第6話 買い物

「私が悪いって言うの?」


 菫は腰に手を当て、ぷんすかと怒っている。


「当たり前だろ」


 俺は引っ叩かれた左頬を手でさすりながら言う。


「そんなとこにセクシーランジェリーを入れるなよ」

「仕方ないでしょ。その……には見せ……ないじゃない」


 まじまじ言って聞き取れにくい。なんか顔も恥じらっているし。


「ん? なんて?」

「だーかーら! 母親に見せらないってこと!」

「ああ! あれね。エロ本とか親に見つからないように隠しちゃうアレね」

「そんなのと一緒にしないで!」


  ◯


 昼飯は父が買ってきた弁当と菫が料理した野菜炒めだった。


「料理出来るんだな。美味いよ」


 菫が作った野菜炒めを食べて俺は感想を述べた。


「切ってコショウ振って焼いただけよ」


 こんなの別になんてことないみたいな口ぶり。


「ギャルって付け爪してるから料理はしないと思ってたよ」

「……私、付け爪なんてしてないでしょ」

「そういえば、してないな」

「それに母が仕事してるから、家事全般は私がやるようになっただけよ」

「すごいな」

「別にたいしことないわ。そっちはどうしてたの?」

「ユーバーかコンビニ弁当」

「まじ?」

「まじ」


 菫はやれやれと溜め息を吐いた。


「なんだよ。1人分なんだから作ったら余らせるだろ?」

「私も帰りが遅いからね」


 と、父が苦笑交じりに言う。


「これからは菫が料理担当かな?」

「私だけに押し付けないでよ。充君も手伝ってよね」

「料理はできんぞ」

「米研ぎと野菜の皮剥きくらいはできるでしょ」

「まあ、それくらいなら」

「あと、料理以外にも洗濯とか掃除とかそういうのも考えないと」


  ◯


「どうぞ〜」


 ドアがノックされて俺は返事をした。

 部屋に入ってきたのは菫だった。


「何か分からないことでもあったか?」

「ううん。ちょっと買い物に付き合って欲しくてね」

「買い物?」

「シャンプーにリンス、あと歯ブラシとかその他色々」

「今じゃないとダメ?」

「ダメ」

「俺、荷物持ちってこと? それなら父に言えば車を……」

「ご近所のことを知っておきたいのよ」


 俺は腕を捕まれて、動かされる。


「引っ張るなよ。分かったから」


  ◯


「Vtuberにユーバーはまずいわよ」


 スーパーまでの道中で、隣を歩いている菫が急にそんな話を振ってきた。


「ん? なんだ?」

「お昼のユーバーの話。ユーバーはまずいわよ。ついこの間、SNSとかで話題というか問題になったでしょ? 寿司のやつ」

「ああ! 特定のやつな」


 あるVtuberがユーバーの置き配サービスで寿司を注文したら、寿司がネタとシャリがぐちゃぐちゃになっていた。そしてVtuberはそれをSNSでアップしたのだ。


 それは嫌がらせではなく、あえてぐちゃぐちゃにして、それを相手がSNSで反応するかを調べるためやった行為。


 そして見事に相手の術数にはまり、VtuberはSNSにアップした。

 すなわちそれは置き配をしたユーバー配達員にVtuberの住所が確定したということ。


 その後、くだんのVtuberはすぐに引越しをした。

 以降はVtuber界では怪しくてもすぐにSNSでアップしてはいけないことに注意喚起がなされた。


「さすがに実家でVtuberやってるなんて思ってないだろ? それに俺は高校生だぞ?」


 Vtuberは基本前世持ちが多い。ニパニパ動画や声優出身など。それのせいかVtuberの年代は20代後半から30代前半が多いという。


「どうかしら? 高校生Vtuberもそんなに珍しくもないよ。Vtuberではないけど不登校動画配信者なんているくらいだし」

「SNSにアップしなければ問題ないだろ?」

「それでも危険! 注意をしなさい!」


 菫は俺の鼻っ面に人差し指を差し向ける。


「分かったよ」

「ま、これからは私が料理担当だから任せてね」


  ◯


 そしてスーパーに辿り着いた。


「ここはスーパーの隣にホームセンターが併合しているんだよ」

「それだけ?」

「他にもファストフード店とかクリーニング店、花屋もあるよ」


 あると言っても小さいんだけどね。


「どっちから行く?」

「まずはホームセンターから行きましょう」


 店内へと進み、菫はシャンプーやリンスをカゴに入れる。


「おい、待て。なんで二つずつあるんだ?」

「こっちは私でそっちは母の」

「同じでいいじゃん」

「なら、うちの母に言いなさいよ。こっちのシャンプーを使うようにって」


 その後、歯ブラシ、歯磨きチューブ、綿棒、爪切り、トイレ用消臭スプレーを買った。


「はい荷物」


 菫はエコバッグを俺に押し付ける。


「へいへい」


 次にスーパーへ寄り、菫は晩御飯の食材をカゴに入れる。

 卵にミンチ、ミックスベジタブル。


「オムライスか」

「嫌だった?」

「いいや」


 サラダをカゴに入れて菫は、


「ドレッシングあった?」

「あるよ。和風のやつ」

「そっか」


 菫はイタリアンドレッシングをカゴに入れる。


「イタリアン派なのか?」

「う〜ん。まあそうかな? イタリアンを使うのが多いかな。でも和風も好きよ。他にもゴマとかも好きだし」


  ◯


 菫は見事に綺麗なオムライスを作った。


「うん。上手い」


 味も申し分ない。


「どうも」

「本当に上手いよ」

「うん。美味しい」


 と父も食しつつ言う。


「オムライスなんて初級レベルよ」


  ◯


 お湯張り終了のコール音が鳴り、「誰が先入る?」と俺は聞いた。


 いつもなら俺だが、今日からは女性の菫と舞子さんもいるのだ。


 特に菫くらいの思春期の子は絶対父より先にお風呂に入る世代だ。


「私は後でいいよ。女性の方から先にどうぞ」


 と父が遠慮して、女性二人に振る。


「じゃあ、先に私が」


 菫が立ち上がり、脱衣所に向かう。


 それから30分くらいして脱衣所のドアが開き、階段を駆け上がる音がしたので、


「あら、あの子、出たのかしら」


 と薫子さんが言う。


「充、先に行きな」

「分かった」


 スマホでゲームをしていた俺はゲームを終了させ、充電コードを刺す。


 またドタバタとした音が鳴る。

 そしてドアの音。


「なんだ?」


 俺は脱衣所に向かう。


 そしてドアを開けると裸姿の菫がいた。

 正確にはパンツを穿こうとしている菫。


「きゃあああーーー!」

「のわーーー!」


 俺はすぐにドアを閉めた。


「どうした?」、「何かあったの?」


 悲鳴と絶叫を聞いて親達が駆けつけてきた。


「ドア開けるとほぼ素っ裸の菫がいた」

「え? どういうこと?」

「聞かれても分からないよ」


 その後、パジャマに着替えた菫が出てきて、事情を聞いた。


 顔は湯上がりだけでなく羞恥も含んで真っ赤。


 菫曰く、風呂上がりの後、着替えようとしたら下着だけなかったので部屋に取りに行って、戻ってきたと。


「素っ裸で階段をのぼり下りしてたのか?」

「違う。そこはパジャマを着て。それで脱衣所に戻ってきてパジャマを抜いでパンツを穿こうとしたら……ううっ」


 菫が両手で顔を覆い呻く。


「なら部屋でパンツを穿けよ!」

「ド、ドライヤーは脱衣所だし。それに保湿クリームとかも」

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