第5話 荷解き

「ふう。これでいいんだよね?」


 ダンボールを部屋に運び終えて、俺は父に聞く。


「ああ。助かったよ」

「クソ疲れた」


 運んだダンボールは全部早坂母娘からのもので、ウチに住むための荷物を送ってきたのだ。

 服とかの軽いものと言っておいたのに、かなり重かったぞ。


 たぶんパソコンの類だろう。


 そしてそれらを俺と父が母娘達が使う部屋に運んだということ。


「全部ここでいいの?」


 部屋は二つ。母と娘の分。

 しかし、ダンボールは別けずに薫子さんが使う部屋に全て置いた。


「ああ。中は開けるなよ」

「分かってるよ。で、本当にこれだけ? 後からタンスとかこないよね?」

「タンス等は処分したらしい」

「ベッドとかは?」

「注文したらしい」


 と、そこでインターホンが鳴った。


「お! 話をすると来たか」

「まさかベッドも運ぶの?」

「それは大丈夫だ。業者の人に運搬と組み立てをやってもらうから」


  ◯


 届いたのはベッドだけでなく、鏡台や机、ラックもあった。


 ベッドは業者が菫が使う部屋に組み立ててくれた。そして鏡台と机はそれぞれの部屋に置かれ、ラックの入ったダンボールは組み立てられることなく置かれた。


「ラックを組み立てろって言われない?」

「まあ、いいじゃないか。男なんだから仕方ないよ」


 父は俺の左肩に手を置く。


「仕方……」


 俺の声を遮るようにインターホンが鳴った。


「まだくるの?」

「いや、荷物は全部のはずだし。他に買ったとか言ってないが」


 父が階段を降りて、玄関へ向かう。

 俺は階段の踊り場で様子を伺う。


「どうも。早坂菫です」

「どうしたの? 来るのは明日ではなかった?」

「はい。パソコンが急遽必要になりまして」

「そうか。荷物は上の部屋だよ」

「失礼しまーす」


 菫は靴を脱いで、家に上がり、階段をのぼる。


「五代君……じゃなかった。充君で良かったかな? それともお兄ちゃん?」

「充でいいよ。クラスメートにお兄ちゃんは背筋が震えるわ」

「アハハ。まじそれな」

「部屋はそこだから」

「ありがと」


 菫はすたすたと俺が指差した部屋へと入っていく。


「おーい。充ー」


 階下にいる父から呼ばれた。


「何?」

「もうお昼だからスーパーに行く。その間、留守を頼むぞ」

「分かった」


 俺は返事してから自室へ戻ろうとしたところでダンボールある部屋から出てきた菫に、「ねえ、カッターかハサミない?」と問われた。


「ちょっと待ってろ」


 俺は自室に入り、机の引き出しからカッターを取り出す。


「へえ、ここで充君の部屋か。イカ臭くないけど、ちょっと汚いね。掃除しなよ。ファブってるだけでは駄目だよ。あ、パソコンだ。なかなかいいパソコン使ってんじゃん。この部屋で配信してるの?」

「あんまりはしゃぐな」

「ママとしては、息子がどのように配信してるのかチェックする必要があるでしょ?」

「今までしてこなかったくせに」


 正確には菫はVtuberの魂と会うことを拒んでいた。


「仕方ないでしょ。魂がチー牛だったら嫌だもん」


 そして菫は俺の部屋を物珍しそうに見渡して、タンスの天井を人差し指で擦る。

 その人差し指を見て、


「うわっ、ホコリあるじゃん。どこが掃除よ」

「小姑か」

「小姑じゃなくてもこれは汚いと言うよ」


 菫は呆れたように言う。


「もういいだろ。出るぞ」


 俺は菫の腕を引っ張って廊下に出る。


「荷解き手伝ってくれない?」

「……オッケー」


 そして俺達はダンボールの置かれた薫子さんの部屋に移動する。


「ええと、これとこれが私のかな?」

「なんか印とか付けてなかったのか?」

「印というか、大きさとか、ダンボールの柄で覚えてたのよ」


 そう言って菫はダンボールを母と自分のとに別ける。


「これ運んで」

「了解。これだな……っと、重いな」

「パソコンが入ってるから丁寧にね」

「パソコンだけにしては重くないか?」

「タブレットとかその他パーツがあるからね」

「なんだよそれ」

「いいから」


 俺は重いダンボールを菫の部屋へと移動させる。

 菫が使う部屋は先ほど組み立てられたベッドと前から置かれていたタンスだけだった。


「ここが私の部屋になるのね。結構広くていいじゃない」

「元は物置部屋みたいに使われていたんだよ」

「へえ。置かれてた物は?」

「処分したり、別の物置部屋に押し込んだり」

「処分? ……なんかごめんね」

「いいよ。気にするな。捨てようか迷ってたものが多いし」

「迷ってたなら……」

「迷うってことは捨てる気はあった。ただ踏ん切りがつかなかったということさ」


 ギャルって結構自己中じゃなかったのか?


