下、あるいはトイレの裏側やブランコの下までかき回すようにして探したけれど、やはりぽん太はいなかった。
そんなはずない。
狐につままれたようだった。
ぽん太が一人でこのお家から出られるはずはないのにどこに消えてしまったのだろう。
そう思ってケージの裏側を覗いた私はおもわず「あっ」と声を上げた。
よく見るとそこには観音開きの透明な扉があり、あろうことか隙間が開いていたのだ。迂闊にも私はその扉の存在を知らなかった。
背筋に冷たいものが走った。
きっとぽん太はここから脱走してしまったのに違いない。
脱走は以前にも一度あった。
あれはたしか運動会の前日。
私が不注意でケージの扉を閉め忘れて、夜のうちにぽん太が脱走してしまったのだ。
朝になってぽん太がいないことに気がついた私は泣きながら家中を探したが見つからず、暗澹たる気持ちで学校に行ったことを憶えている。
そして運動会の間、ずっと目に涙を溜めて塞ぎ込んでいたことも。
かけっこは当然ビリ。
ダンスも上手く踊れず、昼休憩になってトボトボと保護者席に行くとお父さんがニコニコしながらぽん太が来客用のスリッパの中で眠っていたことを教えてくれた。
最終的に笑い話で済んだが、今度もそうなるとは限らない。
しかも今は冬だ。
ハムスターはずっと寒いところにいると擬似冬眠をしてしまうことを私はなんとなく知っていた。そして放っておくと最悪の場合そのまま死んでしまうことがあるということも。
前回、脱走した時はまだ秋の始まりだったからよかったけれど、もしぽん太が冷たいところでいつまでもジッとしていたら冬眠を始めてしまうかもしれない。
できるだけ早く見つけ出さないと手遅れになる。
私は端々を見回した。
けれどサンルームは全てタイルばりでぽん太が隠れられそうな場所はなかった。
ということは隣のリビングだろうか。
リビングにはソファやテレビ、大きなクッションなどいくらでも隠れていそうなところがある。
それにうたた寝をしていた時間は短く、ぽん太の足ではそうそう離れた部屋に行くことはできないはずだ。
そう考えた私は即座に立ち上がり、勢いよくリビングへと一歩目を踏み出した。
しかし、そのとき。
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