第4話
***
妖狐が帰ってのち、綾羅木定祐と上市理可は、いちおう事件に関する資料に目をとおしていた。
「はぁ、口の中で、爆弾が爆発ねぇ……」
綾羅木定祐が呟き、
「ふぇ……」
上市理可が、ワイングラスにいれたドクターペッパーをすする。
「そんで、天井には、謎の穴、と――」
「穴ぁ……」
「何だよ? その、屋根裏の散歩者的な“ナニカ”は?」
綾羅木定祐も、『屋根裏の散歩者』との言葉が思い浮かぶ。
「屋根裏の散歩者? 何だっけ?」
「ほら、あの、江戸川乱歩の小説の――、何か、ニートっぽい主人公が、屋根裏を徘徊するのにハマって……、ある日、ムカついた隣人をノリで屋根裏から毒殺しちゃうって話」
「ああ、何かそんな話、あったような……。てか? ニートだったん? その主人公って?」
「親の仕送りで暮らす無職の青年、当時にしては、たぶん裕福なニートじゃね」
「たし、蟹」
上市理可が、蟹イントネーションで相槌しながら、
「で、何で? 屋根裏を徘徊するのを、趣味に?」
「さあ? ネットで検索でもしてみたら」
「はぁ、」
と、言われたままに、そのままネットで『屋根裏の散歩者』と検索してみる。
その中で、ざっくりとあらすじのかかれたページを開いて、
「何か、色んな娯楽を試したけど、どれもあまり興味を持てなくて、無気力に生きてきた人間的なことが書かれてあるんだけど……、これ、わりと一般ピープル的にも、けっこういるんじゃない? 現代じゃ?」
「いうて、何だかんだ、経済的に豊かになりましたからねー」
「それが、明智小五郎に出会ってから、何か。街中に変な暗号サインを書いたり、意味なく他人を尾行することや、女装にハマってったり……、無害だけど、若干やべぇヤツになってきてんじゃん。てか? そうすると、これ? 3分の1くらい、明智が悪くね?」
「まあ、最終的に、癖(へき)のスイッチを入れたのは、犯人本人ですからねー」
綾羅木定祐が相槌してやり、
「――で、引っ越したアパートで、たまたま押し入れから屋根裏への入り口を見つけて、そっから屋根裏の徘徊と、下の階の覗きにハマり出したわけ、か――。てか、私も同じ状況になったら、たぶん同じことする。何か、かくれんぼ的なドキドキ感やスリルがあって、面白そう」
「微妙に、分かる。忍びこむこと、覗き見ること――、相手に気づかれないようにしつつ相手を見るとは、ある種、人間に共通するスリルだな」
「それこそ、アレね……、ウンコを我慢していることを悟られず、漏らさないようにする」
「何、その? ウンコネタに持って行こうとするこじつけは……? まあ、だからこそ、軽犯罪に手を出す輩が、この世からいなくならないわけだ」
そう、話していると
――カランコロン、カランコロン
と、綾羅木定祐のスマートフォンが鳴る。
「ちっ、BBA(びー・びー・えー)からか」
そのBBAとは、特別調査課の室長を務める松本清水子であり、なおかつ綾羅木定祐の元嫁でもあった。
とりあえず、電話に出て、
「はぁ、何?」
『ねえ? アンタたち、いま暇でしょ? ちょっち、手伝ってほしいことがあるんだけど』
「おい、その問いは、暇じゃないと返せるけど?」
『ああ、もう、この時点で暇確ね。何か、碇賀たちが、今調べている事件の調査を手伝ってほしいってさ。たぶん、アンタたちも知っているか知らないけど、ここ最近続いている連続殺人事件――、何か、口の中に爆弾を入れられて、爆殺するって手口の――』
電話の向こうの松本が、強引に話を進めてくる。
「ああ、ちょうど、さっきドラ〇もん野郎から、資料貰ったぞ」
『は? アイツから? どうせ、ウチんとこのパクったかハッキングしたんでしょ? まあ、それなら、話が早くていいけど』
「それで? この件について、何を調べて協力したらいいんだ? それと、警察や碇賀たちはどう考えているんだ?」
『まあ、碇賀たちは置いといて、他の警察連中は、何か……、ガイシャの共通点が、皆同じ歯科に通ってたみたいだからさ、詰め物や義歯に、爆弾を仕掛けたんじゃないかって』
「マ――?」
「ま」
元夫婦どうし、『ま』で通じ合いながら、
「嘘やろ? まあ、ありえなくないんだろうけど、そんな珍説、調べてるのか?」
『みたい。とりあえず、ウチらは“そうじゃない方面”を調べないといけないからさ、』
松本は答える。
そうじゃない方面とは、異能力者、あるいは怪人や魔物、もしくはその他の思いもよらぬテクノロジーやガジェットを用いた犯行の可能性である。
「で? 碇賀たちは、何か仮説を考えているわけ?」
『いや、今のところ』
「それくらい考えておけよ。それで、とりあえず、私らはどこから手をつければいいのか?」
『そうね、とりあえず、怪人方面から調べればいいんじゃない?』
「はぁ、」
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