第14話 気をつけること

『そろそろお時間です』


 と端末から人工音声が鳴った。

 端末画面のタイムカウンターには残り9分53秒と表示されている。


「じゃあ、ここいらでお開きにしましょうか。ほら、さっさと残りを食うぞ」


 カガリが箸で肉を2枚摘み口へと運ぶ。


河岸かし変えてどこか行く?」


 ハルヒが聞く。


「俺、朝早いから無理」

「うちもや」

「ゼンは……未成年は無理か」

「ごめんよ」


 未成年を深夜に連れ回すのは御法度である。


「ゼン、さっきも言ったけど、IDには気をつけろよ」


 カガリが俺に向けて言う。


「分かってる。てかさ、俺はノーマークだろ。どう見てもさ」


 特定班は基本女性Vtuber狙い。俺みたいな不人気男性Vtuberはアウトオブ眼中。


「何言ってんだ。先月の歌枠配信でバズって、チャンネル登録爆上がりしただろ」


 それはリストラ問題のときだ。6月末までに登録者30万人を超えられなければクビということがあった。

 そこで俺は今までやってこなかった歌枠を配信して登録者30万人を突破した。


「それでもまだチャンネル登録者30万だよ」

「いやいや、最近はあの歌で実はゼンの魂は女なのではないかと疑われているんだぞ」

「何それ? 初耳」


 俺は普通に歌うと下手だが、中性的な声を使って歌うと上手くいのだ。そしてその声で歌枠をやってリスナーを驚かせた。


「もしくネカマ説」

「なんだそれは!? ひどい!」


 ネカマはひどい。


「ネナベ説もある」

「なんでだよー!」


 ネナベはネットで男のフリをした女のはず。

 どうしてそうなる?

 俺は男だよ。


「2人共、喋っとらんで口動かし!」

「「ごめん」」


 俺とカガリは急いで肉を食べる。


「てかさ、これはどうみてもニグのせいだろ」


 カガリが肉を食べつつ言う。


「なんでや?」

「注文しすぎなんだよ!」

「食べ放題やさかい、ここは全種制覇したいやん」

「するな!」


 そして食事はお開きになり、各々家路に向かった。


  ◯


 家に着いたのは夜の23時頃だった。

 玄関で靴を脱いでいると、


「遅くなるなら遅くなるって言ってよ」


 菫がリビングからやってきて、腰に手を当てて言う。


「飯はいらないって連絡はしたぞ」


 2期生の皆と食事に行くと決まった時、菫には今日の晩御飯はいらないとメッセージを送った。


「それだけでしょ。遅くなるとは言ってない!」

「普通にそれくらい分かるだろ」

「ダーメ!」

「今度からちゃんとするよ」

「待った! ……焼き肉臭い」


 菫が俺の服を嗅いで言う。


「そりゃあ、焼き肉だしな。てか、嗅ぐな。変態か」


 俺はリビングに向かうと父と薫子さんはダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた。


「遅かったな」


 父にまでそう言われた。


「仕事の皆と飯を食べてたからね。そっちは何食べたの?」


 俺はリビングのソファに座って聞く。


「麻婆豆腐と回鍋肉ホイコーロー、エビチリ」

「中華か」

「確か今日はスタジオで収録だったんだろ? 上手くいったか?」

「うん。大丈夫。まあ、面白いかどうかは……人次第ひとしだいかな」

「いつ配信なの?」


 薫子さんが聞く。


「8月の1日です」


 そこで俺は『ガンハイ』のコラボイベントと同日だと気づいた。


「どうしたの?」


 テーブルを挟んで俺の対面に座った菫が聞く。


「いや、『ガンハイ』のイベントと同じ日だと思ってな」

「ああ。ソマリアコラボだっけ?」

「知ってるの?」

「ムッチンが言ってた」

「『ガンハイ』? ソマリア?」


 ゲームに詳しくない薫子さんが聞く。


「えっとね、『ガンハイ』はゲーム名。ソマリアはあのキャラクターメーカーのソマリア。今度、その2つがコラボするの」

「コラボするとどうなるの?」

「ソマリアキャラクターを模したゲーム武器やアイテムが登場するの」

「へえ。それで2人はそのゲームをやってるの?」

「自分は一応配信者ですから」


 時に配信者不得意のジャンルでもゲーム実況をしないといけないときがある。


「私はやってないけど、ムッチンがソマリア好きだから今度やってみようって話になってる」

「今度、宮沢とやることになってるんだけど、お前もどう? 一緒に?」

「……4人1組でしょ。私達は4人揃ってるから無理だわ」

「そっか」


 残りの2人はマッチングで野良と組むしかないのかな。


「宮沢さんとやるんだ」

「えっ? ああ、そうだけど」

「気をつけてね。Vが外で異性とゲームすると荒れるから」

「バレないようにするよ」

「その宮沢さんって女性の方なの?」


 薫子さんが俺達に聞く。


「はい。学校のクラスメートです」

「この前、2人でデートしたのよ」

「な、な、デート?」


 父が急に慌てる。


「違う。白石も一緒の予定だった」

「でも結局、2人じゃん」

2だ」

「ふうん。なら明日は私に付き合ってよね」


 何が「なら」なんだよ。

 突っかかるのも面倒くさいので、


「なんだ?」

「キャンプが海に決まったの」

「そうなの?」


 俺は父に聞く。


「ああ。お盆休みに海キャンプだ。場所は茨城で車での移動になるから」

「で、キャンプになったから水着を買いに行かないとね」

「でもキャンプはまだ先だろ?」

「キャンプの前にムッチン達とプールに行くことになったの。だから明日はよろしくね」

「仕方ない」

「ついでだから充君も新しいの買おうよ」


 菫が新しい水着の購買を勧める。


「いや、俺は昨年のがあるし」

「小さくなってるとかない?」

「ここ一年、身長体重変わりなしだよ」

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