第6話 映画

 白石達とは昼10時20分に駅のロータリー側出入り口で待ち合わせをしていた。

 俺が約束5分前に到着すると宮沢がすでに到着していた。


「お! 早いな」

「おいおい彼女を待たせるなよ」

「いつ俺の彼女になった?」

「てへり」


 宮沢は茶目っけに舌を出して言う。


 今日の宮沢は肩口が青色の白のシャツとデニム、靴は赤のスニーカーといった装い。


 彼女というからには、もう少しオシャレしてからこい。


「白石は?」

「あいつ、まだなの。このままだと始まっちゃう」

「いやいや、まだ45分もあるぞ」


 映画館のあるゼノンモールは目と鼻の先。15分もあれば余裕。


「おいおい、始まるのが11時で、それまでには着席するのがマナーだろ」


 確かに15分くらい前には着席している。

 ジュースやポップコーンを買うならさらに時間前に行動しないといけない。


「なら、もう少し早めに集まるべきだったな」

「うっちーは電車だから仕方ないよ」


 うっちーとは俺のこと。なぜか宮沢だけがうっちー呼びする。


「おっ! 白石からメッセージだ」

「私にも届いた」


『すまない。夏風邪だ。微熱程度なのだが、咳がやばい。迷惑をかけるとあれなので今日は休む。2人で楽しんでくれ』


「夏風邪か。そういえば終業式でちょっと咳き込んでたな」


 体育館での全校集会の時、うるさかったのを覚えている。


「あいつは体調管理がダメダメだからね」

「仕方ない。2人で行くか」

「だね」


  ◯


 今日、宮沢と観る映画は『魔法少年マナカ・マグラ〜約束のカナン〜』というアニメ映画だ。


 『魔法少年マナカ・マグラ』はそれなりに一般の人にも知られているが、客層は小学生の姿はなく、ほとんどがいかにもオタクみたいな大人ばかりである。


(でも、女性も多いような?)


「ねえ? 私達って周りにはどう見えてる?」


 列で待っている時に宮沢がそんなことを聞いてきた。


「ん? んんと、兄妹?」

「ええ!? 恋人には見えない?」

「恋人ならもっとそれなりの服を着てこいよ」


 シャツにデニム、スニーカーでは恋人には見えんだろ。どう見てもちょっと買い物で着た外行きの服だ。


「ふむふむ。どんな感じの?」

「え? そうだな……ワンピとかミニのスカとか? 可愛らしい靴とか。あとは……女の子らしい服?」


 女の服の種類なんて知らないので大雑把に答える。


「なるほどねー。可愛ければ良いと」

「まあな」


 開演15分前になり、扉が開いて列は館内へ進む。


「ジュースとかはどうする?」

「いらない」


 宮沢は即答した。その声にはどこか暗さがあった。


「そうか」


 そして俺達は館内入り口で来場特典のネガ貰い、指定された席に座る。席は中央より少し前の右側。なかなかの好位置。


「どんなネガだった?」

「マナカの顔アップ。そっちは?」

「マナカの戦闘シーン」

「いいじゃん」

「背中向けてるやつだけどな」

「ハハハ」


 俺はショルダーバッグにネガを入れる。そしてスマホの電源を切る。


「宮沢はジュースとか飲まないんだな」

「うん。トイレ行きたくなるしね。それにポップコーンも好きではないね」

「どうして?」

「口に残るから」


 と宮沢は眉を八の字にさせて言う。それと同時に館内が暗くなった。


「始まるね」


 宮沢が少し声を弾ませた。


「ああ」

「知ってる? 最近、赤羽メメ・オルタの影響で『魔法少年マナカ・マグラ』が再熱しているらしいよ」

「本当か? 劇場版が公開だからじゃねえの?」

「それだけではないらしいよ」

「さすが今話題のVtuberだな」

「ねえ? うっちーはジュースとか良かったの? 別に私のことは気にしなくても良かったんだよ」

「俺もあまり飲みたくなくてね」


 席にはジュース置き場が左右にあるけど、どちらに置けばいいか迷う時がある。

 しかも両方塞がっている時もある。そういう時はずっと持ってないといけないし。


 そんな経験からかあまり映画館でジュースを飲みたくないのだ。


「白石は1人で観るのかな?」


 1番観に行きたかったのは『マナカ』ファンのあいつだった。今日来れなかったことは悔しいことだろう。


「その時はうっちーよろしくね」

「2回も観たくねえよ」

「面白かったら2回観たりしない?」

「時間を置けばな」

「1週間?」

「1年だな」


 そして館内が暗くなってからしばらくすると幕があがった。

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