第9話 カラオケ
俺と宮沢は菫達と一緒にアミューズメントエリアのカラオケコーナーに向かった。
「私、こう見えて、上手いんだよ」
まず一番手の菫がマイクを持って宮沢に言う。
「何がこう見えてなんだ?」
ギャルはカラオケとか得意だろ……っと、それは偏見だな。
前に菫からギャル偏見は捨てろと言われていたのを思い出した。
というか、なぜ宮沢に言った?
「菫って、昔は音痴だったんだよ」
ショートヘアーの女の子が俺に教えてくれる。
名前は前田莉子。菫達はりっちゃんと呼んでいる。
「ちょっと!」
そしてメロディが流れ、菫は歌う。
この歌はVtuberの歌だ。ペイベックスVtuber星空みはりのオリジナルソングだ。
そこそこ難しい歌だが、俺は前に2人でカラオケに行ったことがあるから菫の歌唱力がどういうものか知っている。
音程ばっちし。ビブラートも決まっている。
「91点かー」
残念そうだが、どこか満足げな菫。
カラオケ採点で91点は高得点だ。
「アーティスト点はどーだろー?」
おっとりとした口調のゆるヘア女子、板田木悠里がリモコンを操作する。
アーティスト点とはここ最近カラオケで導入された音程やビブラート等の歌唱力とは違い、声質や感情、表現力で点数を付けたもの。
「あらー、67点だー。グラデーションがないってー」
「何よ!? グラデーションって!? 機械に私の歌から感情読み取れるわけないでしょ」
菫がぷんすかしてマイクを次に歌う有村に渡す。
「アーティストからアイドルまでの歌唱力をもとに表現力をデータ化してるらしいわよー」
「ならVtuberも入れなさいよー。卑怯よ!」
「それはどういう意味?」
宮沢が菫に聞く。少し詰めるような聞き方だ。
「え?」
「Vtuberで平均を下げろってこと?」
菫としては色んなデータを入れろという意味だったのだろうが、宮沢には別の意味に聞こえたらしい。
「違うよ。ただ、アイドル系Vtuberもいるから、そのデータも入れろってこと。さっきVtuberの曲を歌ってたでしょ?」
菫は両手を振って、否定する。
「あ、そういうことね。ごめん、ごめん」
アハハと宮沢は笑う。
「それじゃあ、次は私ね」
有村はオタ向けのアイドルソングを歌う。
「へえ、こういうアイドルソングとか歌うんだ」
ギャルはアーティスト系しか歌わないと思ってた。
「ムッチンは意外とアイドルとか好きなんだよ」
と前田が教えてくれた。
「そこ近いわよ!」
菫が指をさして注意をしてくる。
「隣だしー」
前田はイッヒヒと笑う。
「あらら点数は83点だねー。あっ! でもアーティスト点は91点だよー」
「あらら、私、アーティストよりなのね」
どこか勝ち誇ったように有村は言う。
「じゃあ、次は私だー」
と板田木が歌う。
曲は東野カナで『会えなくて』。
「ほう」
板田木の歌声を聞いて、俺はつい声を漏らした。
普段はおっとりした口調なのに歌となるとセクシーな大人の声になる。歌もちゃんと感情が乗っていて、正直上手い。
「点数は93点かー。アーティスト歌唱力も93点かー。同じかー。うーん、残念」
「いやいや、普通にすごいよ。アーティスト点も93点って。かなり高い方だよ」
カラオケの歌唱力点は音程とビブラート等の技術によるもので練習すれば誰でも高得点は取れる。
しかし、アーティスト点は本人の声質という努力ではどうしようもないものも含まれている。
その上で93点は高い。
「ありがとう。でも全国順位は……ほら、低いよ」
全国順位5061番。それは全国のいろんな人が東野カナの『会えなくて』を歌っての順位。
「でも上手かったよ」
「ありがと。次はりっちゃんだね」
「よーし、私も歌うぞー」
マイクを片手に前田が歌い始める。
曲は韓国のアイドルソング。
「あらら、すんごく平凡な点数だ」
歌唱力87点、アーティスト歌唱力83点。
まずまずといったところか。
「次は充君だね。何を歌うのー?」
板田木が聞く。
「五代君の歌?」
「待て待て、声変わり前の歌だ。今は無理だ」
五代君の歌とは俺が五代昴という子役時代に出した歌。
ターゲットも園児や小学生低学年を狙ったもの。
今の俺には恥ずかしくて歌えない。
「アニソンの『月と隕石とクラゲ』」
俺は本来の声で歌うとどうしも下手になるという謎の性質がある。だから声を変えないといけない。
今まではそういうのを隠してきたが、ここ最近はリストラ事件のせいで隠すのをやめた。
もちろん、声を変えて歌うと虎王子ゼンとバレる可能性があるので、俺は少しだけ変えつつ歌う。
「おお! すごい。声が違うように聞こえる」
有村達が称賛して手を叩く。
「どうも」
ただ点数はどちらも普通だった。
そして俺は宮沢にマイクを向ける。
「宮沢?」
「あっ! うん、次、私ね、オッケー」
目をまん丸して驚いていた宮沢はハッと気づいてマイクを受け取る。
どうしてそんなに驚くのか?
