第26話 勝った!【羽村美希】
虎王子ゼンの登録者数が30万人を超えた時、私は声を上げてガッツポーズをしていた。
その時は会社にいて、部屋には私しかいなかったので助かった。
それにしても、まさかあんな秘密兵器を持っていたのは驚きだ。
女性の声で歌を歌ったのだ。
男性が裏声や高音で歌うこともあるが、それでも女性という声音は難しい。頑張ってもオカマか。それが完璧に女性よりの中性的な声を出したのだ。
私の知る限り、そんな声音を持つのはゼンくらい。
ファンやリスナー達……いや、世間もゼンの歌声に驚き、SNSのトレンドにも一位に虎王子ゼン。続いて二位にもゼン繋がりで女性というワードがランクイン。三位には歌枠。
さらに切り抜き動画もミリオン越え。
これはすごいことだ。
これなら上の連中も存続には文句は言わないはず。
さて、雪村は今、どんな顔をしているよか。
ちょっと確かめてみよう。
私は部屋を出て、タレント課へと向かう。
雪村に会いにタレント課に向かうとお通夜が始まっていた。
「あれあれ? 暗ーい。誰か亡くなっちゃったのかな?」
私はわざとらしく大声で雪村達に向けて言う。
「うざい」
「あれあれ? おっかしいなー? 前に同じことをした奴がいるんだけど? 誰だっけ?」
私は首を傾げながら、でも口元は笑いながら雪村に聞く。
「何しに来たんだよ」
「そりゃあ、もちろんゼンについてよ。うちのゼンが先程、登録者数30万人突破したので無事クビ回避したから、そちらに預けることはなくなったとお伝えに来たのぉ〜」
雪村が悔しそうに唇を噛み、返しができないでいると、雪村の上司にあたる禿げ散らかした部長が割って入って来た。
「でもなクビになるってのはリークされてんだ」
「それは嘘ってことになってますよ」
私はタレント課の部長さんを睨む。
ゼン達もリークはフェイクだって明言した。
「本社が嘘でなかったと言うだけだ」
部長さんが私に睨み返す。
「その時は条件が30万人突破だったということを公表します」
「ならこちらはそれは嘘だと言う」
「はあ!」
私は部長に詰め寄る。
「リークを嘘だと言ったんだろ。それが本当だったとしてら嘘をついたのはお前達だ。今更、誰がお前達の言うことを信じる?」
「な!」
今度は私がつぐんでしまう。
「そうだ! お前らもお終いだ!」
水を得た魚のように雪村が喚く。
「それはどうかしら」
そこへ第三者声が割り込む。
(その声は!)
振り向くと40代の女性がいた。
「小暮さん!」
「どうしてあんたがここに?」
部長さんは忌々しく言う。
そういえば、小暮さんはタレント課にいたんだ。この部長さんとも顔見知りということか。
「久しぶりですね。乾さん」
「今更、何の用だ?」
「何って虎王子ゼンのことで喚いていらっしゃったので」
「お前には関係ないだろ?」
「ありますよ。彼は我が社のVtuber」
「アーティスト課となんの繋がりがあるっていうんだ?」
「おやおや、お忘れですか? Vtuberもアイドル。歌を出すんですよ。歌を出す場合はこちらも関わるのは当然ではありませんか?」
アイドル課は独自に歌をリリースするが、Vtuber課は歌をリリースする場合はアーティスト課に手を貸しもらうシステムになっている。
「チッ」
「ですので、これから歌をリリースするのに、クビだのなんだので、邪魔されると困るんですよ」
小暮さんは口元は柔らかいが、目が睨め付けるよつに鋭い。
「リストラ条件が登録者数30万人というのはこちらも聞いておりますので、邪魔しないでくださいね。さ、羽村さん、今後のお話をいたしましょう」
そして私達はタレント課を出て行った。
「あれで大丈夫なんですか?」
「ええ。リストラ条件はきちんと決まってたことだしね。もしそれを無視して強行したら、それこそ彼らは終わりでしょうね」
そして小暮さんはスマホを取り出して、
「SNSではゼンことでいっぱいじゃない。トレンドも上位を独占。これでゼンをクビにでもしたら大変よ。大炎上待ったなしよ」
そう言って小暮さんは私の背を叩く。
「あの子もやっと歌ってくれたし、リリースの話をしましょう」
「あれ? 小暮さんは知っていたんですか? ゼンの歌声について」
私がそう聞くと小暮さんは少し、目を逸らして、
「彼が子役の頃に曲を出したでしょ? その頃、私が担当してたのよ。それに小6の頃の彼を知ってたからね。だから声については……色々とね」
どうしてアーティスト課の小暮さんがVtuber課に味方をしてくれていたのか疑問だっだか、合点がいった。彼女の行動はゼンのことを思ってのことだったのか。
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