第12話 宣告

「今日はいきなりの打ち合わせですみません」


 俺と菫はマネージャーの羽村さん呼ばれて、ペイベックス本社の会議室に来ている。


「いえ別に。で、今日は何用で?」


 前に打ち合わせをして、まだ日は浅くない。何か伝え忘れか? それとも問題があったのだろうか?

 羽村さんの表情が堅いことから後者だろうと推測される。


「実を申しますと……我が社の全Vtuberの……今後の方向性について微調整を行うということに……なりまして……」


 羽村さんは少し歯切れ悪く、目を逸らしながら話す。


「方向性? 微調整? ええと、具体的には何をするつもりなのですか?」


 何か悪い予感がした。方向性とか微調整というとアレしか思い浮かばないのだが。

 しかも羽村さんはすごく言いにくそうだし。

 これって、もうアレだよね?


「キャライメージですか?」


 まだよく分かっていないのか、菫は違う微調整を想像しているようだ。


「いえ、そうではなく。縮小といいますか……ええとリス……いえ、なんと言いますか」

「リス?」

「違います。そうではなくて……」

「売れないVtuberはリストラにするってことですよね?」


 俺はずばりと羽村さんに聞いた。


「え!?」


 菫は驚いて、俺に顔を向ける。そして羽村さんへと向き直す。


「そういうことですよね?」

「まだ決まったわけでは……ないんですけど」

「ど、ど、どういうこと? なんで?」

「菫、落ち着け。要するに登録者の少ないVtuberを切るって話だよ」

「で、でも充君はどうしてそんなに冷静なのよ」

「そりゃあ、お前より長くこの業界で働いてきたからな。人気が出ると可愛がる。そしてオファーがくる。逆に人気がなくなれば即捨てる。それがこの業界だ」

「人気って……」


 Vtuber虎王子ゼンが人気か不人気かで言うなら不人気の方だろう。というかペイベックスのほのんどの男性Vtuberがそれに当たるのではないか?


「でも、まだなんですよね。それって、チャンスはあるということなのでは?」


 菫はすがるように羽村さんに聞く。


「はい、そうです。上からは登録者数が30万未満のVtuberは切るとのお達が来ました」

「なるほど」

「……さ、30万!?」


 菫は息を呑んだ。


 それもそうだろう。ペイベックスVtuberの中で30万を超えるVtuberは少ない。


「30万だなんて充君……虎王子ゼンの登録者は……」

「17万ですね」

「い、いつまでですか?」

「来月……6月末までです」

「そんな!? すぐじゃないですか? せめて3ヶ月くらいは」

「すみません。上が決めたことなので」


 羽村さんが頭を下げる。


「おかしいですよ!」


 菫はテーブルを叩き、断固として文句を言う。


「申し訳ありません」

「なんとかならないんですか?」

「登録者数を増やすしか……今のところはそれしかありません」

「他のVtuberは納得してるんですか?」

「菫、もうやめろ。羽村さんだってクビになんかしたくないんだよ」

「でも……」

「登録者数30万ですよね?」


 俺は羽村さんに問う。


「はい」

「なら、やるだけやってみますよ」

「ご健闘お祈りさせていただきます」


  ◯


 菫は家に帰るや、「おかしい、おかしい!」と憤慨していた。

 そしてソファに座り、大きく鼻を鳴らす。


「それがこの業界だ。売れないものは淘汰される」

「じゃあ、このまま引退するの?」

「いや、やるだけはやるさ」

「何を?」


 菫は眉を寄せて聞く。


「ん〜、まずは皆と電話をするよ」


 俺はポケットからスマホを取り出す。


「もう!」


  ◯


 自室に戻って、椅子に座る。

 スマホで動画アプリを開き、ライブ配信を確認する。

 現在、筑前ニグレドと来栖ハルヒは配信中で空いているのは犬葡萄カガリだけだった。

 それで俺はカガリに電話をかける。


 数秒のコール音の後、


『……どうした?』


 どこか緊張した声が発せられた。


(これはたぶん知っているな)


「今、大丈夫?」

『ああ』

「リストラの話は聞いた?」


 俺は前置きなしで聞いた。


『登録者数30万超えないとダメなやつか?』

「それ」

『今日、聞いた』

「俺もつい先程打ち合わせで聞かされた。他の皆は?」

『さあ? ……でも、ハルヒのテンションが今日は高いような気がする』


 ということはハルヒも知ってるのかな?


「配信見てるの?」


 カガリはコラボ時や今後の勉強のためにアーカイブで動画を見ることはあっても他人の配信を生で見ることはないタイプ。


 それが見たとなると皆の反応を知りたかったのだろうか。


『……まあな。ニグはマイペースだから知らなさそう』

「あの人はどんな時もマイペースでしょ。リストラの件について知ってる可能性はあると思うけど」

『二人の配信が終わった後、ディスコで通話しよう』

「分かった。先に聞いておくけど、リストラの話を聞いてどう思った?」

『どうもこうも戦力外通告だろ。いや、期限があるからちょっと違うか。まあ、来月末までに登録者30万人超えないといけないくらいかな』

「いけると思う?」

『俺は来月の4日で1周年。記念配信すれば登録者も増えるだろ』


 犬葡萄カガリは来月の6月4日でデビュー1年が経つ。そして俺が8日、ハルヒが13日、最後にニグが17日で1周年。


『俺はそれに賭けるかな』

「ま、今のところはそれが登録者増加のチャンスだな」


 1周年ということで、まだ記念配信でどれだけ登録者が増えるかは分からない。


『ちなみにこのリストラって、ペイベックスの全男性Vtuberが対象だよな?』

「そうだろ?」

『なら? 1期生も?』

「だろうね」


 2期生限定とは言ってない。全ペイベックス男性Vtuberだろう。


 ちなみにペイベックス男性Vtuberは1期生と2期生で構成されている。

 3期生は男性Vtuberの登録者数が全然伸びないことから存在しない。


「でも、1期生は大半がギリ30万に突破してるし、突破してないVもあと少しだから、あんまり影響ないかもね」

『だけど村雨カリン先輩とかビビってそう」

「かもな」


 村雨カリンは1期生でSF風メタリックとカウボーイを足した服を着たキャラ。


 スパチャや同時視聴者数は高いがチャンネル登録者数は低い。現チャンネル登録者数は約28万。30万人には少し届いていない。


「あの人はFPSの『ガンナーズ・ハイ』でガチャ配信するんじゃない?」


 村雨カリンはガチャ配信でスパチャを集める技法を得意としている。


『増えるかな? あれもスパチャは貯まるけど登録者数がな〜』

「『ガンナーズ・ハイ』で大きなイベントもあるし問題ないんじゃない? というか人の心配してる場合でもないだろ?」

『だな。こっちも考えないとな』

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