俺のカラオケで有村達も多少は驚いていたが、宮沢ほど驚いてはいない。
「よーし。それじゃあ、私もとびっきりの歌を歌おうではないの!」
なぜか宮沢は意気込んだ。
本当にどうしたんだ?
「うえっ! odaの『破壊掌』じゃん!」
菫がスクリーンの歌のタイトルを見て驚く。
「これは超難しいよー」
板田木も口に手を当てて驚く。
odaはがなり声が特徴で、歌うには最低限がなり声を習得してなくてはいけない。
さらに、この『破壊掌』はodaの中で最も難しいと評される曲。高速ラップにハイトーン、ときおり挟むねだり声、喧嘩腰の巻き舌。さらに息継ぎが難しく、タイミングを外せば大変なことになる。
一時期はあまりにも難しくて歌えなさすぎたので、『破壊掌』を歌えた人が自慢げに動画をアップした。するとその動画はみるみる再生数を伸ばし、それを機に他の人々が『破壊掌、歌ってみた』と動画をアップした。
けれど、そのアップされた動画のほとんどが合成だった。
それだけ、この歌は難しい。そう──難しいのだ。
それを──。
宮沢は──。
歌ったのだ!
この場にいる全員が止まった。
何も言葉を発せず、ただ宮沢から発せられるその歌声に耳を傾けた。
──そして曲は終わった。
静かさの中、誰かが、パチリと手を鳴らした。
それから次第にパチパチと拍手が呼応するかのように鳴り響く。
そしてそれは部屋の中だけではなかった。
外──廊下からも、この部屋から漏れ出た宮沢の歌声に拍手をしていた。
「すごい! すごい! ええ!? 何? 鳥肌立った!」
菫が拍手しつつ、答える。
「見て! アシスト要請がされてるよ!」
有村がスクリーンを指す。
そこには『あなたの歌声を当社のカラオケ・アシストに推奨してもよろしいでしょうか?』と表示されている。
カラオケ・アシストとは歌の音程やリズムがズレた時に、歌を流してその歌い手を元の音程やリズムに誘導するアシストシステム。
要はこういう歌だから、合わせて歌えということ。
ちなみに歌っている最中にアシストが発生すると、それは下手だと言われていることでもある。
「普通こういうのって、テストがあるんでしょ?」
カラオケで歌っている時は他の人の話し声やタンバリンやマラカスの音が邪魔をするのでアシスト要請はされにくい。
しかし、今回は皆が、押し黙っていたことも相まってか、アシスト要請された。
もちろん、本人の歌唱力が優れたのも要因である。
「点数やばくない? カラオケ点が99点、アーティスト歌唱力99点だよ!」
前田がスクリーンの点数を指差す。
「すごい! ちょっと写真撮っていい?」
そして女子達はスマホをスクリーンに向けてカシャカシャと写真を撮る。
「で、どうするのアシストの件。OK押しとく?」
俺は宮沢に尋ねた。
「う〜ん。どうしよう?」
「やりなよ。すごいことなんだから」
有村がカラオケ・アシスト要請の許諾を勧める。
「それじゃあ、OK押そうか」
意外にも宮沢はあっさりと決めた。俺はてっきり『他の人に私の歌声を聴かれるのは恥ずかしい』とか言うと思っていた。
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