牢獄の魔法は逃がさなかった、あなたと私の幸せを

uribou

第1話

 遥か西の辺境区で災害級の魔物コカトリスが現れた、との報告が王都にもたらされたのはちょうど二〇日前。

 魔物退治の第一人者であり、抜群に頼りになる聖女エラレ様は国の反対側に巡業中だ。

 そこで騎士団と私達宮廷魔道士に討伐の命が下った。


          ◇


「だ、ダメです! 呪いの侵食を止められません!」


 聖教会から派遣されているヒーラーが悲痛な声を上げる。

 くっ、わかってはいたけど。

 コカトリスから石化の呪いを受けた騎士ラルフが言う。


「ハハッ、ドジっちまったな」

「ラルフ……」


 全然ドジなんかじゃない。

 ラルフは私を庇ってコカトリスの石化を受けたのだ。


 コカトリスは巨大なニワトリに似た外見を持っている。

 災害級の魔物とされるのは、そのサイズ、防御力、魔防防御もあるが、極悪な攻撃を持っているからだ。

 コカトリスは石化の呪いを吐く。


「アマンダの槍の魔法がコカトリスの頭を一撃で貫いたのは驚いたぜ」

「たまたまよ」

「いい冥途の土産になるぜ」


 洒落になってない。

 コカトリスの石化は、侵食が脳か心臓に及んだ時点で死ぬ。

 聖女エラレ様の参戦が間に合っていれば……いや、それは繰り言か。

 聖女様が地方巡業で留守にしてたからこそ、騎士団と私達宮廷魔道士にコカトリス退治のお鉢が回ってきたんだから。


 災害級とされるだけあって、コカトリスは魔法防御の高い魔物だ。

 詳しい資料のない魔物だったので、探り探り戦って得た認識であったが。

 魔力密度の高いマジックスピアであっても、本来はコカトリスに致命傷を与えられるはずはない。


 魔法が通ったのは、コカトリスが私を標的にしたからだ。

 石化呪いを避けられないタイミングだった。

 せめて一太刀と思い、石化呪いを吐くために大きく口を開けたところに渾身のマジックスピアを叩き込んだのだ。

 コカトリスも石化呪いを吐く瞬間の口は魔法防御が甘くなるらしい。

 私の魔法はコカトリスの石化呪いと頭蓋を貫通し、コカトリスは倒れた。


 ……私とコカトリスは相撃ちになるはずだったのだ。

 ラルフが私を庇うために割り込まなければ。


「災害級の魔物がオレだけの犠牲で倒せたんだぜ? 大きな戦果だ」

「ラルフ……」

「泣くんじゃねえよ、アマンダ。せめて最期にゃ笑顔を見せてくれよ。オレが守った笑顔をな」

「うう……」


 私はラルフにプロポーズされていた。

 一月後には結婚するはずだったのに。

 ムリに笑ってみせた。

 引きつった泣き笑いのひどい顔だったろうに。


「……おう、ありがとうよ。アマン……」


 呪いが心臓に達したらしい。

 唐突にラルフが息を引き取った。

 頭が真っ白になる。

 皆が気遣わしげに話しかけてくる。


「アマンダ……」

「ラルフは立派だったぜ」

「……ごめんね。二人きりにしてくれる?」

「おう、後始末は任せとけ」


 騎士や魔道士達、ヒーラーが私に気を使って下がってくれた。


「プリズン!」


 全身に石化呪いの回り切ったラルフに、牢獄の魔法をかける。

 何故かって?

