一方その頃……――③

「クソがっ」


 そう言ってギリダスは冒険者ギルドに隣接する酒場の椅子にドスンと座った。


「今日の収穫はいくらだった?」

「……600ベジナ」

「600!?」


 ユミルが勢いよく席を立つ。


「ろ、600って……一人たったの200ベジナじゃない!?」

「そうだ」

「何よ……何よそれ!」


 ユミルも勢いよくドスンと椅子に座り、肘をダンと突く。

 テーブルに乗っていたコップの中の水が揺れた。


「ま、まあ、今日は所謂いわゆる慣れを直すための日だったと思えば……」

「だとしても200は無いわ!」


 ユミルが水を勢いよく飲んでゴホゴホッとき込む。


「おいおい大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!」


 ユミルが息を整えて、俺の方を見る。


「200、頂戴」

「あ、ああ」


 200ベジナをユミルに渡し、ついでにギリダスにも渡しておく。


「おおっ、ありがとな」

「はぁ〜……アイツがいなくなったっていうのに、何でこんな思いをしなきゃ……」

「本当だよな! 全く、お荷物は余計なお荷物しか残さねぇ!」


 ギリダスは足を机に乗っけて水をちびちびと飲んだ。

 今日はあまり稼げなかったので、お酒は無しだ。


「お? 永劫の剣の皆様じゃねぇか」

「ん?」


 そう声をかけて来たのは、昔一度一緒にクエストを受けたパーティーの『黒狼のつどい』のリーダー、ガルドだった。


「どうしたんだよ、んな浮かれねぇ顔してよぉ」

「いや……今日はちょっと不調子で……あまり稼げないかったんだ……」

「ほぉーん、まあ詳しくは聞かないどくぜ」


 そう言ってガルドは酒をグビグビと飲み、酔って赤面した顔をこちらに向けた。


「んぁ? おいヴァルト」

「何だ?」

「あの坊主はどこに行った?」


 恐らく、ルイドの事だろう。


「あぁ、アイツならもうこのパーティーにいないよ」

「何ぃ!?」


 ガルドが酒の入ったジョッキを机に置く。


「な、何でいねぇんだ?」

「あー……アイツが自らやめていったんだ」


 ギーダにアイツがいないとお前らは死んでいたと言われてムカついていた俺は、これ以上ムカつかない為にも嘘を吐いた。

 ギリダス達も、そうして欲しいと思っているだろう。


「そうか……貴重な戦力だっただろうになぁ……」

「あはは……そうだな……」


 あんなヤツ、貴重でも何でも無い。

 むしろ足手まといだ。


「まあショックで立ち直れそうになかったら俺に言ぇや、一杯奢ってやる」

「ありがとう」


 ガルドが去った後、俺は眉間にしわを寄せた。


「ルイドが貴重な戦力だと……? そんな訳ないっ……!」


 ドンと机を叩き、グググと歯を食いしばる。

 俺らにこんな思いをさせておいて……貴重な戦力? ふざけるな。アイツがいなければ俺らはこんな事になっていない!


