第8話 クレーンゲーム

「うっちー、これ、お隣の国で流行ってる理不尽クレーンゲームだよ」


 宮沢が嬉々とした声で俺の腕を引っ張り、とあるクレーンゲームに寄せる。


「なんだそれ?」

「知らない? 全然取れないことで有名」

「難しいってこと?」

「違う違う。理不尽なの。ここ見て!」


 宮沢は案内版を指差す。


『本ゲームは一定数に達すると絶対に取れるようになっております』


「絶対取れる?」

「そう。あまりにも理不尽だから一定数やると絶対に取れるようになってるんだよ。これだと10回だね」


 100円玉投入口と1000円投入口があり、1000円だとプラス1回のチャンスがある。

 なるほど。1000円入れると最後の1回で絶対取れるようになってるんだな。

 ちなみに景品は手のひらサイズのハムスターのぬいぐるみ。


「うっちー、やってみようよ」

「しゃあない。1回やってみるか」


 正直景品には興味なかったが、この経験を雑談配信で使えるかもしれない。そんな意図を持って、俺は挑戦してみた。


「待って! カメラ回して良い?」

「写真?」

「ううん。動画」

「なんでだよ」

「あとで白石に見せようかなって」

「別に見せなくてもいいだろ」

「大丈夫。ネットには載せないから」

「仕方ないな」

「ありがとう」


 宮沢はスマホで撮り始める。


 俺は千円札を投入口に差し込み、プレイを始める。


 三本指のアームがまず横に動く。そして次に奥に。

 俺は狙い通りにアームを的の上に定める。


「よし」


 ボタンを離すとアームはゆっくりと降りる。


 そして三本爪でハムスターのぬいぐるみを掴んだ。

 アームはゆっくりと持ち上げ、ぬいぐるみを


「……は?」

「アハハハハ」


 隣で宮沢が爆笑している。


「え? 何? 今、投げたよな?」

「投げた。暴投した」

「なんでだよ?」

「これはそういうクレーンゲームなの。言ったでしょ? 理不尽クレーンゲームだって」

「理不尽過ぎるわ!」

「他にも色んなアクションをするんだよ」

「いらねえアクションするなら取れねえよ!」

「いやいや、中には取れるような動きもあるんだって」


 その後、理不尽なアームのアクションに俺は翻弄された。


「落とした!」

「アームの力が弱かったのかー」


「途中で降りるのを辞めたぞ!」

「うーん? 短気なのかな?」


「掴んだら逆方向に進んで落としたぞ」

「アハッ、帰り道、間違えたのかな?」


「掴んでねえよ! アームが開きっぱなしじゃねえか!」

「掴みたくなかったのかなー?」


「爪一つしか動いてねー!」

「おっ! でも輪っかに通ってるよ!」

「本当だ? これはイケる?」


 だが、ハムスターのぬいぐるみは惜しくも落ちてしまった。


「惜しい!」

「今のがイケるパターンだよ」

「今のが?」


 それ以降、結局取れることはなく、11回目を迎えた。


「これで絶対取れるんだよな?」

「本当だよ。やってみて」


 俺はボタンを押す。

 するとなんとアームが高速で、しかも左や奥といった動きではなく、普通に斜めに動いてハムスターのぬいぐるみを掴み取って、出口に落とした。


「なんじゃあ、こりゃあ!」

「アハハハ、最後はセンサー付きで自動操縦だったね」

「ほら」


 俺はハムスターぬいぐるみを宮沢に渡す。


「え?」

「いらんのか?」

「えっ、あっ、じゃあ、ありがとう」


 なぜかしどろもどろになり、ぬいぐるみを受け取る宮沢。


「よし。では、うっちーのぬいぐるみは私が取ろう」

「え? いいよ、別に」

「というか景品ではなく、一度このクレーンゲームをやってみたかったの」


 宮沢は1000円札を投入口に差し込む。


「あっ、私のプレイを撮って」


 と宮沢はスマホを俺に渡す。


「おう」


 2人分の動画なんて必要かなと思いつつも俺はスマホを構えて宮沢のプレイ動画を撮る。


  ◯


「いやあ、一度パターンを知るとあまり面白味がないね」

「ならやるなよ」

「一度はやってみたいと思ってたのよ」


 今、俺の手には宮沢が取ったハムスターのぬいぐるみがある。

 さて次はというところで宮沢が前を見て固まっていた。

 なんだと思い、俺も前方を見る。


 そこには──。

 菫達ギャル4人組がいた。


 その菫達はまるで驚愕のものを目撃したような顔をしている。


「友達と遊びに行くと言ってたけど……デートだったんだ」

「違う。白石が風邪で行けなくなったんだよ」

「それでデート」

「デートじゃねよ。そう見えるのか?」

「見えるよ。お揃いのぬいぐみまで持って」

「違う。これはあのクレーンゲーム景品だ」

「ふうん」


 菫は疑いの目を俺に向ける。


 仕方ないので俺はスマホを取り出して白石とのメッセージのやり取りを菫達に見せる。


「ほら。風邪だって書いてるだろ?」

「……そうね」


 まだ疑ってるようだ。


「ねえねえ、私達これからカラオケに行くんだけど。一緒にどう?」


 有村が俺と宮沢に聞く。


 有村達はギャルで宮沢はオタク女子。

 合わないだろうなと考え、俺がすまんがと言おうとした。が、その時、宮沢が「いいね」と先に言った。


 おいおい、大丈夫なのか?


 宮沢は問題なさそうな顔をしているので、それなら俺は「まあ、いいぞ」と言うしかなかった。

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