第21話 赤羽メメ・オルタ
家のリビングにいた。でも、今とは違う懐かしい風景。
まただ。
また夢を見ている。
子供の俺が飯を食べている。食べているのはハンバーグ。母が作ったハンバーグ。
そしてテーブルを挟んで対面に母が座っている。
じっと私が食べるのを観察している。
これは食事ではない。
演技の練習。
きちんとナイフを使い、ハンバーグを切ること。そして下品な音を立てずに食べること。
その練習。
時折、演技とは関係なく感想を聞かれる。
俺は素直に答える。
すると母は怒る。
「これは食レポの練習よ。褒めるように」
俺は考えて答える。
でもボキャブラリーの少ない子供の俺には美味しいとか、ジューシーとかその程度しか言えない。
怒られる俺。
叱られる俺。
正解を知らない俺は泣く。
ハンバーグの味が分からなくなる。
何が美味しいのか分からなくなる。
◯
目が覚めると汗をかいていた。
最近は真夏日と気温が増え、クーラーが切れると汗をかいてしまう。
だけど、今日だけはそれだけではない。
夢のせいだ。
あんな夢を見たから。
でも、どうして?
コラボもRTAもこれといって成果を見せなかったからだろうか。
そのせいで……。
俺もどこかで焦っているのだろうか。
それとも……。
俺は
「今日は凸待ちか」
凸待ち。やって来たVtuberと会話をする配信。
一応、ペイベックス女性Vtuberにも凸待ち配信についてメッセージで送っておいた。よければ来てくれと。
……来るだろうか。
可能性は低いだろう。
◯
ペイベックス男性Vtuber達の凸が終わり、しばらくは他のVtuberからの凸を待ったが、誰も現れないので配信を終わらせようかなと考えていた時、それは現れた。
『あっ。もしもし』
弱々しくこちらを伺うような声音を発して女性Vtuberがやってきた。
名は赤羽メメ・オルタ。
Vtuber赤羽メメのリアルの姉で、配信事故でVtuberになったという経歴を持つど素人の人だ。
「えっと、凸にありがとう」
凸待ちするので気軽に来てくださいとメッセージを送ったが本当に来てくれるとは思わなかった。
『……』
ん? どうしたんだろう。黙り始めたぞ。
『……私、凸初めてなのですが……』
あー。なるほど素人だからどうすればいいのか分からないのか。
そして素人だから男女間のコラボNGのことを知らないのか。いや、あれは凸には関係ない。けど、この人はたぶんそういうのも知らないのだろう。
「基本フリーだけど、トークテーマがあるので好きなのを選んで」
トークテーマは最近ハマっているアニメ・ゲーム。最近起こった出来事。嬉しかったこと。今後やってみたいこと。最近見た夢。フリートーク。
『それじゃあ、最近起こった出来事で』
本当にトークテーマから入った。こういうのって会話をしてからトークテーマに入るのだが。
まあ、初心者だし、仕方ないか。
「お! 何かあったの? あっ、リアルがバレるような駄目だから。できればV関係のことがいいな」
『それじゃあ、ホラーゲームで夜闇さんとコラボしたんですよ』
「うんうん」
『で、ゲーム中に同人誌の話になったんですよ』
「へえ同人誌か」
(ん? なんで?)
『その時、同人誌が何なのか私、知らなくて』
「知らなかったの」
『はい。それで妹なら知ってるだろうと思って、妹は同人誌好きですって言っちゃったんですよ』
思い出した。これ少し前に話題なったやつだ。
『そしたらメメに同人誌が送られてきて、メメが怒っちゃったの。しかも配信中に』
正確には切れ忘れだったはず。
「それは大変だったね。オルタは知らなかったの? 同人誌がどんなのか?」
『全くの初耳で』
オタクなら知っていることだけど、知らないとなると本当にただの一般人なのかな。
試しにゲームやアニメの話を交えてみた。
『魔法少年マナカ・マグラは知ってますよ、まだ最後までは見てませんけど』
そういえばマナカ・マグラの同時視聴配信してたっけ。
『ゼン君のオススメアニメとかある?』
「大阪アベンジャーズとかヒーローズ・スクールとかかな」
その後はフリートークも交えて、15分くらい会話をした。
『それでは失礼しまーす』
「ありがとうねー」
◯
赤羽メメ・オルタの影響か、この配信で登録者数が1万増えた。
「オルタって、すごいのね」
菫が驚きの声を放つ。
今は配信が終わり、俺の部屋で菫と今後の話をしていた。
そして登録者数を調べていたら、1万も増えていて俺達は驚いていたのだ。
「珍しい人だからな」
「たしか事故で配信してしまった人なのよね?」
「ああ。その後、アバターの素は同じだが、色違いのキャラ──つまりオルタを担当したってこと」
「ええと、それってメメが使うアバターの色違いってことよね?」
「そういうこと。だからチャンネルも同じってこと」
そこで菫は何かを閃いたように手を叩いた。
何が言いたいのかはわかる。
「ねえ──」
「こっちもオルタ化とかはなしだぞ」
「なっ!?」
どうやら図星だったらしい。どうせ私がオルタ化するみたいなこと言おうとしたんだろう。
「オルタ化はな、かなり難しいんだよ。赤羽メメ・オルタの後に数多くのVtuberが真似をしたけど、どれも不発に終わったんだ」
それは本当の話。
「上手く事故を装ったり、経験のあるVtuberを姉として起用しても、そのどれもがダメになった。むしろ、オルタ化以前より登録者が減ったVtuberもいるくらいだ」
「どうして上手くいなかいの?」
「アバター……いや、ガワって言おうかな。ガワに魂は一つ。オルタ化をすると、それは魂がコロコロ変わるということになる。ファンがそれを望むか? 『私は引退します。次の魂はこの子だからよろしくね』って。もっと分かり易く言うなら虎王子ゼンのガワを誰かが使ったらファンはファンのままでいられるか?」
「それは……嫌かも」
「そういうこと。そりゃあ見た目っていうのは大事だよ。でも、長年ファンになれば中身こと魂も好きなるのさ。ならガワが同じでも魂が違うなら、人は去っていくものさ」
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