第17話 無茶

 翌朝、菫は目に大きなクマを作っていた。


「おい。無茶するなっていったろ」

「こ、これはメイクが失敗して」

「見苦しい言い訳だな」

「本当よ」

「今から顔を洗うのに?」

「うっ!」

「頭の回転も回ってないようだな」

「ちゃんと寝たし!」


 そういう返しをする時は大抵夜更かししたと言ってるようなもの。


「無茶するなよ」


 洗面所を菫に譲り、俺はリビングへ向かう。


「充、リストラって本当なのか? ネットで騒がれているよ」


 リビングで父にリストラの件を聞かれた。


 薫子さんも心配そうにこちらを見ている。

 ああ、そういえば言ってなかった。


「違うよ。デマだよ」


 嘘をついた。

 いらぬ心配をかけたくないからだ。


「本当か?」


 なおも父は聞いてきた。


「そりゃあ、チャンネル登録者少ないからいつ切られてもおかしくないけどね」


  ◯


「スミー、そのクマどうしたの?」


 電車の中で有村が菫のクマを見て聞く。


「ちょっと夜更かし」

「もしかして五代君に泣かされた」


(おい! なんで泣かされてクマができるんだよ)


「うん」


(菫! 否定しろよ!)


 このまま近寄って否定したいのだが、あいつにはあいつの学生生活があるし……。


(やめておこうか)


 その日の菫は居眠りや忘れ物が多く、教師に何度も叱られていた。


  ◯


 菫の異変は日に日に増え、そしてやつれていった。クマもメイクでは隠せないくらいだし、猫背だし、忘れ物も増え、居眠りも多くなった。返答も疎かだし、放課後も友達と遊ばずに家に直行。


 ある時、昼休みに自販機でお茶を買いに行った帰りに有村達に出くわした。それは偶然ではなく、俺に用があり待ち伏せしていたようだ。


「五代君、話がある。こっち来て」


 と、有村達三人組に人気ひとけのない校舎裏に連れられた。


(告白……ではないよな。女三人で告白はないよな。なら、やっぱりあれか?)


 思い当たることは一つだった。


「私が言いたいこと分かる?」


有村が代表して聞く。


「菫のことか? 言っとくけど泣かせたとかじゃないから」


 深いクマは泣かせたのではなく、夜更かしと過労が原因。


「分かってる。どうせ絵のことでしょ?」


 まさかの『絵』というワードで内心驚いた。確か、友達には言っていないはず。


「絵? 何のことだ?」


 カマをかけられている可能性もあるので、一応わからないフリをした。


「しらばっくれても分かってるのよ。菫が絵描きをしてるってことは」

「そうそう。あの子、隠してるつもりだけど隠れVファンだしね」

「私にVtuberを勧めたのもあの子だもんね」


 有村達はあれこれと語り始める。


「そしてあの子、虎王子ゼンのVママでしょ?」


 有村がずはりと聞く。


「どうして?」

「タッチが似ているのよ。誤魔化せないわよ」

「すごいな」


 つい感嘆の声を出してしまった。

 もうこれは黙っていても仕方がないな。


「長い付き合いだからね。それにあの子、隙が多いのよ」

「うんうん。興味ないふりしてけど、分かりやすいのよ」

「推しやゼンに関してはめちゃ早口になるしね」

「まあ、そういうこと。知ってるのよ。Vママの件は。で、今は忙しいのでしょ? ペイベックス男性Vtuberリストラの件で」

「まあな」

「なら、休ませてあげて」

「俺も言ってるよ。無理はするなって」

「もっと強く言ってあげて。このままだと壊れちゃうよ。五代君ならきっと聞いてくれる。お願い」


 有村が俺の手を握り、懇願する。


「分かった。もう一度強く言ってみるよ」

「お願いね」

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