 だってラルフは私のものだから。

 他の人に触れられたくない。


「……これでよし」


 魔法効果を持続させ得る魔道具を取り付けた。

 空気中から魔素を集めるという、最近開発された魔道具だ。

 本来は私の魔力回復を補助するために持ってきたものだ。

 プリズンは発動に多くの魔力が必要だけど、持続にさほどコストがかかるわけじゃない。

 効果は永久に続くだろう。


 王都にラルフを持って行き、ともに暮らそう。

 どうせならもっと格好いいポーズで固まればよかったのに。

 ラルフのバカ。


          ◇


「聖女のあたし参上!」


 結局聖女エラレ様が到着したのは二日後。

 あらかた片付けも終わって現地の冒険者への引継ぎも終え、明日は王都に帰ろうかとしていた時だった。

 連絡を受けて急行してくれたらしい。

 飛行魔法を駆使して一人ですっ飛んできてくれた。


「コカトリスが現れたって? あたしが相手だ!」

「いえ、もう退治されたんですよ」

「マジか。誰だ、あたしの出番を奪ったのは」

「アマンダです」

「おおう、お姉ちゃんだったか」


 べつに血の繋がりがあるわけじゃないが、聖女様は私をお姉ちゃんお姉ちゃんと慕ってくれるのだ。

 ともに魔法の使い手ということで話も合うからだろう。


「コカトリスの魔法防御って、すげえ堅いんじゃなかったっけ。お姉ちゃん、よく貫けたね?」

「石化呪いを吐く口にマジックスピアを撃ち込んだんです。攻撃の瞬間は魔法防御が効いてないようですね」

「そーなの? 知らんかったわ。でも危なくない?」

「私の代わりにラルフが石化呪いを食らってしまいまして……」


 聖女様がヒーラーを見る。

 首を振るヒーラー。


「私一人では全然侵食を止められませんでした」

「ミーちゃんほどの腕でもダメだったか。ミーちゃんの見立てで、コカトリスの石化呪いを解呪するには、ふつーの腕のヒーラー何人くらい必要?」

「一〇人いれば確実に解けるでしょう」

「そーか。こーゆー知見は記録しておかないとな。将来のためになるから」


 聖女様の言う通りだ。

 いずれまたコカトリスが出現しないとも限らない。

 ラルフが犠牲となって得られた貴重な知識なのだ。

 未来に生かさないといけない。


「犠牲者は?」

「ラルフ一人です」

「おお? 村人に被害者なし?」

「はい」

「避難誘導したのって、ここの冒険者だよね? なかなかやるなあ」


 聖女様はもちろんラルフと私が婚約していたことは知っている。

 だから話題を逸らそうとしてくれたんだろうな。


「ラルフを参っていただけますか?」

「いいの?」

「ええ、もちろん」


 聖女エラレ様を石化したラルフのいる、私の天幕に案内する。

 ラルフを見た聖女様は不思議に思ったようだ。


「あれ? 魔法がかかってる? 牢獄の魔法かな?」

「そうです」

「これ何で効果が切れないの?」


 聖女様は優しい。

 どうして私がプリズンの魔法をかけたかは聞かないんだな。

 心情を察してくれたんだろう。


「空気中の魔素を集めて効果を持続させる魔道具を使ってるんですよ」

「マジか。そんな魔道具があるんだね。ふーん」


 何だろう?

 ラルフの死を悼むでもなく、あちこちをチェックしているようだ。


「……お姉ちゃんはラルフさんを王都までこのまま連れてくるつもりだったの?」

「ええ」

「プリズンの効果は王都に到着するまで持つ?」

「持つわ」

「了解。じゃああたしはすぐ王都に帰る」

「えっ?」


 ラルフを参りに来てくれたんじゃなかったの?


「準備しとくよ」

「準備?」

「半月もあれば王都に戻ってくるよね?」

「え? ええ」

「待ってる。じゃあね!」


 あっという間に聖女様は飛行魔法で飛んで帰ってしまった。

 大規模なお葬式の準備でもするということだろうか?


 そっとしといてくれればいいのにとチラッと思ったが、現役騎士の殉職だ。

 災害級の魔物を退治したことを周知させるためにも、国が葬儀を行わないわけがない。

 それなら聖女様が仕切ってくれた方がマシだな。

 ふう、と思わずため息が出てしまった。


          ◇

 

「おかーえりー」

「ただいまって、えっ?」


 王都に帰還し聖教会に寄ったら、聖女様と癒し手、それに魔法医がズラッと待ち構えていた。

 どういうこと?

 聖教会の癒し手の無償奉仕は魔法医から反発されていて、仲が悪かったんじゃなかったっけ?


「ラルフさんを生き返らせるぞー」

「えっ?」

 

 生き返らせる、とは?


「あたしはリザレクションとゆー魔法を使えまーす」


 知ってる。

 通常の回復魔法では対応できない身体欠損をも元通りにできるという、聖女様にしか使えない魔法だ。

 莫大な魔力を持つ聖女様にして持ち魔力のほとんどを使ってしまう魔法なので、使用には国から制限がかかってたはず。


「実はリザレクションは条件が整えば、死んでる人でも生き返らせることができるの」

「そ、その条件とは?」

「腐ってるとか灰になってるとかじゃなくてちゃんとした身体が一定以上残っていることと、被術者の魂が残っていること」


 あっ、石化の呪いがかかってるから、身体はそのまま保存されている?

