藤井翔馬の傲慢

 俺と若宮は、初めて会った日に友達になった。

 若宮は照れているのか会うたびに否定してくるが、少なくとも俺はもう親友だと思っている。

 この俺が友達だと認めたのだから、それはもう友達であるはずなのだ。


「なあ若宮。お前次どの大会出るんだよ」

 大会翌日。交流会館で運良く捕まえることができたので、俺は早速若宮の次の予定を確認することにした。

 正直、早くりたくて仕方なかった。次の大会でもまたこいつをボコボコにして、俺は上に行く。それで、いつかこいつが俺より強くなって、俺を倒しに来ればいい。そうなったら最高だと思った。何の疑問も抱かず、俺は心の底からそう思っていた。

「……あの、すんません。話しかけんとって貰えます?」

 だが若宮の返事は、随分とよそよそしいものだった。

 腹が立つほどにお綺麗な顔面は、今日もあの嘘くさい精巧な笑みで完全武装している。いや、一度種を明かした俺には遠慮などいらないと思ったのか。今日はまたえらくわざとらしい。これは作り笑いです、と頬に書いてあるような顔をしている。

「なんだよ……つれないじゃん。俺達友達だろ」

「殺っ……」

 こいつ案外ちょろいな、と思わせるほどの速度で、若宮の作り笑いの完全武装が剥がれ落ちそうになった。が、周囲に人影があることを思い出したらしい。若宮は瞬時に顔を元に戻し、惚れ惚れするような速度で猫を被り直した。

「……仲良くする相手は選ぶよう教育を受けております」

「この俺が友達ならお前の親御さんも大満足だろ」

 釈然としない。なぜこいつは俺をこんなに嫌うのだろうか。俺は第一印象でこいつを嘘くさいなと思ったのを反省して、こんなにも仲良くしようとしているのに。

 若宮は今度こそ、心底うんざりした、と言いたげな素の表情を見せた。素早く周囲を確認した後、俺にしか見えない角度を計算して顔を寄せてくる。柔らかそうな髪がふわりと揺れて、かすかな石鹸の香りが鼻孔をくすぐった。

 下から睨め付けるようにじっとりとした視線を投げて寄越しながら、若宮が言う。

「あかん、話にならん。ちょお、ホンマに話しかけんとってくれんかな。君はっきり言わんとわからんみたいやから言うけど、僕は君のこと嫌いやから。わかる?」

 わからない。

 俺は、若宮の言葉の真意を掴みあぐねていた。

 まさか、本当に俺の事が嫌いというわけでもあるまい。暫し口元に手を当て、考え込む。外で話しかけられるのが嫌いなのだろうか。一言話しかけたら二言も三言も返してくるのだから、俺との会話が楽しくない……というわけでは無いだろう。もしかして俺の事が好きだから、そのことを悟られたくなくてこんな事を?

 しばらくして、単純なことに気付いた。

 そうか、俺は他人に負けたことがないから気付かなかった。こいつは昨日俺に負けたんだった。

「わかった。悪かったよ」

「お察し頂けたようで何よりや」

 ハッ、と鼻で笑うようにして姿勢を正す若宮の頭頂部に、俺は右手を置いた。予想通り柔らかい頭髪に指を滑らせながら、二、三度撫でる。

 若宮は信じられないものを見るような目をしていた。美少年のお坊ちゃんがずいぶん間抜けな顔をするもんだ。鳩が豆鉄砲食らったみたいだ、と思ったら笑いを堪えきれなくなって、吹き出してしまった。

「はは、お前昨日俺にコテンパンに負けて悔しかったから、拗ねてんだよな。気が利かなくて悪かったぜ。まあ、早く素直になれるといいな。これからも仲良くしようぜ」


 言うが早いか、若宮の手が俺の首元にするりと伸びて、的確に頸動脈を絞めた。

 あれっ? こいつ、人を落とし慣れてんじゃん。

 そう思ったのを最後に、この日の以降の記憶は途絶えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る