第20話 大人達【羽村美希】

 ペイベックス男性Vtuber全員の1周年記念が終わり、その結果から今後についてどうすべきかと休憩ブースで悩んでいた時だ。


「よう。羽村。1周年記念配信は残念だったな」


 なにこいつ、わざわざVtuber課がある階の休憩ブースまできやがって。タレント課は下の階だろ。わざわざ来るな。


 しかも偶然見つけたみたいなフリまでしやがって。わざとらしい奴だな。


「残念? 何の話?」


 私は努めて知らぬフリをして聞く。


「失敗してしまったじゃないか。登録者30万人、突破出来ずに残念だ」


 何が残念だ。顔は喜んでるぞ。


 そして雪村は断りもなく対面の席に座りやがった。そしてコーヒーを飲む。


「は? 突破したんだけど」

「けど虎王子ゼンと来栖ハルヒは無理だっただろ?」


 痛いところを突かれた。


「でも、もうすぐ30万人突破するわよ」

「ハルヒはあと2万人だから、可能性はありそうだけど──」


 雪村はそこで区切って、「ゼンは厳しいなー」と言う。


「あっそ」


 だから何と言いたい。


 雪村が面白そうにニヤニヤしているのが、ものすごく腹が立つ。


「ゼンは貰うぞ」

「ああん?」

「おいおい、般若みたいつらになってんぞ」

「まだ終わってないけど」


 リストラ期日は6月30日。まだ2週間はある。


「1周年記念で2万人。現在は23万人。残り7万人をどうやって上げる? アニバーサリーは終わったんだぞ」

「まだコラボやRTA、凸待ちが残ってるし」

「コラボに凸待ち? 誰が来るんだ? またペイベックスの男性Vtuberか? そろそろ同じメンツでリスナーは飽きてしまうぞ?」


 確かに同じメンツなら。

 もし女性Vtuberが来たら。

 でも、それは望みが薄い。

 本社では明確な男女間のコラボは禁止していないが、暗黙のルールとして男女間のコラボは禁止している。


「でも女性Vtuberが凸待ちで来るかもね」


 凸待ちは暗黙のルール外だ。……一応は。


「来るといいな」


 雪村はやれやれと首を振る仕草をする。


「せいぜい個人勢辺りに声をかけておくんだな」

「うっざ」

「他の男性Vtuberはどうでもいいけど、五代昴だけは上からも求められている人材だから、30万人突破出来なければ問答無用で貰うからな」


 雪村は残りのコーヒーを一気に飲み干して、席を立つ。


「移籍の準備をしておけよ」

「するわけないでしょ!」


 私は雪村の背に向かって言い放つ。


  ◯


 しかしだ。

 雪村に啖呵を切っておきながら策がない。

 どうしたものか。


 何か企画を立てるべきだろうか。

 しかし、今から企画を立てるとなると時間が足りない。


 他の演者のスケージュールを鑑みるとちょっと厳しい。


 なら虎王子ゼンの3Dモデルを使った個人撮影配信?

 1周年記念だから、これまでの二期生振り返りクイズとか?


「…………うん。いいね。それだわ」


 ビビっときた!


「どうしたのよ。急に。びっくりしたー」


 隣席の花川綴はなかわつづりが言う。彼女は犬葡萄カガリと来栖ハルヒのマネージャーを務めている。


「ごめん、ごめん。面白い企画を思いついてね」

「どうせ変な企画でしょ?」

「変じゃないよ。1周年振り返りクイズだよ」

「ザ・安直ね」

「何よ!」

「ま、いいかもね」

「でしょでしょ」

「でも」


 と言い、花川が目を細める。


「な、何よ?」

「クイズを作らないといけないのよ」

「うん。そうだね」

「誰が作るのよ」

「二期生マネージャー皆よ」

鵜飼絵梨うかいえりが聞いたらキレるわよ」


 鵜飼絵梨は筑前ニグレドのマネージャー。ニグレドのために案件の仕事を取りに動き回っている。


「なんでよ?」

「案件で手一杯なのに面倒なのことに巻き込むなって怒るわよ」

「ニグの存続に関わることといえば問題ないし。これは納得してくれるわよ」

「なら、戻ったきたら話しなさいよ」

「分かったわよ」


  ◯


「──どう?」

 私は帰ってきたら鵜飼に『1周年記念振り返りクイズ』について話した。

「面白そうじゃない?」


 鵜飼は目を閉じて険しい顔をしていた。


「鵜飼?」

「……時間が足りない」

「やっぱり?」

「てか、なんで今、思いついたのよ! もっと前から思いつきとかなさいよ!」


 鵜飼は声を張って私に噛み付く。


「思いついたのは今じゃなくてさっきだよ」

「同じだろ!」

「それにそっちだって思いついてなかったんでしょ?」


 何よ。私が悪いみたいな言い方。


「ニグの案件で忙しかったんだよ!」

「そういうのを自分勝手って言うのよ」

「まあまあ、お二人とも落ち着きなさいよ」


 花川が割って入る。


「一応、時間が空いたらクイズを作っておこう」

「作ってどうするのよ?」

「そりゃあ……配信よ」

「配信はいつよ?」


 鵜飼が聞く。


「……7月」

「間に合わないじゃない!」

「間に合わなくてもやったら。ラスト配信的な」


 花川はどこか放り投げるように言う。


「ラスト配信か……」

「そうよ。最後くらいは用意してあげないとね」

「って! 待て! アンタのとこは30万突破したじゃん」


 犬葡萄カガリは30万人突破した。さらに来栖もこのままだと順調に超える予定。


「うん。だからこれは虎王子ゼンの追い出し配信よ」

「なによ! それ!」

「それが嫌なら頑張ることね。でも、もしかしたらニグと一緒かな?」


 と、花川は鵜飼を見て言う。


「私のニグを巻き込むな!」

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