番外編

線田陸月の大願

 オレは陸月ろくつきせん陸月。

 『むつき』じゃなくて『ろくつき』な。言いにくいだろうからロッキーでいいぜ。カッケーだろ、ロッキー。

 オレ様の話ならいくらでも…なんだよ界登の話かよ。ちぇー。オレだって界登と同じタイトル勝ってるんだぞ。

 まあいいや。界登が注目されんのだって、すっげー嬉しいもんな。


 倉林界登はオレの大事なダチだよ。

 家が隣の幼馴染で、ガキの頃から、つって今だってまだガキみたいなもんだけど、今よりもっとガキの頃からずっと仲良し。アイツの乳歯が抜ける前からベストフレンドだ。写真あるぜ。見る? こいつだよ。このカッケーのがオレ。こっちのかわいいのが界登。

 ……ああ、うん。そうだよ。界登、昔は前髪短かったんだ。

 もったいねーよな。あいつだってせっかく綺麗なツラしてんのにさ、あんな変な髪型にして半分隠さなくたっていいのに。ほら、オレはかっこいいけど、あいつだってなかなかの美男子だろ。ハンサムな選手は別に、若宮とか藤井だけじゃないんだぜ。オレとかさ。

 ほら、何度も言うけど、オレもあいつもジュニア級王者だからな。王者。

 あーでも……。

 あいつが片目隠すようになったのは、初夏大会で藤井を倒して、ジュニア王者になってからだったな。

 オレってばデリカシーがあるから根掘り葉掘りは聞かなかったけど。たぶんあの日だ。あの大会で、なんかシンキョーのヘンカってやつがあったんだと思う。

 路線違うからオレは観客席であの大会見てたんだけどさ、もう大盛り上がりだよ。大事なダチが勝ったんだから。日本一だよ。超嬉しいじゃん。で、お祝いしてやりてーし、打ち上げもしたいし、一緒に帰ろうと思ってさ。競技場の外で待ってたんだ。

 そしたらあいつ、真っ青な顔して出てきてさ。

 おかしいじゃん。あの藤井翔馬と若宮十流に勝ったんだぜ。なんでだよって思うじゃん。あいつはなんにも話してくれなかったけど。

 まさか他の奴らになんか言われたのかって言ったら、それは違うって。あいつ、当時色々好き勝手なこと言われてたから。藤井とか若宮とか、負かした奴らになんか言われたのかってオレもつい思っちまってさ。でもそれは必死で否定すんだよ。彼らはそのような者では無い、とかって。オレはそいつらのことなんも知らねーから、そんなん言われてもだけどよ。まああいつが言うんなら、悪い奴らじゃないんだろ。

 でもじゃあなおさらなんでだよって思ったけど、たぶんこれは話してくれないやつだと思って。ほら、オレってデリカシーがあるから。今あれこれ聞いてもたぶんムダだろうなって、そこで気付いたんだよな。

 だからってさ、今にも泣きそうな顔してる界登のことほっとけないじゃん。しょうがないからとりあえずその日は、オレが思いつく限りのおもしれーことをしてやったけど。あいつの美人のおふくろさんも一緒に。え? カラオケ行って、ゲーセン行って、ファミレスで豪遊。いいだろ。サイコーだろ。


 結局オレ、あの日何があったのかはもう聞かなかったけど。急にあいつが前髪で顔を隠し始めた時は、一回だけ聞いたんだ。なんでそんな、目悪くなりそうなことしてんだって。

 あいつ、すげー顔して一言だけ言ってくれた。

 「見てはいけないものを見た」って。

 こえーよな。ホラーじゃん。じゃあもう何にも聞けねーやって。

 オレにできるのは根掘り葉掘り聞くことじゃなくて、あいつの気分を明るくしてやることだなって、切替えたんだよ。

 あいつが約束守って、オレらの夢を、おっちゃんの夢を叶えてくれたからさ。

 オレも報いなきゃウソだろ。

 オレも負けてらんないし、報いなきゃいけないし、それにあいつに元気になって欲しかったから、超頑張ったんだよ。もう頑張って頑張ってすげー頑張ったの。

 で、オレもジュニア級王者になったってワケ。

 いい話だろ。

 うん。あいつ、いい奴だからさ。もちろんすっげー喜んでくれたよ。ガキの頃みたいに笑ってくれたし。髪型はあのままだったけど。

 オレはさー、思うんだよ。

 辛いこと忘れるのは難しいだろうけど、忘れらんなくても、ほかの楽しいことっていっぱい転がってんじゃん。そのへんの岩みたいにさ。

 オレはあいつの『楽しいことのほう』になれたらそれでいいんだ。

 だからまあ、そうかもな。髪型だって、オレは隠すのもったいねーなって思うけど、あいつがそうしたいんならそのままでいいんだよな。だってたぶんさ、髪伸ばしてのれんにしたいくらい、なんか見たくないもんがあったんだろ。だから見ないようにしてるんだろうな。

 もしまた見たくなったら、そんときに髪切りゃいいじゃん。

 早くあいつが辛くなくなったらいいな。

 オレまたいいこと言っちゃったかなあ。うへへ。

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