第3話 雑談配信①

 今日はペイベックス男性Vtuberの2期生達と雑談配信。


『えっ!? 夏休み!? そうか夏休みか……もうそんな時期か』


 俺が今日から夏休み宣言をするとアバターが青髪の猫耳少年が驚く。彼の名は来栖ハルヒ。


「うん。昨日から。どうしたの?」

『……いや、ちょっと古き時代が』

「ハルヒにとっては20年前だもんね」

『20年は違うよ。ちょっと数年前だから!』


 設定では18歳となってるが、実際はプラス10でアラサー。


 そのことはすでにファンへはお伝え済みである。


「じゃあなんで古き時代とか言うのさ?」

『うっ!?』

「あ、20年はニグだっけ?」

『ちゃうわ! やめんかい!』


 髪が緑色の青年が突っ込む。関西弁を使う彼は筑前ニグレド。キャラは22歳、中の歳は30。このことも周知化されている。


「アハハ」

『クソッ、これやからリアルキッズは!』


 ここにはいないが2期生にはもう一人、眼鏡をかけた黒髪の青年がいる。名は犬葡萄カガリ。本当は彼も一緒にコラボ配信の予定だったけど、喉調子が悪いとかで今日はお休み。


『夏休みはどうするんや?』

「う〜ん。特にないかな。あっ、家族旅行くらいかな?」

『どっか行くんか?』

「行き先はまだ決めてないよ。ニグは?」

『う、うちは……ない』

「ハルヒは?」

『ふっ、分かりきってることを聞くなよ』

「ないんだね。何かカッコつけてるのさ、あるのかと思ったよ」

『ううっ!』

「夏だよ。遊びに行かないの? 海とか?」

『リア充爆死しろ!』

『せや!』


 二人が吠えた。


「どうした二人共? トラウマスイッチでも入ったの?」

『べ、別に』

『なんもあらへん』

「ふうん。じゃあ、ビーチでナンパとかしてた?」

『出来るか!』

『やめろー!』

「チー牛には高難易度と言われてるよ」


 コメントには『ナンパしてこいはチー牛には死刑宣告と同じ』と書かれている。


『俺、そのチー牛呼びには反対なんだが』


 ハルヒが妙なところで引っかかった。


「どうした?」

『牛丼屋には行くよ。牛丼好きだから。でも、チーズ牛丼って頼むか? そもそもトッピングなんてするか?』

「ならハルヒはいつも並なの?」

『いや特盛』

「太るぞー」

『それは今は置いといて、俺の周りでトッピングするやつって女しかいない』

『女? 右手の恋人か?』


 ニグが平然と下ネタをぶっこむ。


『ちーがーうー! 母と妹が2人。実家暮らしの時、俺と父はトッピングしないけど母や妹はトッピングをするんだよ。母はすりおろし大根とか山芋。妹達はチーズとかキムチとか』

『そう言われても、それ自分んとこだけちゃうんか?』

『ならニグはチーズトッピングするのか?』

『ん〜、せえへんな。うちは持ち帰りか宅配アプリ使って牛丼並2つ注文や。ゼンは?』

「俺も牛丼屋で食べることはないな。宅配アプリで注文。トッピングはしないな」

『だろ!』


 ただここ最近は親の再婚で料理係は菫が担当してるから牛丼も食べてないな。

 なんか無性に食べたくなってきた。


『なのにどうしてチー牛なんだ?』

「さあ? コメントにはダブチ起源説とかチーズカレー起源説がある」

『なんやその起源説は?』

「ええと、初めに陰キャの好物がダブチやチーズカレーで。そこからチーズ牛丼も好きとなり、そして『あの人いつも独りでチーズ牛丼を食べるよね』という言葉がバズって、そこから陰キャ=チー牛が定着したとコメント欄に書かれている」


