第7話 デッサン

「充君、ちょっといい?」


 菫がペンタブを持って、部屋に入ってきた。


「なんだ? さっきのことか?」


 ベッドに寝転びながらマンガを読んでた俺は手を止めて聞く。


「そ、そうじゃない。イラストのことよ! もう! 忘れて!」


 菫が顔を赤らめて言う。


 ……イラスト。


「ああ、Vtuberのか?」

「そうよ。ちょっとモデルになってくれない?」

「え? 別にモデルなんていらないだろ? 今までモデルなんていなかったんだし」

「ないよりあった方が描きやすいの!」

「仕方ないな。で、どんなポーズをとればいいんだ?」


 俺はマンガを置いて、ベッドの上から床へと立ち上がる。


「うーん。まずは手を組み合わせて、前に伸びするやつ」

「こんなの?」


 俺は両手を組み、それを手のひら側を前にするように伸ばす。


「そうそう」


 菫は俺の斜め向かいからペンタブを片手にさらさらと描き始める。


「なあ? イラストレーターのことは友達とかは知ってるのか?」

「知らない」


 菫はもくもくとペンタブ操作しつつ言う。


「言わないのか?」

「当たり前でしょ? オタクでイラストレーターなんてのがバレたら大変よ!」

「そっか」


 オタクはカースト下位だもんな。


「ん? オタクなのか?」

「そりゃあゲームとか漫画好きだし」

「別に今時、ゲームとか漫画でオタクってわけでもないだろ」

「ショタ絵描いても?」

「描いてるのかよ」

「うっ!」

「そう言えば学校で、子役の五代なんて知らないみたいこと言ってたのに、知ってたんだな」

「知ったのはあとよ」


 まだシラを切ろうとしている。薫子さんから五代のファンだってのは聞いているんだけど。

 どうして嘘をつくのか?


「ペンネーム五代だろ。子役の名を使っといてよく言うよ」

「ぐ、偶然よ」

「はいはい」


 俺がVtuberになったのは去年の高校一年に入ってすぐだ。イラストレーター五代はその前から活動していたことになる。

 てか、高一でイラストレーターに抜擢って何気にすごいな。


「で、これ、いつまで?」


 そろそろしんどくなった。それにじっとしているのもつまらない。


「あともう少し」


 その言葉通り、数分後に解放された。


「どんな感じ?」

「こんなのよ」


 と、菫はタブレット画面を見せる。


 そこには線画で描かれた裸の人が。

 顔は描かれていないが裸にされるのは嫌だな。


 てか、なんで裸?

 俺、こんなに筋肉ついてないぞ?


「次は……」

「まだあるのか?」

「乗ってる最中にいっぱい描きたいの」


 乗ってるのかよ。


 お前がテンアゲする何かあったのか?


「シャツ脱いで」

「え?」

「シャツよ。シャツ。邪魔で上手く描けない」

「シャツも描けよ。てか、なんで裸?」

「服とか着てるとデッサンが上手くできないのよ。ね、お願い」


 菫が両手を合わせてお願いしてくる。


「分かった」


 俺はシャツを脱いで指定されたポーズをする。


  ◯


「う〜ん。やっぱりダメね」


 菫は描くのを止めて悩む。


「やっぱ下も脱いで」

「なんでだよ」

「下半身も見たいの!」

「あのな!」

「いいじゃないの。私の裸を見たんだから!」


 菫が俺のズボンを引っ張る。


「好きで見たわけではない!」


 俺は抵抗してズボンを上に引き上げる。


「見たことは変わらないでしょ!」


 と、そこへ。


「二人共、何騒いでいるの?」


 ドアが開かれた。


「いいからママに見せなさい。さあ、抵抗しないで! ママに見・せ・ろ!」


 菫は脱がすことに必死なのか薫子さんがドアを開けたことに気付いてないようだ。


「待って! 後ろ!」

「うるさい!」

「菫、何をしているの?」

「だから、うる……え!?」


 そこで菫もようやく後ろの薫子さんの存在に気付いたようだ。


「あ、あなた何をしてるの? それにママって!?」


 薫子さんは真っ青な顔をしている。

 まあ、それもそうだろう。実の娘がなぜか上半身裸の義理の兄に対してママ発言をして、ズボンを下げようとしているのだから。


 それはさぞ異様な光景に見えただろう。


「違うのこれは……えっと」


 菫はすぐにも弁明を言おうとするも舌が回らず、ただ狼狽える。


  ◯


「Vtuber!?」


 父が俺を見つつ驚いた声を出す。


「で、菫はイラストレーター!?」


 次に薫子さんが娘の菫の件で驚く。

 俺と菫はあの後、これは全部話しといた方が良いと思い、親にVtuberのことを話した。


「まさかVtuberをやっていたとは。ハイスペックなパソコン買ったから、なんか怪しいとは思ってたけど。まさかVtuberか」

「知ってるのVtuber?」

「まあ知識としては」

「で、菫が充君のイラスト担当。もといママなのね」


 と、薫子さんは言う。


「うん」

「どうしてママと言うの?」

「キャラデザを担当したから。つまり生みの親。だからママなの」

「そ、そうなんだ」


 薫子さんは額に手を当て、少し整理してから、


「絵を描くのが好きだとは言ってたけど。まさかそれで仕事までしてたとは。しかもVtuberのママ」


 それは呆れと感嘆が入り混じった感想だった。


「二人共、この事は秘密で。Vtuberは身バレが命取りだから」


「分かった」、「ええ」


 思ってたよりもスムーズに話が進んで助かる。


「でも黙ってたのは許せないわ」


 と、薫子さんは菫に対してきつい声音で言う。ちょっと怒ってるのかな?


「ごめんなさい」


 菫はしおしおと謝る。それはまるで点の低いテスト用紙が見つかった時の感じ。


「なんでこんな大事なことを話してくれなかったの?」

「えっと……」


 オタクでショタ絵を描いたますなんて言えないからな。


「それはその……ちょうどあの頃って、コロナ禍が始まって忙しかったから……」


 菫は指をもじもじさせながら言う。


「……」


 それを言われると言い返せないのか薫子さんは口をつぐむ。


「まあ、過ぎた事は仕方ない」


 と、父が割って入る。そして、「でもね、菫ちゃん」と急に真剣な声色で話しかける。


「大きな問題がなかったから良かったけど。勝手に仕事をするのはいけないことだからね」

「……はい」

「これからは仕事のことをちゃんと言うようにね」

「はい」


 あの勝気な菫が珍しくしおらしい。

 さて、これで家族会議も終わりかなと思ってたら。


「充、お前もな」

「え?」

「Vtuberになったのならちゃんと言いなさい」

「え、あ、うん」


 自分に話が回ってきたのでびっくりだ。Vtuberの話は終わったのでは?


「これから家族になるんだから秘密はなし。いいね」


 と、父が締めくくる。


「分かった」、「うん」、「そうね」と、各々は返事をする。


 それを聞いて父は顔を崩して満足げに頷く。

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