第4話 歌について
「それで五代さんは何か言いたいことがあるのでは?」
打ち合わせも終わろうとしている時、マネージャーの羽村さんが菫に聞く。
すっかり忘れていたが、そうだった。今までVママである菫が顔合わせを拒んでいたのに今日に限って顔合わせを希望したのは俺に言いたいことがあったからだった。
「五代ではなく、スミで良いです。彼も五代なので」
俺もというが、俺は芸名が五代で今は虎王子ゼンだ。今は菫が五代を名乗ってもいいのだが、本人が恥じらっているので言わないことにする。
「分かりました。で、スミは彼に何か言いたいことがあったのでしょう?」
「はい。充君……」
菫は真剣な目で俺を見つめる。
「ここはゼンでいいよ」
「……ゼン君、どうして歌ってくれないの?」
「え!?」
てっきり素が出て、キャラ設定をちゃんとしろみたいな説教かと思ってたから、歌に関することなんで肩透かしであった。
「歌よ。どうして歌枠を作らないの?」
歌枠。文字通りそれは配信で歌を歌うこと。俺はその歌枠が少ない。いや、一度しかやっていないはず。
「ええと……下手だから」
「嘘! 子役の時、歌を出してたじゃない!」
俺は溜め息を吐き、
「なら子供っぽく歌えと?」
「そうじゃないけど」
「オンチなのは本当なんだよ。ね、羽村さん?」
俺は羽村さんに話を振る。
「オンチとは言えませんけど、普通くらいですかね? 惹きつけるものは……今の声では残念ながらありませんね」
羽村さんは
「残念だけどそういうことだよ」
と、俺は菫に言う。
「ここは天下のペイベックスでしょ? レッスンとかあるでしょ?」
そうここはペイベックス。
音楽業界で知らぬ人はいない大手。90年代にテクノポップで一気に音楽業界のトップにのし上がり、その後も著名なアーティストを輩出。
会社も今では音楽以外にも俳優、タレント、お笑い、そして今、俺が所属するVtuber課と幅広く手を出している。
その中で本社が1番力を入れているのが当然のことながら音楽だ。そして一流の教師によるレッスンが社に存在する。
「あのな。レッスン受けたら誰でも上手くなるわけではないんだよ。羽村さんが言ったとおり、俺には人を惹きつける美声はないんだよ」
そう言って俺は肩を竦める。
「で、でも今は歌が下手でも歌枠している人いるわよ。黒狼ミカゲとか」
「あれは逆に変わったオンチだからだよ」
黒狼ミカゲ。青髪のクール系女性Vtuberである時歌枠で一気に登録者数を上げた。
彼女のオンチは音を外すというものでなく、歌全体が独自のリズムを持っているのだ。それが本来の歌とは違う味を出していて、ミカゲファン以外のファンからも人気を博している。
「残念だけど歌は無理だから。やっても意味はないよ」
菫は助けを求めようと羽村さんに顔を向ける。
「中途半端にやっても意味はないかと」
「そんな! で、でもさ、それだと歌とか出せないじゃん。虎王子ゼンだけだよ。オリジナル曲を出してないの」
確かにペイベックス男性Vtuberでオリジナル曲を出していないのは俺だけだ。
「別に出さなくても……」
「ダメ! メンバー皆が望んでいるんだよ!」
菫は頑なに歌を推す。
「……」
「スミさん、売れない曲を出しても損をするのは誰かお分かりで?」
羽村さんが諭すように菫に言う。
「それは……」
「本社にも損は出ますし、虎王子ゼンの今後の活動に影響が出ます。求められているからという理由だけでは駄目なんです。黒狼ミカゲもオンチだけどオリジナル曲は出していませんよね? そういうことです」
「ううっ」
「すまない」
俺は誠意を込め謝罪した。
これで分かってくれただろうか。
「納得いかない。カラオケ行きましょう! そして歌って!」
(まじかよ!)
俺は羽村さんに目を合わせる。
アイコンタクトで羽村さんは「仕方ありません。納得させるために歌っては」と言う。
「分かった」
◯
打ち合わせの後、俺と菫は近くのカラオケ店に向かい、俺は納得させるために歌った。
「分かったか」
カラオケ店から出て、俺は菫に聞いた。
結構、長く歌わされていたので陽が暮れようとしていた。
「……普通」
「ゼンとしてはあの歌は駄目だろう」
「……」
「Vやってる時はさ、声を作ってんだよ。それで歌えってのは酷なんだよ。だからどうしても地声で歌うしかないんだよ。それはお前もリスナーも嫌だろ」
「そんなに……」
「イメージを壊したくないんだよ」
虎王子ゼンは生意気な子供。それが歌を歌うと演歌歌手になる。
「だったらちょくちょく地声……素を出す? 素も人気なんだしさ」
「キャラ設定大事だろ?」
「そうだけどさ」
「歌も決して歌わないわけではないんだし」
個人の歌枠以外にもコラボで歌うこともある。
ちょっと前に犬葡萄カガリとのコラボでデュエットをしたこともある。
「でも〜」
「下手に歌を歌うとリスナーから中身はおじさんと思われるだろ?」
「それは嫌だ」
「そういうこと」
と言って俺は歌の件を締め括った。
菫はまだ不満のようだが。
(努力ではどうにもならないことがあるんだよ)
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