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 至福の瞬間だった。


 木箱の蓋をゆっくり持ち上げると案の定、ぽん太はそこで丸くなって寝ていて、私は指でそっとぽん太をつついて起こした。それから寝ぼけ眼のぽん太を慎重に手のひらに乗せて話しかけた。


「ぽん太、新しいおうちだよ」


 もちろんそんな言葉が通じたはずもないが、そこでタイミングよくぽん太は黒く丸い瞳をぱっちりと開け、しかも新しいケージへ顔を向けたのだった。


「わあ、ぽん太、びっくりしてるう」


 彼を落とさないように私が小さな歓声を上げると、そばで洗濯物を取り入れていた母がにっこりと笑う。


「さあ、どうぞ」


 私はワクワクしながらぽん太を新しいケージの二階部分に乗せた。

 するとぽん太は警戒するようにその場に立ち止まりクンクンと周囲の匂いを嗅いだ。それからのそのそと歩き、やがて隅の方で立ち止まりそこでピタリと動かなくなってしまった。

 ぽん太が想像していたように動き回らないことが私は不服だった。

 もしこんな素敵なお家が突然目の前に現れたら、私ならきっとはしゃぎ回って隅々まで探検するだろうになぜぽん太はそうしないのか。


「ぽん太、嬉しくないの」


 指で軽く突いてみた。

 けれどぽん太はやはりジッとしたまま動く気配がない。

 私がむっつりと塞ぎ込むと、そばで洗濯物をたたんでいた母が言った。


「慣れるまではしょうがないよ。そっとしておいてあげたら」


 もっともな意見だったが承伏できず、ふと秘策を思いつきて私は台所へと駆け出した。そして冷蔵庫を開け、ジップロックに入れたカボチャのスライスを一枚つまみ取りぽん太の元へと戻った。

 甘みがあるせいか、カボチャスライスはぽん太の大好物だった。

 鼻先に押し付けるようにして与えると、ぽん太は嬉しそうに受け取りすぐに齧り始めた。そして半分ほど食べ終えると頬袋へと残りを押し込み、キョロキョロと辺りを見回す。

 今度こそ新しい家の探検を始めるに違いない。

 そう思ってドキドキしながらぽん太を見つめていたけれど、私の意に反してぽん太はふたたびその場で固まってしまった。

 不服が極まった私はその場を離れ、唇を尖らせたままリビングのソファに突っ伏した。


「そのうち慣れるわよ」


 母はそう言って笑ったが、私は完全に拗ねてしまっていた。


 ぽん太なんてもう知らないから。


 胸のうちでブツブツと文句を言っていると、疲れてしまったのだろう。私はそのままうたたねをしてしまったのだった。


 

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