第14話 ウワサ

 朝、洗面所で顔を洗っていると、


「ねえ、皆との話し合いはどうだった? 皆、何か言ってた?」


 と、菫が後ろから聞いてきた。


 俺はタオルで顔を拭き終え、菫に場所を譲る。


「皆、知ってたよ」

「で、どうするの?」


 菫は鏡に顔を向けたまま聞く。


「来月に記念配信。それと……各々」

「各々?」

「RTAとか歌枠とかクリア耐久」

「他には?」

「ないよ」

「もう! 三人集まれば文殊の知恵でしょ?」


 菫は俺に顔を向けて、非難がましい視線を送る。


 その視線に少し苛ついた。こっちもあれこれと考えたんだ。それを……。


「そういうなら、お前は何か考えたのか?」


 つい俺は強く聞いた。


「……ないけど」


 菫は目を逸らして言う。


「人のこと言えんだろ」

「私は配信者じゃないもん。ママだもん」

「はいはい。そうかい」


 そう言って俺は洗面所を出る。


「待ってよ!」


 その言葉を無視して俺はリビングに向かう。


  ◯


 駅までの間、菫はしつこくリストラ対策の話を俺にしてきたが、電車に乗ると話をやめて、俺と距離を取り始める。


 どうしてもクラスや学校の生徒には2人でいるところを見られたくないようだ。


(まあ、いいけど)


 そして駅に停まり、白石達が電車に乗ってきた。


「よう。どうした難しい顔をして」


 ゲームやら過ぎで寝不足ならまだしも今日は険しい顔つきを白石達はしていた。


「いや、それが──」

「え!? なんで!?」


 その白石の言葉を別の誰かの驚きの声で潰された。


 誰だ? 電車内で大きい声出した奴はと俺が振り向くと、声の主は菫だった。

 菫はすぐに口を塞ぎ、周囲に謝罪として頭をぺこぺこと下げる。


 なんだ?


「ちょっと、声大き過ぎ」

「ごめん。だってびっくりしてさ。えーと、本当にペイベックスVtuberにリストラなの?」

「本当かどうかは分からないけど、SNSでは話題になってるよ」


 少し離れていても2人の話し声が聞こえてくる。


「話題なのは本当らしいぞ」


 と白石が告げる。


「どういうこと?」


 俺達ペイベックス男性Vtuberがリストラ対象となってるのは一部の人間しか知らないはず。


「なんか関係者らしきアカウントからリークがあったらしい」

「リーク。どんな内容?」

「詳しくは知らないけど2ヶ月後くらい解散するって」

「そのリークした関係者らしき人のアカウントも消えたからさ本当かどうか分かんないだよね」


 宮沢が補足を入れる。


「話だけなんだろ? 出鱈目って可能性は?」

「それがさ、なんか書類の一部も出回っててマジっぽいて話なのよ」

「ペイベックスはなんて?」

「無言」


 関係者からのリーク。Vtuber本人か。そのVママか。はたまたペイベックス社が。


 でも、一体誰がどうしてこんなことを。リークして誰にメリットがあるのか。


 いや、必ずしもメリットでリークするわけではない。相手を傷つけるためだけにリークすることもある。

 Vtuberを恨む誰かか。それともペイベックス社を恨む誰か。


 考えても答えは出ず。電車は駅に着いて停まる。


 そしてドアは開き、俺達は電車を降りる。


  ◯


 教室に着いて、俺は自分でもスマホを取り出してペイベックス男性Vtuberの噂について調べた。

 すると真っ先に現れたのがリストラの噂だった。それだけネットでは話題になっているということ。

 SNSのトレンドにも上位に入っていて、ちょっと検索でもかけると有象無象の情報の書き込みが現れた。


(こいつはマジじゃねえか)


 俺はメンバーの発言も調べてみたが、全員無言を貫いていた。それはまだこの件が公になったことを知らないのか。それとも迷っていて無言を貫いているのか。


 俺の虎王子ゼンのアカウントにもファンからたくさんの質問がきていた。

 下手に返すと厄介だし、かといって黙っておくのもファンに不安を与えてしまう。


 リークされたのが午前1時頃。

 なぜそんな時間にリークをしたのか。


 その時間帯は皆で今後の方針について考えていたから仲間は容疑者から外れた。

 ならVママが犯人か。勝手にリストラ候補にされてしまい怒りで。


 いやいや、それはない。


 こんなことをしたら息子にも影響が出ると分かる話だ。


 なら、一体誰が?


 そして朝のホームルーム前にスマホを閉じた。


「えらく熱心に調べてたけど?」


 白石が聞いてきた。


「ああ、Vtuberのやつだよ。本当かなって」

「ペイベックスも本人達も何も言ってないからな。フェイクニュースの線が強いかもな。でも、周りはまだ本当かもって騒いでるからな」


 と白石は教室を見渡す。


 耳を澄ますとクラスメート達はVtuberの話をしているのが分かる。


「何でVtuberの話を? しかもペイベックスだぞ」


 Vtuberの話題はオタクくらいしか、しないだろう。

 さらにペイベックス社という箱はまだ知名度が低く、そこの男性Vtuberとなると知名度はかなり低くなる。


「そりゃあVtuberだもんな」

「そりゃあってなんだよ。隠れオタクなのか?」


 隠れオタクは多少なりはいるだろうが、クラス全員というわけではないはず。


「オタクでなくてもVtuberくらいは知ってるし、見たことあるやつもいるって」

「そうなのか?」

「皆、コロナ禍の時はVtuberを見てたし」


 確かにコロナ禍の巣ごもり需要でVtuberの認知度は上がった。


「けどオタクくらしか見ないものと思ってた」

「子供の時は皆、アニメとか見るだろう? Vtuberってのはその延長」

「そうなのか?」

「それに持ってないゲームの内容とかも知りたいしな」

「なるほど」


 巣ごもりでゲームが売れたとはいえ、コロナ禍で経済は大変だった。さらに子供がおいそれと親にゲーム買ってもらえるというわけでもないし。


 だからVtuberのゲーム実況を見てたんだろう。


「でも、ペイベックスの男性Vtuberは登録者が低くて人気もないが?」

「確かにペイベックスの男性Vtuberはあまり知られてないけどな」


 白石は苦笑した。


「お前は登録とかしてる?」

「ペーメンだと星空みはりだな」

「男性Vtuberは?」

「俺はしてない」


 残念。


「私はチャンネル登録してるよ」


 宮沢が話に入ってきた。


「誰を?」

「虎王子ゼンだ!」


 まさかの自分でびっくりした。

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