 でも魂って?


「お姉ちゃん、ラルフさんに牢獄の魔法かけてるじゃん? あたしも知らんかったけど、プリズンがかかってると魂も出て行けないみたい」

「つまり、ラルフの魂は今でもここにいる?」

「そゆこと!」


 じゃあ、本当にラルフは生き返る?


「時間勝負なんだ。まずこのままではラルフさんに手出しできないから、お姉ちゃんにプリズンを解いてもらう」

「うん」

「で、魂がどっか行っちゃわない内に、癒し手全員で呪いを解きまーす。頭と心臓の石化が解けたら、あたしがリザレクションをかけるよ」

「段取りはわかったわ。魔法医がスタンバイしているのは何故なの?」

「一時的に癒し手全員が機能しなくなるから、今日一日癒し手の代わりに仕事するという条件で雇ったの」

「えっ?」

「賃金は王様から出てるから心配いらないぞ?」


 何と聖女様はリザレクション使用の許可を得ると同時に、魔法医を雇うことも承知させたんだって。

 犠牲者なしの方が国威が揚がる。

 ラルフの殉職者年金を払い続けるより一日魔法医を雇った方がうんと安いって理由で。

 理屈に商売っ気が入るところが聖女様らしいなあと思う。


「まー魔法医の皆さんと聖教会の癒し手はあんまり仲良くないんだけどさ。王様の命令には逆らえない」

「ハハッ、リザレクションを使う貴重な機会を見せていただけるのですからな。給金の支払いもなされるのですし、断る理由がありませんぞ」

「そーだったかー」


 アハハと笑い合う。

 聖女様の言う準備とは、根回しのことだったんだ。

 私とラルフのために。


「あっ、お姉ちゃん! 涙は取っときなよ」

「そうですぞ。後のラブシーンのために取っておきなされ」

「ラブシーン?」

「何でもない、こっちの話」

「エラレ様、準備完了です!」

「よーし、皆、気合い入れろっ!」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

「お姉ちゃん、牢獄の魔法外して」

「了解!」

「解呪スタート!」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 癒し手全員の解呪がラルフの身体に施される。

 ああ、頭と胸から徐々に石化が解けていく。


「解呪そのまま続行! リザレクション!」


 ものすごい魔力光!

 力を使い果たしたか、しゃがみ込む聖女様。


「ふひー。どう?」

「あっ、ラルフが目を開けた!」

「やったぜ! 成功だ! 後一〇分くらいで完全に解呪できると思うから、気を抜いちゃダメだぞ」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

「魔法医の皆さんの半分も、解呪に加わってくれる?」

「「「「了解!」」」」


 混乱している様子のラルフ。


「こ……これは?」

「ラルフ、聖女様が生き返らせてくれたの!」

「皆の協力だとゆーのに。しかもまだ解呪の真っ最中だとゆーのに」

「そ、そうだったのか」

「ラルフ!」


 ああ、本当に生き返った!

 ラルフを抱きしめずにはおれなかった!


「あれ? 計画よりもラブシーン始まるのが早いぞ?」

「そうですな。でもいいではありませんか」

「実にいいねえ」


 聖女エラレ様と魔法医の会頭がニヤニヤしている。

 聖女様ひょっとして、生ラブシーンを見ようぜって魔法医達を抱き込んだのかなあ?

 何でもいい。

 私にはラルフさえいればいい。


「よーし、解呪完了! コカトリス討伐の大殊勲者、アマンダお姉ちゃんとラルフさんに拍手!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」

「ついでに結婚する二人にお祝いの拍手!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 涙が止まらない。

 皆さんありがとう。

 ラルフも強く私を抱きしめてくれる。

 ああ、私は、私達は幸せだ。


          ◇


 ――――――――――後日。


 後日、改めて聖女様にお礼に行った。

 そうしたら聖教会と魔法医協会の両方で恋愛成就のお守りを売り出し、空前の大ヒットだそうだ。


「これ。『ラルフとアマンダのラブオラクル』だよ。メッチャ売れてるの!」


 何だか恥ずかしい。

 聖女様は商売熱心なんだから。


「儲かって気分がいいから祝福してあげるわ。ラルフさんとお姉ちゃんに永遠の幸せを!」


 強い魔力光が降り注ぎ、心が温かくなる。


「ラルフさんとアマンダお姉ちゃんに拍手!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 聖女様。

 確かな幸せをありがとう。

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