第19話 1周年記念配信

 6月4日に犬葡萄カガリの1周年記念配信があった。

 その配信と同時で登録者30万人耐久雑談を行われた。

 そして見事にその記念配信で30万人を突破した。


「おめでとう」


 配信後、新たにディスコで俺達ペイベックス男性Vtuberは集まり、祝いの言葉をかけた。


『ああ、ありかどう。一抜けさせてもらうぜ』

『うちの時も盛り上げてや』

『ニグの時も頑張るよ。次はゼンの番だっけ?』

「ああ。俺は30万人耐久はやめとくよ。とてもじゃないが難しい」


 1番30万人に近かったカガリでさえ、記念配信で30万人に届かず、そこから1時間の雑談耐久でようやく目標の30万人を超えたのだ。


 ちなみに俺はこの前でやっと20万人を超えた。記念配信をしてもさすが10万人増えるとは思えない。


『そうか』


 沈んだ声をカガリは出す。


『なーに。その後にウチとハルヒがある。それで多少は上がるやろ』


 皆で配信をすれば登録者も多少上がる。……多少は。


「心配しなくても凸待ちやRTAとかも考えているから」

『凸待ちか。女性Vtuber来てくれるかな?』


 ハルヒが淡い期待を言う。


『どうやろ。女性Vtuberとはコラボはあかんってわけでもないんやけど、暗黙のルールでコラボはあかんことになってるしな』

『一応、凸お願いのメッセージは送っておくべきだな』

「ああ」


  ◯


 6月7日。

 とうとう俺の1周年カウントダウン配信日が近づいてきた。日付が変われば1周年だ。


 配信開始時刻は23時30分から。

 今は23時20分。あと10分後だ。


 これで新規チャンネル登録者を増やさないといけない。

 椅子に座り、じっと23時を待っているとノックがされた。


「何?」

「私だけど」


 ドアを開けたのは菫だった。


「どうした?」

「いや、その、元気かなって?」


 両指をもじもじさせながら菫が聞く。


「なんだよ、その質問。元気だよ」

「緊張してない?」

「してるよ」

「そうかして……え!? してるの!?」


 菫が目を丸くして驚く。


「当たり前だろ」

「へえ。てっきり大丈夫なのかと」

「俺をなんだと思ってる」

「心臓に毛の生えた人間」

「なんだよそれ。ひどいな」

「ハグしてあげようか?」

「いらん」


 けど、菫は近づいてきて、俺の頭を抱きしめる。

 柔らかい感触と風呂上がりの石鹸の匂いに包まれる。


(こいつ意外にでかいな)


「どう? 落ち着いた?」


 ここで逆に興奮したなんて言ったらはたかれそうなので黙っておく。


「まあな」

「顔赤いよ」

「息苦しかったからな」

「ふうん。頑張ってね」

「ああ」


  ◯


「やっほー。こんばんわー。虎王子ゼンだよ。今日は1周年カウントダウンをするよー」


 23時30分になり、配信を開始した。


 今日の配信は雑談がメイン。

 日が変わるまではこの一年についての振り返りトーク。


「この一年はねー、色々あったよね。1番しんどかったのは……」


 そして日が変わるとカガリ達からの凸によるお祝いコメントが始まる。


「皆、ありがとね」


 最後に菫ことVママからのイラストをリスナーに見せる。


 元はVtuber原画展に応募する予定だったイラスト。


 いかにも活発な少年のイラスト。笑顔もよく、ポーズも素晴らしい。背景は黒でカラフルな星や丸、四角などのブロックがあり、髪や服に溶けないようにきちんと色分けされている。


「お、もう一枚ある」


 もう一つのイラストを画面に載せる。


 それはVtuber原画展とは別に前から用意していたやつだ。虎王子ゼンだけでなく、カガリ達男性Vtuberも載っている。


「Vママ太っ腹だね」


 と答えると菫から赤スパがきた。


『女性に太っ腹とは失礼ね』

「イラストのみならず、赤スパとは嬉しいなー。あと、新しいマイク欲しいなー」


 次は赤スパでなく普通に、


『だまらっしゃい』


 とチャットが届いた。


 でも、このやり取りから大量の赤スパが届けられた。

 それは良いことなんだが──ただ新規登録者は2万人だった。


  ◯


 配信後、俺は菫の部屋を訪れた。

 床に座り、


「イラストと赤スパありがとな」

「別に。リストラ回避のためだもん」


 ツンと顔を横に向ける。


「2枚目のイラストがあるとは驚いたよ」


 話ではVtuber原画展で使う予定だったイラストだけのはずだった。

 だから2枚目が届いた時は驚いた。


「あれは前から書いてたやつよ。Vtuber原画展のイラストの方が大変だったわ」

「そうか。今回はあまり登録者が増えなかったけど、まだ頑張るよ」


 そして俺は立ち上がった。


「私に何か手伝えることはある?」

「今は何もない。でも何かあったら手伝ってもらうよ」

「……」


 菫は不服そうな顔をする。


「そんな顔をするなよ。これからコラボやRTA、凸待ちでなんとか増やすさ」

「有名どことコラボできるように……」

「だからお前はそういうことするな」


 俺は菫の頭頂部にチョップをくらわす。


「痛い!」


 そして手のひらで菫の頭を撫でる。


「いいから俺を信じてくれ」

「な、撫でないでよ」


 言葉では文句を言うが菫の顔は綻びている。


「うるさい。ハグの仕返しだ」

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