第10話 登校

 電車の中で菫がなぜか俺に対して少し距離をとっている。


「人、少ないね」

「下りだからな」


 そして電車が駅に停車すると菫が俺から離れる。


「ここじゃないぞ」

「分かってる。話しかけないで」


(なんだよ)


 電車が駅に着き、乗客が降りて、ホームにいた人が入ってきた。その入ってきた人の中から菫の知り合いがいたのか、「ムッチン、よっす」と菫が声をかけた。


「スミーじゃん。え? なんで?」


 声をかけられた子は同じクラスの有村睦美だった。有村は菫のギャルグループの子でツインテールが特徴。


 なるほど有村睦美の最寄り駅だったので俺から離れたのか。


 てか、俺と一緒にいるのは嫌なのか?


「いやいや、引越しって言ってたじゃん。忘れたの?」

「あー、そうだった。てか、最寄りどこよ?」

「ここから3つ向こうの駅」

「今度、遊びに行って良い?」

「再婚側が許せばね」


 と菫は苦笑する。


「あ!? 五代君いるよ。挨拶しなよ」


 有村は小声で菫に言う。

 あれって絶対こっちに聞こえてるのをしってやってるよな。


「いいや。それより英語の問題やった?」

「え? 宿題あった?」

「今日辺りそっちの列当たるんじゃない?」

「あー。そろそろ来そうかもね」


 次の駅でクラスメートの白石慎吾と宮沢優里が入ってきた。


「おはよう」

「おう。宇多川、はようさん」


 白石が気怠げな声を出す。


「元気ないな。どうせ夜遅くまでゲームをしていたんだろう」

「うるせー」


 白石はイケメンでモテそうだが、オタクゆえそれを生かしきれていない残念な人間。


「うっちー、おはよう」


 そして宮沢は明るく気さくで誰にでも話しかける女子である。白石とオタ趣味が合うのか、よくオタ会話をしている。


 ちなみに宮沢が言う『うっちー』とは俺のことである。宇多川で『うっちー』。他のクラスメートは宇多川か五代君で通しているのに宮沢だけが『うっちー』呼びである。


 初めは抵抗があったが、宮沢が自然に『うっちー』と声をかけるもんで慣れてしまった。


「お前はよく元気だよな。昨夜は遅くまで『ガンナーズ・ハイ』をやってたのによ」


 白石が宮沢の明るさに少しげんなりして言う。


 その『ガンナーズ・ハイ』はFPSゲームでオンラインでチームを組んで相手チームを撃ち倒すというゲーム。


「私は終わったらすぐに寝たよ。アンタはどうせその後にソシャゲとかネットサーフィンしてたんでしょ?」

「うるせー」


  ◯


 校内で異変があった。

 それは視線。

 初めは登校時。いつもより何か視線を感じた。


 そして授業が終わり、休み時間になるたび、次第にクラスメートや、たまたま俺のクラスに来ていた別のクラスの奴からの視線を強く感じていた。中には廊下からこちらを伺うような視線も。


(なんだ? なんかあったか?)


 元子役ゆえに普段から多少は視線を感じていたが、今日は入学時並の視線だ。


 昼休みになり、俺はカバンから弁当を取り出した。


「あれ? お前、それ弁当だよな? なんでだ?」


 白石が弁当箱を取り出した俺を見て驚く。


「本当だ。いつもはコンビニ弁当なのに?」


 少し離れた席で友達と弁当を食べようとしていた宮沢もこっちを見て驚く。


「親が再婚したんだよ」

「ああ。それでか? もう一緒に暮らしているんだ」


 白石達には親が再婚したことは話していた。ただ、その連れ子が菫とは言っていない。

 そのことは菫自身から頼みであったためだ。しばらくは黙ってくれと。そして自分からクラスメートに打ち明けると。


  ◯


 弁当を食べ終えて、白石と宮沢と『ガンナーズ・ハイ』について駄弁っていると犬飼がやってきた。


 犬飼は少しやんちゃなタイプで、物静かに学生生活を送る俺とは真逆なタイプ。


「五代、ちょっと……いいか?」


 犬飼は何か変な空気を醸し出していた。

 緊張しているような。もしくは嫌なことを押し付けられたかのような。そして奇妙なよそよそしさがあった。


「なんだ?」

「ちょっと来てくれないか?」


 まるで何も聞かずに来いと言っているようだ。


「……分かった」

「なんだ? 俺も手を貸そうか?」


 変な空気を察したのか白石が聞く。


「いや、五代だけでいい」

「そうか」


 白石は目で「大丈夫か?」と俺に聞くので、「ちょっと行ってくる」と言い、俺は席を立った。


  ◯


 俺は犬飼の後ろを歩きながら廊下を進む。


「誰かが俺に用があるのか?」


 俺は犬飼の背に問う。

 だが、犬飼は何も答えない。


 犬飼と俺とには接点があまりない。

 教師に呼んでくるように言われたなら、誰それの教師が呼んでるからと言えばいい。


 わざわざ案内までするということは教師達ではなく生徒だろうか。

 そして犬飼を使って俺を呼びつける人物と言えば──。


「神木か?」


 犬飼が息を呑んだ。


(アタリか)


 神木はクラスだけでなく校内で肩を風を切って歩く風体をしたやつ。


 別にそんなに悪い奴ではないのだが、昔、色々あってちょっと捻くれてしまっている。さらに見た目がコワモテだからか、なんちゃって不良ポジションにいる。


 ちなみに俺とは小学校時代からの知り合いであり、幼少期のあいつの恥ずかしいあれこれを知っている。というより、今のあいつの校内での処世術を教えたのも俺であったりする。


 だから、あいつが俺に対して何かをすることはないはず。


(しかし、わざわざ呼び出すのはなぜか?)

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