抑制

「……良かったのか?」


 ルイド達が出て行った後、ガラスはすぐにそう言った。


「良かったのかって……何がじゃ?」

「あいつらをAにしなくて良かったのかって事だ」


 ガラスがそう言うとピロは「はぁ……」と溜息を吐いた。


「分かっておらぬのぉうお主は。これは言わば抑制よくせいじゃ」

「抑制?」

「あやつの、ルイド動き、見てたか?」

「動きって、いつのだ?」

「儂が出て来た時のじゃ」

「あぁー……驚いていたな」

「馬鹿もん! そうじゃないわい!」

「じゃあ何だよ」

「あやつ、恐らく無意識じゃろうが短剣に手が伸びてたわ」

「……ほぉ」


 ガラスはそう言うと爪先つまさきをパタパタとさせた。


「で、何でそれで抑制したんだ?」

「うむ、無意識でそんな事を出来るという事は、そうしなければならない環境にいたか、そうする様に自身を訓練したのどちらかじゃろ?」

「ああ」

「恐らくあやつは前者、つまりとてつもなく過酷な環境にいた事になる」

「……それがどう抑制に繋がる?」

「分からんか?」


 ガラスは肩を上にクイッと上げる。

 要するに分からないという事だ。


「危険なんじゃよ」

「危険?」

「過酷な環境にいたという事は、それすなわちそんな環境でも生存出来る事を意味する。そうじゃろ?」

「まあ、そうだな」

「そしてあやつらはレベルが47063。戦えば儂でも引き分けになるかもしれん」

「うっそだろ? 俺はあんたが引き分けになるのを想像出来ねぇよ」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ嬉しい事を言ってくれるのぅ。じゃがこれは大マジじゃ。それほどあやつらは危険なのじゃ」

「だから……抑制したのか?」

「そうじゃ。物凄い強さを持っているのは間違いないが、まだ人となりがよく分かっておらん奴らに冒険者ランクの中で上から二番目の権力であるAを与えてみぃ、どうなる事か分からんぞ」

「〝八方武人はちほうぶじん〟達や〝勇者パーティー〟が何とかするんじゃないか?」

「あやつらは余程の事じゃない限り動かんわ」

「あんたが引き分けになったらそれは余程の事じゃねぇのか?」

「かぁー! お主は人を褒めるのは上手いのぉう」

「……褒めてんのかそれ?」

「いんや」


 ピロは長椅子から飛び降り、近くの窓から外を眺めた。

 遠くに早歩きで宿に入るルイド達が見えた。


「とにかく、まだあやつらにそんな権力は与えられん」

「だが、人となりが分かればAまで格上げする、と?」

「まあの。むしろ推薦すいせんして一気にSまで格上げするかもしれん」

「エッ、Sに!?」


 冒険者ランクSというのは、一人一人がまさに一騎当千いっきとうせんの実力を持つ者達に与えられる称号だ。

 このSランクになるには、クエストの達成数やモンスターの討伐数の他にも、ギルドマスターからの推薦と、国からの許可が降りないとなる事は出来ない。


「ああ、実力は申し分ないからの」

「今日初めて見ただけだろ? 分かるもんなのか?」

「レベルが47063もある時点で相当あると分かると思うんじゃが」

「……確かにな」


 ガラスはそう言ってピロと同じように窓を眺める。

 綺麗な青空の中を白い雲が泳いでいた。


「お主、最近どうなのじゃ?」

「どうってのは?」

「クエストとかじゃよ、クエスト」

「まあ、ぼちぼちって言ったところか」

「なんじゃ? お主なら色々なクエストを受けられるじゃろう?」

「面白そうなクエストがねぇんだよ」

「なるほどのぉう」


 そう言ってピロはあごをさすった。


「ガラスよ」

「何だ?」

「あやつら、どうなると思う?」

「どうなるって言われてもよぉ……俺はそういうの得意じゃねぇ事くらい知ってんだろ?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、分かっておるわい。ちょっと揶揄からかっただけじゃわい。儂はなぁ、あやつらはちょっとした大物になると思うのじゃ」

「大物?」

「……まあ、儂の想像じゃ。気にするでない」

「分かった、気にしないでおこう」

「馬鹿正直な奴じゃのぉう……」


 ピロはそう言って体を丸めた。


「出掛けるのか?」

「ちょっとな、面白いやつらが来たと〝あやつら〟に教えてやるのじゃ」

「そうか、んじゃあ俺はここで待機してる」

「うむ分かった。まあ面白そうなクエストがあったら受けてても良いぞー」


 そう言ってピロは完全な球体になり、コロコロと転がってギルドマスター室の扉にぶつかった。


「あー待て待て」


 ガラスが扉を開けると、その場で二、三回跳ねてまたコロコロと転がりだした。


「はぁ……冒険者ランクS、ねぇ……」


 ガラスはそう言って、窓からコロコロと猛スピードで転がるピロと、そのピロを驚きながらも避ける通行人を見つめるのだった。

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