 リスナーがわざわざ赤スパで説明してくれた。


『一体誰だ言い初めた奴は? こっちはそれのせいで面倒なことになったんだぞ!』

「どうしたハルヒ?」

『さっき妹がいると言ったよな』

「うん」

『家族で食いに行った時、妹がチーズ牛丼を頼んだ』

「うんうん」

『その後、店員が俺の前にチーズ牛丼を置いて、妹の前に特盛を置いたんだ。途中から入店した若い大学生くらいのグループ客がそれを見て、チー牛がチー牛を頼んでるみたいなニヤニヤ顔を向けてきたんだ』

「イラつくよな。そういう客って」


 ハルヒのような話ではないが、俺も子役の時、勝手に撮られることが多々あった。

 そういう無作法な奴は本当にムカつく。


『で、妹が特盛とチーズ牛丼を置き換えて、チーズ牛丼を食べたんだよ』

「まあ、自分が注文したものを食べるよね」

『そしたら大学生グループの客が声を出して驚き、そしてクスクスと笑ったんだ』

「なるほど」


 チー牛のハルヒではなく妹が食べ始めたのは彼らにとって驚きだったのだろう。


『家に帰ると妹は大激怒したよ。お前のせいで笑われたと。俺は何も悪いことしてないのに。ひどくない?』

「可哀想な話だな」

『ニグはどう思う?』

『え? せやな、可哀想やな』

『なんかドライだぞ。話聞いてたか?』

『いやいや、そんなことはない。ちゃんと話は聞いてた。聞いてたからこそ、その苛立ちは分かる。人が何を食べようとそれは人の勝手や』


 とニグがうんうんと頷く。


「ならチーズ牛丼を注文できる?」

『いや、せえへん』

「秒で言動不一致だぞ」

『やっぱ笑われるのはあかんわ。チーズ牛丼頼む時は宅配アプリ使わなあかんな』

『なぜ世の中は陰キャには厳しいんだ!?』


 ハルヒが声を大にして嘆く。


「見た目だけでも変えたら? 陰キャでなくなればチーズ牛丼も注文出来るだろ?」

『それは整形しろと?』

「いや、痩せるとかさ」

『ハゲはどうしろ? 顔のパーツはどうしろと?』

「いやいや、お前ハゲてないだろ。顔だって周りから普通って言われるんだろ?」


 前に『俺、普通って言われるんだよねー』とぼやいていた。


『普通っていうのは何の変哲もないつまらない顔って意味なんだよー! チキショー!』


 またハルヒは大声で嘆く。


『ハルヒの気持ちは分からなくもない。俺も普通やしな。それに比べてゼンはええやん。顔がいいんやし?』

「そうかな? 僕はニグのおっさん顔も良いと思うぞ」

『おっさん言うな! まだアラサー!』


 俺からしたらアラサーはおっさんなんだが。……これは言わないでおこう。


「てか夏の話から逸れてるぞ」

『ホンマや。なんで見た目の話になったんや』

「色々あってね。それで、夏といえば何かあるかな?」

『夏といえば夏休みの宿題や』

「いきなりその話題かよ」


 どれだけ夏の話題がないんだよ。


『ええこと教えたるわ。夏休みの宿題わな。ローテでやるんがベストや』

「ローテ? ローテーションのこと?」

『せや。5教科の科目を1人1科目担当して、それを5人で宿題を回して写しあうんや。そしたら簡単に終わる』


 コメント欄には『クズや』、『ニグは悪知恵だけある』、『それな』とか書かれている。特に『それな』という書き込みが1番多い。


「へえ。ニグはローテで切り抜けたのか?」

『……まあな』


 ん? なんか間があったぞ。


「ハルヒも?」

『お、おうよ』


 なんか返事がおかしい。


 コメント欄を見ると『友達がおればの話』、『苦手科目を押し付けられる』、『教師にバレたら大変』とある。


 なるほど。


「ぼっちは1人でやってたと」

『うっ!』

『やめー!』


 2人が胸を銃弾で撃たれたかのように苦しむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る