緑川草太の述懐
十流さんの話かぁ。
みんな絶対俺にも聴きに来るよね。なんでだろ。
まあ、藤井って十流さんのことちょっと好きすぎるっていうか。あいつ気持ち悪いからさ。独占欲異常に強いんだよね。だからあんまり、十流さんについては踏み込んだ話してくれなかったとか…かな?
はは。当たりだ。そうなんだー。大変だね。
へー。初めて会った時の話を聞きたかったのに、急に黙っちゃったと。それでしばらくして、まあ最悪な出会いでしたよ、としか言ってくれなかったと。笑顔で。
うへぇー。相変わらず自分に酔ってんな。それじゃ記事になんないよね。お気の毒に。
そっかそっか。まあ、藤井がそこまで言うなら多分、他人に聴かせたくないくらい良い思い出なんじゃないかな。え? 良い思い出だよ。たぶん。
うーん、じゃあ俺のつまんない話でよかったら話しますよ。
俺も十流さんとの最初の出会い、けっこう最悪だったから。もしかしたら面白いかも。あ、でも、変に話盛ったりしないでくださいね。
はい。初めて会ったのは秋の大会で、あの俺が補欠でなんとか出られてー、んで優勝しちゃったやつ。下馬評めちゃくちゃにして。あっはっは。いやいやいや、ありがとう、でも当時はほんと俺期待されてる選手じゃなかったから。みんなびっくりしたと思うよ。藤井なんか「誰だてめぇ」なんて抜かしてきてさ。あれ傑作だった。
俺、十流さんとはそこで初めて顔合わせたけど、藤井とはジュニア大会で走ったことあったんだよね。でもあいつ俺の事なんかちーっとも覚えてないの。まあ当然だけどね。あいつ、興味のある相手しか見えてないんだよ。本当に。たぶん興味ない相手のことは、透明人間だと思ってるから。
それで、藤井がすっごい機嫌悪そうでさ。あいつあの大会3位だったじゃん。十流さんにも順位抜かされたうえに、俺みたいな、視界に入ってなかった相手にしてやられたのがムカついたんだろうね。俺はめちゃくちゃ面白かったよ。ちょっとほくそ笑んじゃった。その時からもう既に、藤井って十流さんのことがめちゃくちゃ好きなのダダ漏れだったからさ。…ああいや違う違う。俺そこまでデリカシーなくないよ、藤井じゃあるまいし。藤井は俺が見る限りじゃ異性愛者ですよ。むしろあいつは同性愛に理解が無い方のノンケ。俺の嫌いなタイプ。ただ、十流さんのことはなんだろう。固執していたっていうか。とにかく特別だったんだよ。ははっ、話逸れちゃった。ごめんね。
えーっと、そうだ。大好きな十流さんとの対決に水を差された藤井がめちゃくちゃキレてたのがめちゃくちゃ面白かったって話だ。俺もこの通り性格悪いからさ、表彰台降りた後も、藤井の様子が気になってしょうがなかったの。
端的に言えば油断してたんだよね。
そしたら……。
…………。
いや、うーん。
ごめん、どうしよっかな。
ちょっと待って。思い出すから。
うん、そうだな。
いやーすみません、中断しちゃって。あ、大丈夫です。続き話しますね。
端的に言えば油断してたんだけど。
十流さんが俺にデコピンしてきてさ。
デコピンですよ。ほんとほんと。
勝ったの俺なのにひでー、って思ったんですよ。
だから『けっこう最悪』。
本当ですよ。
はい。
……。
ね。意外とお茶目なところもあるんですよ。十流さん。
可愛い人ですよね。
別に記事にしてもいいですよ。
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