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 朝起きるとまずは何をさておき、私はぽん太の家に直行した。

 

「おはよう、ぽん太」


 飼育ケージの上蓋を取り、寝床である木製の箱を開けて朝の挨拶をすると彼は小さくて黒い鼻をヒクヒクさせながら縦裂きティッシュペーパーの巣から眠たげな顔を覗かせた。そしてひまわりの種を鼻先に近づけるとぼんやりした顔で受け取り、次いでせかせかと齧り始める。


「美味しい? 」


 そう訊いてもぽん太は私に目を向けることもなく無心に種を齧り続ける。

 やがて無くなると鼻先をスンスンさせて次のひまわりを要求した。


「じゃあ、もう一個だけね」


『ぽん太のひまわり』とラベリングされた口の広い瓶から摘み出した種を再び鼻先に持っていくと、彼は待ちきれないといった様子で寝床の縁から不用意に身を乗り出し、ペーパーチップの床材へと不恰好にぼとりと落ちたりした。

 そんな愛らしい仕草を目にするたびに私は声をあげて笑った。

 そしてついつい朝食の席に着くのが遅くなり、しばしばお母さんに叱られたりもした。


 学校から帰ると私はランドセルをそこら辺に放り捨て、逸る気持ちのままにサンルームへと駆け込んだ。

 

「ただいま、ぽん太! 」


 教室では囁き程度も絞り出せなかった声がぽん太を前にするといくらでも喉から飛び出した。そしていつまでもケージのそばに腰を据えて、掃除をしながら、あるいはぽん太を手に載せながらその日あった出来事を彼に打ち明ける。

 ぽん太と二人きりなら心の隅にわだかまっている悩みもそっと口に出すことができた。

 友達ができないことや、家族以外の人と目を合わせられないこと。

 あるいは給食を食べるのが遅くていつもクラスメイトに冷やかされることなど、お母さんにも言えないことを呟くように話しかけた。

 もちろんぽん太は何も言わない。

 そっぽを向いて床の匂いを嗅ぎ回ったり、回し車によじ登って全力でそれを回転させたり、私の手の中で無防備に眠ってしまったりしているだけだ。

 けれどそれでもぽん太に聞いてもらっていると胸底に溜まった黒い澱が少しずつ取り去られて心が軽くなっていく気がしてとても心地がよかった。

 

 夏休みにはお菓子の空き箱や段ボールを利用してぽん太専用の立体迷路を作った。

 出口まで誘導するように所々にオヤツを置き、ワクワクしながらぽん太をスタート地点に立たせたものの、いつまで経ってもその場から動かない様子に痺れを切らした私はぽん太のお尻を少しずつ押してなんとかゴールまでたどり着かせた。

 考えてみればぽん太にとってそれはずいぶん迷惑な話だったに違いない。


 秋には近所にあるお寺の境内でどんぐりや落ち葉を拾ってきてぽん太のおもちゃにした。けれど並べたそれにぽん太はほとんど興味を示すことなく気まぐれに少し鼻で突いただけでどんぐりを齧ることもなかった。その様子に私は少なからず落胆したことを覚えている。ただ後にハムスターにはタンニンが多く含まれたどんぐりを与えてはいけなかったと知り反省した。


 そして冬。

 心待ちにしていたクリスマスがやってきた。


 

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