第9話 夢

 暗闇の中、園児くらいの歳の男の子が泣いていた。


 その男の子には見覚えがある。──そう。あれは昔の俺だった。

 そこへ母が近づいてきた。

 子供の俺の前で膝折り、俺の肩に手を当てる。

 そして泣いている俺にさとす。


「大人が笑っている時は子供らしいわがままの一つは言ってもいいわ。でも、大人が笑わなくなったり、困ったりしたら、それはわがままを言わずに我慢しなさい」


 他にもあれやこれやと言われる。

 建前を。そして責任を。

 大人の言葉は常に理解が難しかった。


「罪悪感を感じなさい」


 押し付けるように。そして叱るように。

 罪悪感。子供の俺にはその意味が分からなかった。けど、それは悪いことだということがなんとなくだけど理解していた。


「さあ!」


 そして俺は母に手を引っ張られる。


「演じなさい」


 子供の俺と母は消えた。

 ここで俺は夢だと気づいた。


 だって母は死んだんだ。

 だって俺はもう子役ではないんだ。

 だって──。

 だって──。


  ◯


 物覚えがついた頃から俺は子役だった。


 好きで子役になったわけではない。

 母がそれを望んだのだ。だから子役を演じ続けた。


 そして母はもう一つ、女の子を望んでいた。


 だけど俺は男。


 それで母はなるべく中性的な服を俺に着せていた。

 母は満足していた。だから問題はなかった。


 けどそれはずっとではなかった。

 体は成長する。

 そして俺は他の男子より早く声変わりが訪れた。


 その頃と同時に母は病で入院していた。

 俺は母を悲しませたくないため、わざと高い声音を出してしゃべった。


 その結果、俺は──。


  ◯


「ちょっと! もう朝よ! 起きて!」


 罵声をもって俺は起こされた。


「んん」

「ほら、早く! いつまで寝てんのよ」


 声の主は菫だった。クラスメートの。でもどうして……ああ、そうだ。兄妹になったのだ。


 菫が制服を着ているので一瞬まだ夢の中と錯覚してしまった。


 掛け布団を引き剥がされて、菫が馬乗りしてきた。

 下腹部に人の重みを感じる。


「うぐっ」

「どう? 目が覚……!?」


 おいどけよと俺が抗議の目を向けると、菫はなぜか顔を赤くしてあわあわしていた。


「なんだ?」


 問いかけると菫はすぐに俺からどいて、ベッドから離れる。その動作は素早く、まるで避けるかのようだ。

 本当になんなんだ?

 俺もベッドから降りて、立ち上がる。

 すると菫の視線が下がる。


(ん?)


 菫の視線の先に目をやるとそこは俺の股間で男性特有の生理現象でテントを張ったものが。


(あー、なるほど)


「おい、菫、これは……」

「変態!」


 そう叫んで、菫は俺の息子を蹴った。


  ◯


「菫、それは朝勃ちという生理現象なのよ」


 義理の母、薫子さんが自身の娘に朝勃ちという生理現象ついて説明をしている。


「ううっ」


 菫は両手で顔を覆い、椅子に座っている。


「だから変な意図はなかったのよ」


 薫子さんが菫の肩に手を置いて優しく語る。


「……うん」

「意外に初心うぶなんだな」

「何よ!」


 菫が手を顔から離して、俺を睨め付ける。


「いや、ギャルってお盛んだから、性知識も経験も豊富と思ってたから」

「偏見! 偏見!」

「ごめん、ごめん」


 俺は朝食をかき込み、逃げるように自室に向かう。


  ◯


「ちょっとまだ話は……って、もう!」


 制服の着替えの最中にいきなり部屋にドアを開けた菫はすぐに着替え中と分かるやドアを勢いよく閉めた。


 そして廊下から「どうしていつも!」という喚き声が聞こえた。

 俺が制服に着替え終わり、ドアを開けると廊下で菫が壁を背に立っていた。


「なんか用か?」

「何って学校よ。私、まだ学校への道は知らないから」


 そっぽを向きつつ菫は言う。


「ああ」

「あと、今朝の件はまだ終わってないわよ!」

「朝勃ちのことか?」

「言うな! てか、それじゃない!」

「どれだ?」

「性経験豊富とかそういうのよ」

「ああ。実際はゼロってことか」


 朝勃ちも知らないんだもんな。


「ゼロってわけでは……」

「非処女か?」

「違う!」

「どっちだよ」

「処女! それと性知識も経験もないから」

「あってんじゃん」

「だーかーら、今まで偏見を持ってたでしょ!」

「それが気に食わないってことか?」

「当然でしょ。人の知らないところで変な噂とか嫌だし」

「安心しな。噂はないよ。これは俺個人の偏見さ」


 まあ俺だけでなく、一般の偏見なんだろうけど。

 ギャルは遊んでいる。彼氏がいたら非処女。


「なら偏見は持たないでね」

「分かったよ」


 一応、菫に対してのイメージは変わった。

 というかVママという時点でガラリとイメージは変わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る