第11話 義兄妹

「ここだ」


 犬飼は今は使われていない部室の前で立ち止まる。


 そして顎で俺に入れと促す。


 俺は溜め息を吐き、ドアを開け、中へと足を踏み込む。


 中央に2つの椅子があり、1つには四角い顔と眉を剃った金色の短髪大男がいた。この大男が神木である。その神木は口をへの字にして腕を組んで椅子に座っている。


 その椅子が小さすぎて、俺にはアンバランスに映った。

 そして神木の後ろには神木グループの生徒が立っていて、彼らはみな神妙な顔をしている。


 俺が中央に近づくと神木は黙って対面の椅子を指す。


 俺は対面の椅子に座り、


「何か用か?」


 臆せずに聞く。


「早坂とはどういう関係だ?」

「は?」

「早坂菫だ」

「クラスメート」


 どうしてそんな質問をするのか?

 もしや同居のことがバレたか?


「嘘つけ! お前達が日曜にスーパー行ってたのを知ってるんだぞ」


 取り巻きの1人が叫ぶ。


「黙ってろ!」

「す、すみません」


 神木に怒鳴られ、取り巻きの1人は頭を深く下げる。


「五代、どうなんだ?」

「そいつの言うとおり、一緒にスーパーに行ったけど。それが何?」


 俺の言葉に神木は電撃でも受けたのか震える。


 椅子がガタガタと音を立てる。


 そしてそれに取り巻き達も怯えたかのように身を縮ませる。


「な、な、なぜだ? 付き合っているのか? 五代君、どうなんだ?」


 動揺で君付けになってるぞ。みんなの前で素を出していいのか?


「教えてくれ? どうなんだ? 早坂と付き合ってるのか?」


 なるほどな。俺と菫がスーパーで買い物をしたところを見られて、付き合ってるっていう噂が広まったということか。


 朝からの視線はそれか。

 これは仕方ない。

 付き合ってるなんて噂は嫌だし、話すしかないよな。


「あのな。親が再婚した。わかる? 再婚。だから俺と早坂菫は兄妹になったの。おわかり?」

「…………兄妹、再婚、兄妹、再婚」

「親が再婚な。俺じゃないからな。親が再婚。で、早坂菫とは兄妹になった。オッケー?」

「兄妹かーーー!」


 神木は雄叫びを上げながら立ち上がった。


(のわっ!)


 いきなり立ち上がるから俺や取り巻き達も驚いた。


「そうか、そうか。なるほど。親の再婚で兄妹か。ハハハッ。ごめん、ごめん」


 神木は大笑いしながら、俺の肩をバシバシと叩く。


「痛い、やめろ」

「それなら安心って……お前、もしかして菫のこと……」

「ち、違っ! そうじゃねえよ。な、なんだろうなとちょっと不思議に思ってただけだよ」


(わかりやす)


「そっか。まあ、いいよ」


 俺はもう用はないだろうと感じ、ドアを開ける。


「のわっ!」

「わっ!」


 ドアを開けてすぐ目の前に白石と宮沢がいた。そして廊下には他にもクラスメートがいた。その中には有村や菫もいた。


「なんだよ、お前ら」

「いや、えっと、その……」


 白石がばつの悪そうに頬をかく。


「盗み聞きか」

「ごめん、ごめん。心配になってな」

「それよりもよ!」


 と宮沢が一歩前に出る。


「なんだよ?」

「早坂と兄妹になったって本当?」

「それ! 私も気になるし」


 と有村も聞いてくる。


「本当だよ。親が再婚して菫とは兄妹になったんだよ」

「おお! 本当なんだ」

「スミー、良かったじゃん。五代君がお兄ちゃんになって。夢叶ったじゃん」

「ちょっとムッチン!」


 菫は慌てて有村の口を押さえようとする。


「どういうこと?」

「スミーはね、五代君の妹になりたかったんだよ」


 菫の手から逃れつつ、有村が笑いながら教えてくれた。


「ムッチン!」

「……」

「うっさい!」


 菫が俺を睨む。


「何も言ってないぞ」

「顔が言ってんのよ!」


 菫か顔を赤くして怒鳴る。


(なんか理不尽だな)


  ◯


「ううっ、バレちゃった。バレちゃった。皆に充君の義妹になったことバレちゃった」


 下校中に菫が肩を落としつつ、ぼやきながら俺の隣を歩く。


「仕方ないだろ」

「でもタイミングが……」

「それにバレたおかげですんなり下校が出来たんだろう?」


 帰り道を分からないだろうということで一緒に下校することになっていた。


 しかし、隠していたなら同じタイミングで下校は難しい。

 菫は放課後も少し有村達と駄弁だべり、寄り道とかもする。


 けど、今日は親の再婚で兄妹になったことがバレてすんなりと俺との下校が可能になった。


「絶対今頃、噂してるよ」


 菫は半眼で言う。


「たいした噂ではないだろ?」

「充君は噂とか気にならないの?」

「噂とか気にしてたら芸能界では生きていけないからな」


 絶対気にしないわけではないが、なるべく目を逸らしつつ生きている。


「エゴサとかしない派?」

「そりゃあSNSで配信の反応は見るけど。それ以外で率先して掲示板とかネットの悪口とかを見たりはしない」


 実況中のコメントでもめんどくさいディスりがあるんだから、わざわざネットエゴサをしないのが俺の流儀。関連ワードすら知りたくないくらいだ。


「Vtuberってエゴサしてるイメージあるけど?」

「してるよ。皆はな」


 それで鬱になる奴も少なくないのだ。


 元々Vtuberにはスパチャがあるので、それが気に入らない人が多い。


『コメントに一万はおかしい。ぼったくりではないのか? 違法だろ? ファンに貢がせるなよ!』


 こういうことを言う人達がVtuberを攻撃する。


 どんなにこちらがトゲのない配信をしようが、攻撃はくる。


「Vtuberやってて辛くない?」

「そりゃあ辛いこともあるよ。辞めたいなって思うこともあるよ。でもさ、世の中って良いことばかりではないんだよ。割り切らなくてはないけないんだよ」


 そうやって俺達は前に進むしかないんだ。


「ほら、とぼとぼせず、しっかりしな」


 俺は菫の背を優しく叩く。


「……そうよね。義兄妹の件はいつかバレるんだし」


 そして菫は背をまっすぐにして道を歩く。


 陽は落ちようとしていた。でも、明日には陽は昇る。


 俺達は明日を信じて生き続ける。

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