「……ふぅ」


 落ち着け俺。

 ここでガルドさんに怒っても仕方がないじゃないか。

 それに、彼は事情を知らないのだから、きっとさっきの発言はお世辞として言ったんだ。

 そうじゃなきゃ、黒狼の集いのリーダーなんてやってられるはずが無い。

 うん、きっとそうだ。


「取り敢えず、俺らはそろそろ宿に戻るか」

「……そうだな」

「……そうね」


 俺は水をグビッと一気飲みして、部屋に戻ろうとした――その時


「うぉっとっと……あぁん?」


 柄の悪そうな冒険者とぶつかってしまった。


「おぃおぃ、ぶつかってくるんじゃねぇよぉ。どこ見て歩いてんだぁ?」


 全く、面倒事に巻き込まれてしまった。


「おぃ聞ぃてんのかぁ?」


 そう言って彼が俺の事を掴もうとして来たので、それを振り払った。


「あ゛ぁ?」


 その行為が怒りに触れたのか、その冒険者が剣を抜いた。


「おいやべっ」

「離れろ離れろっ!」


 これから起こるこの戦いを見る為だけに、周りの奴らが机をどけたりして戦えるスペースを作る。


「ヴァルト!」


 背後にいたユミルが叫ぶ。


「大丈夫だ。こんな奴、俺一人で十分だ」


 そう言うと、周りから「良いねぇー!」「かーっくいぃーっ!」という声が聞こえた。


「ユミル、ヴァルトなら大丈夫だ」

「でもっ」


 恐らくユミルは「私達にはあの癖がっ……」とでも言おうとしたのだろう。

 だが……


「あの癖はモンスターが相手のみで、対人では無い」

「あっ!」


 そう、ルイドといた期間に人と戦った事は無い。

 つまり、ゴブリンに邪魔されると無意識に思ったりしないという訳だ。


「んぉぁ? さっさと剣を抜けよぉ……まさか、素手で行くつもりかぁ?」

「ふっ、そんな舐めた真似はしないよ」


 剣士との戦いで、手加減をするというのは一番の侮辱だ。

 こんな奴でも一応剣士の端くれな訳だし、手加減などしない。

 剣を抜いて、正眼の構えを取る。


「それじゃあ、レディー、ファイ!」


 周りの誰かがそう叫び、戦いが始まった。


「ふっ!」


 俺は攻めるのが得意なので、始まった瞬間攻める事にした。

 刃を横に倒し、横ぎの構えを取り、相手の腹に向かって斬りかかる。

 だが相手はそれをかわして、剣を振り下ろして来た。

 すぐに剣の腹で受け止め、酒場にキィンと鈍い音が響き渡る。


(コイツッ……何て力だ……!)


 このままでは力負けすると思った俺は、剣を斜めにして威力を何とか下に受け流して、スルリと刀身を相手の首へ滑らせる。


(決まったな)


 そう思ったその瞬間


「んなもんかよ」


 そう言われて腹に衝撃が走った。


「ぐっ……!?」


 物凄い勢いで壁に吹っ飛ばされ、背中に痛みが走る。

 どうやら、かなりの威力の蹴りを腹に喰らったらしい。


(なんて速度だ……あの蹴り……)


 見えなかった。

 あまりにも、速すぎる。


(勝てるのか、この戦い……)


 くそ、弱気になるな俺!

 俺は今話題になって来ているパーティーのリーダーだろ!

 すぐに立ち上がって剣を構える。


「はぁっ!」


 今度は体勢を低くし、剣を振り上げる様にした。

 これならば刀身が俺の体に隠れるので、相手は防御しにくい。

 そして今回はちゃんと蹴りにも注意する。

 さっきのは少し油断してしまっていたから見えなかったのだろう。


「喰らえっ!」


 そう言って剣を振り上げる。

 これは……大丈夫だ、決まった。

 相手は防御の姿勢も出来ていないし、蹴る素振りも無い。

 俺はそう思いながら剣を振り上げた――が


「ぐはっ……!」


 またしても凄い勢いで吹っ飛ばされた。


(何が……起こった……?)


 相手の方を見てみると


(あ、脚を……上げている……!?)


 またしても蹴られたのか、俺は!?

 馬鹿な、あんな速度で人を蹴れる訳が……。


「どぉしたぁ? おめぇさんの力はこんなもんかよぉ?」


 そう言って俺は髪を掴まれ強制的に立たされる。


「うぐっ……」


 まずい、殺される!

 そう確信したその時


「お前達ぃー! 何をしている!?」


 冒険者ギルドの方にいる誰かが通報したのだろう、沢山の騎士達が酒場に入って来ていた。


「取り押さえろ!」


 俺の髪を掴んでいた奴が騎士達に取り押さえられる。

 はっ、ざまあみろ。


「悪いが、君にも来てもらおう」

「え、何で俺が……」

「事情聴取だ」

「……はぁ」


 何で俺がこんな目に……。


「ヴァ、ヴァルト……」

「すまない、遅くなりそうだから、先に帰っててくれ」

「わ、分かったわ……」


 そうして俺は騎士達に連れて行かれるのだった。

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