 なんで申し訳なさそうな顔をするんだ。もしかして点数稼ぎか?


「さっさと荷解きするよ」

「うん」


 薫子さんが使う部屋に戻り、俺は残りのダンボールを運んだ。


「疲れた」

「ありがと。助かったわ」

「何が入ってんだよこれ」

「本とかだよ。意外と本って、やばいよね。ダンボールに詰めて量ってみたら20キロ超えるからね」


 確かに教科書とかを沢山、鞄に詰めるとクソ重い。それに文句を言っていたら、ある時に父が、昔は電子辞書がなかった頃は分厚い辞書を2つか3つほど鞄に詰めていたから今はだいぶ優しいだろと言われた。


「こっちはなんだったんだ?」


 衣服系よりかは重く、雑貨の類よりかは軽いダンボールだった。


「……ん〜なんだっけ?」


 と、菫は目を合わさずに言う。


 なんかすっとぼけられた?


 見られたくないものでも入っているのか?


 隠されると暴きたくなるのが人間というもの。しかし、新しい家庭を初っ端から躓くというのもどうだろうと言うことで無視してやることにした。


「それじゃあ、私はパソコンを組み立てるから、そっちはラックを組み立ててくれない?」

「ええー」

「お願いよ」


 菫は両手を合わせて頼んでくる。


「パソコンは私の手できちんと組み立てたいのよ」

「組み立てというか配線の繋ぎ合わせとかだろ?」

「設定とかあるじゃない」

「そっか。確かにそれは自分でやらないとな。分かったよ。ラックは俺が組み立てるよ」

「ありがと。本当に助かるわ」


 そして俺はカッターを使ってラックの入ったダンボールを開封する。


 説明書を読みながら俺はラックを組み立てを始める。

 途中であることに気づく。


「これドライバーが必要なんだけど」

「ドライバー?」


 菫は机の上にパソコンを組み立てつつ聞く。


「そう。カバーをかける時に使う、なんて言うのかな、カバーかけるポイントを作るのにドライバーが必要みたいなんだけど」

「カバーは別にいらないけど……ううん。一応、そのポイントを作っておこうかな。ドライバーは雑貨のダンボールに入れておいたはずだよ」


 ドライバー持ってるのと聞き返したかったが、何やら真剣にパソコンに向き合ってるのでやめた。


 俺は雑貨類が入っているであろうダンボールを開けて中を探るが、


「ん? ないぞ?」

「え? 嘘? ない?」

「ないない」

「あー、じゃあ、パソコンの方かな?」


 次にパソコンが入っていたダンボールを調べるが、そこにもドライバーは見当たらなかった。

 入っていたのは据え置きハードのゲーム機、タブレットやペン、電子辞書、ヘッドホン等の物があった。ペンに至っては3つも。なんかパソコンでイラストでも描いているのか?


「ないぞー」

「まじで?」


 菫は画面から目を逸らさずに言う。その横顔は少し深刻そうであった。


「まじ」

「んー、他のダンボールも開けて見て。さっきのは駄目だから。あと軽いのもね」

「さっきの?」

「さっき言ってた、これ何入っているってやつ」

「ああ、あれね。軽いのは?」

「下着よ」

「なるほど」


 俺はさっき話していたダンボールと軽いダンボールをどけて、中を開いていく。

 まず初めに開いたダンボールにはコスメ系でドライバーはなかった。次に開いたダンボールにはCDにブルーレイディスク、そしてゲームソフトの類。


 んー。ないなー。


 そして次に開いたダンボールは衣服の類で少しながら緊張した。一応、中に手を突っ込み、ドライバーがないか調べる。 


 そしてヒモのような物が指に引っ掛かり、間違って取り出してしまった。


 それは赤いレースの──。


「のわぁーーー!」

「うわっ、何よ? びっくり……って、あああーーー!」


 俺はすぐに赤いレースのTバッグをダンボールの中へ戻すも、怒り狂った菫に左頬を引っ叩かれた。


「何やってんのよーーー!」

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