倉林界登の独白

 きっと一国の皇子か何かに違いない。

 名を若宮わかみやとおと云うその男は、あまりにも美しく、兎にも角にも気品に満ち溢れていた。

 豪奢な睫毛に縁取られた大きな眼、その瞳はまるで硝子細工のように透き通り、青く深く、見ているだけで吸い込まれそうであった。それに鼈甲飴細工のごとき艶やかな金髪。陶器のように細やかな白い肌。高く通った鼻筋。薄い唇。何一つ無駄のない輪郭。女性にょしょうのようなか細く麗しい顔立ちの中にも、閃く男性的な逞しさ、気迫と呼ぶべきものだろうか、そういった意志の強さが、確かな眼光となって常に放たれている。どこまでも貴公子然とした、誇り高く美しい男であった。


 そう、俺にとって若宮十流とは、貴公子そのものだ。

 だが強すぎる光だ。誰しも自然手を伸ばしたくなるが、触れればきっと火傷をする。

 あの光に近付くには、ましてや追いついて超えようとするのには、並大抵では利かぬ強い覚悟が必要であろう。そのことはもはや、誰の目にも明らかであった。

 それなのに何故俺は、あの時手を伸ばしてしまったのだろうか。

 彼の優しさに当てられて、勘違いをしたからだろうか。

 俺も手を伸ばせばそこへ行けるのだと、一瞬でも思ってしまったからだろうか。


 彼は、ほんの僅かな例外を除いて常に平等で、誰にでも公平で優しかった。俺にだって、いつだって優しかった。

 誰も寄せ付けないようでいて、存外気を許せば誰でも懐へ入れてしまうような、意外な脇の甘さがあった。

 彼はきっと、自分のことを薄情な男だと思っていただろう。だが、彼にとっての『例外』にはなれなかった俺でも、これだけは断言できる。

 若宮十流は、人並み外れて情の深い男だったのだ、と。


 きっと彼の『例外』に該当した者たちは、俺以上にそのことを痛感しているのに違いない。

 俺は例外にはなれなかった。でも彼のことはよく知っている。俺は今はそれだけで十分なのだ。

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