第25話 歌枠
パソコンのスクリーンにはとある画像が映っている。それは歌枠配信のためのサムネイル。
いつかはやらないといけないと思って、歌枠のサムネイルは前から作っていた。
「まさか使う時がくるとはな」
俺は息を吐き、マウスを操作して、配信の設定を終わらせる。
「……やるか」
胸の前で拳を握る。
緊張は……している。今までない以上に。心臓も
これが最後のチャンス。
やらなくてはいけないことで、虎王子ゼンを守るために。
決意を固め、俺は配信をスタートさせる。
「皆、こんばんわー。虎王子ゼンだよー。今日は初の歌枠をするよー」
コメント欄には、
『初歌枠』
『オンチという噂があるがはたして?』
『ゼンだけ歌がない秘密がとうとう明らかに!』
『鼻歌下手だったような』
皆、懐疑的なコメントばっかだな。まあ、それも仕方ないだろう。今まで一度もやってなかったんだから。
「まず皆に話すことがある」
『なになに?』
『オンチ宣言?』
「今まで歌枠をしなかったのには……まあ、なんて言うのかな、上手く歌おうとすると結構喉に負担がかかるんだよね。だから、避けてたんだよ。でも、今日は解禁しようと思う」
一度深呼吸をして、
「それじゃあ、聞いてくれ。最初の歌は『月と隕石とクラゲ』」
俺がそう告げるとコメント欄には否定的なコメントが流れる。
『これ難しい曲だぞ』
『一曲目やばくない?』
『初手に難易度が高い歌を選んで大丈夫か?』
『そもそも声が合うか?』
『男が歌って大丈夫か?』
そう。この歌はハイトーンボイスが必要で難しい。さらにこの歌は男性が歌うには合わない。
メロディが流れ始める。
コメント欄にもコメントが流れる。
『やめるなら今』
『赤っ恥をかくぞ』
『骨は拾ってやる』
ひどいな。
いや、それが普通の反応。
けれど俺は歌う。
俺は声を女性にする。中性的なような、少し男勝りだけど、皆がそれでも女性だと思う声を。
第二次性徴期に俺は母のためにそれまでの──女の子のような声を出し続けた。
そのせいで俺は女性よりの中性的な声を出せる様になった。
そしてその声を歌に乗せることができる。
唯一のデメリットは普段の声では歌が下手くそだということ。
ちらりとコメント欄を伺う。
コメントは静けさを持って一度止まる。
でも、少しして、一気に奔流される。
賞賛、驚愕、感動、絶句、興奮。
様々な感情を表した言葉がコメント欄に流れる。
良かった。
でも、ちょっと俺は複雑だった。
あまり好きではない声。
使いたくない声。
それを歌に乗せるのだから。
一曲目が終了してもコメントは拾って読むのも難しいくらい速く流れている。
「皆、どうだったー?。次は『パープル・ローズ』だ」
休みなしで二曲目をスタートさせる。
この曲は女性の強気な感情を吐き出すロックである。歌詞も怒りや暴言が多く、強気な感情を乗せるためか、難しい曲。
それでも俺はその曲もなんなく歌う。
むしろこの声では楽な方でもある。
「ふひー、疲れたので、ちょっと休憩」
コメントにはこれまた賞賛の嵐。そしてスパチャも今まで以上に多かった。
水を飲み、一息つく。
「よーし、次は『箒星』」
この曲を歌っているアーティストも中性的な声を持つ女性で男女問わず熱狂的なファンが多い。
そのため下手に歌えば、このアーティストのファンから攻撃を受ける。
でも大丈夫。今の俺の声に似ているから。
歌うとスパチャが流れ続けた。
よかった。好意的であって。
それにしても、ずっと色のついたコメントなんて初めての体験だ。
ふと登録者数を見ると30万人を突破していた。
◯
どうだったと聞く前に菫が、
「すごい! あの声何? え? 本当に充君なの? 女性だったよね?」
「Vtuberだから声を作れるんだよ」
「いやいや、女だよ。女の人がいました。コメントもそればっか」
菫の言う通り、配信後にコメントを見直すと『ゼンは女性なの?』なのが多かった。
「それにやったじゃん! 登録者30万人を超えたよ! クビにならなくて済むんだよ」
菫は興奮を抑えられず、ピョンピョン跳ねている。
そう。登録者数が30万人を超えた。これでリストラは回避だ。
「おっ! 電話だ。菫、静かに」
「うん」
ディスコでカガリ達からディスコで着信が来ていた。
「もしもし」
『すげーじゃん! 何だよ、あの秘密兵器』
『なんちゅーもん隠しとったんや』
『すごいよ。登録者も30万人突破だよ。これで皆、存続だよね』
「皆、ありがと。そしてこれからもよろしくな」
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